まだ挫いた足は元に戻らない。
この住みかを見つけて、喜び勇んで階段を駆け下りたのが悪かった。
彗が「あ」と言う間に、僕の身体は信じられない方向に転げ落ちていった。
「何をやっているんだ」
見上げた先には彗の鉄面皮があった。
そう、あいつは鉄面皮なんだ。
どうすればあんな中学3年生が出来上がるんだろう?
彗の肌のように白い天井を見ながら、僕はそう思った。
今も・・寝かされている。
彗はまたどこかに行ってしまった。
そろそろ、足もよくなったんじゃないかと思い、立ち上がろうとすると雑巾を絞るような痛みが
筋肉を走った。
「いててて・・」
でも・・・歩きたい。
一人でここにいるのは嫌だ。
挫いた足を引きづりながら、ようやく部屋を出た。
長い廊下をみると、やはりここは学校なのだとわかる。
他の部屋・・教室にはいくつか机らしき物と黒板があったであろう跡が残っている。
ここは、どこなんだろう・・。
僕達がいる部屋は、おそらく視聴覚室兼物置のような場所だ。
一応まずまず汚れていなくて、布団代わりになるマットが4,5枚あった。
視聴覚室は、建物の2階にある。
階段を降りるのが辛い。
片足でうまく間隔を作って、ひょこひょこと降りた。
「浮雪!」
「へ?」
突然、前から声を投げかけられ、キャッチしようと顔を上げたのが悪かった。
「うわっとっっ!!!」
力を入れようにも、もう片方の足には体重をかけられない。
「っ・・」
ドン!と尻餅をついたら、その下に変な感触がある。
あれ?たしか前のめりになっていたのに・・?
目をパチクリしていると、目の前に彗の顔があった。
「早く・・立ってくれ」
「え?」
おしりの下にあるものは彗の手だった。
「ぎゃ!」
あわてて、身体をずらす。
「ふぅ・・」
彗は手を2回ほど振ると、「大丈夫か?」と声をかけてきた。
「うん・・」
「じっとしていろといっただろう。そうして動くと治るものも、治らなくなる」
「うん・・でも」
「身体を預けるなら、オレのほうに体重をかけろ。おまえがバウンドするから手が潰れた」
「だ、大丈夫?」
彗は何も言わずに、僕の身体を抱きかかえた。
「戻るぞ」
そのまま階段も軽々と登っていく。
こんな細身の身体のどこにそんな力があるんだろう?
と、思っていたら彗は眉をしかめた。
「見かけによらず、重い・・」
「そ、そんなっぁ!!彗こそどうしてそんな痩せてんのに、力持ちなんだよ?」
「オレは・・空手五段、忍法・・」
彗は・・そうしてに弓道七段終わるまで、数々の武術の名前と段を上げていった。
まずい!
こんなに強い人とは知らなかった。
これでは、食料がなくなった時、食べられてしまうのは間違いなく僕のほうだろう。
「彗・・お願いがあるんだ」
「なんだ?」
「生きているうちには、食べないで・・」
「安心しろ。こんな皮下脂肪の厚い不味そうな奴食べないから」
「酷いっ!!!」
腕を使えば、最強。
口を開けば、最凶。
そんなキャッチフレーズが浮かんだ。
しかし、お姫様だっこされているこの状態で、何を言っても恥ずかしいだけだ。
しかたなく、黙ってじっとした。
こんな世界にも夜はある。
月と星の光がやけに眩しく感じる。
いろいろ、思い出しそうになって思考を止めようとした・・でも、止まらない。
彗は、隣で寝ている。
なんてことなさそうな顔して。
彗にわからないように、泣こうと思った。
でも・・もうどうでもよくなってしまった。
「帰りたいよぉ・・!お母さん、達也兄ちゃん・・兄ちゃん・・!」
もうどうなってもいい。
彗に笑われても、見捨てられても。
わぁわぁ声を上げて泣いた。
こんなふうに泣いたのは、ずっとずっと前からなかったのに。
視線を感じて横を見ると、彗がじっと見ていた。
「ごめん、うるさくて・・でも・どうしよう・・」
彗は・・口を少し開けた。
たぶん「うるさいから、寝ろ」と言うのだと思った。
「こっち来い」
すっと腕を伸ばして、肩を抱かれた。
そのままするすると身体を持っていかれた。
彗は武術をやっているから、こうして身体をうまく運べるんだと思う。
でも、抱きついているのは僕で・・。
「おまえ、兄さんがいるのか」
「うん」
「ふーん。そうか・・」
昔、達也兄ちゃんにこうして抱きついて寝た事がある。
彗は達也兄ちゃんとは違うけれど、こうしているとなぜか落ち着く。
「眠れるようなら、寝たほうがいい。寝ると、無条件で明日がくるんだ」
「・・・」
「明日になったら、また笑えるだろう。明日になったら、また違う事が起きるかもしれない」
彗の声は耳と言うより、頭に直接話しかけてきているみたいだった。
「もし、眠れないなら知らない国、街、世界を思い浮かべるといい。
きっと、そこにもう一つの居場所を見つけられるから」
彗の声が・・・僕の心の声に変わってきたのを感じた。
僕はゆっくり目を閉じた。
