「あいつと、何日くらいここにいるんだ?」
日も沈んだ頃、総一郎が聞いてきた。
「うん、一週間くらいだよ」
「よく・・もつな。えらいよ、浮雪は」
そう言いつつ、溜息をつく。
彼は今日の朝、彗に叱られたばかりなのだ。
彗が昨日持ってきた水の入ったバケツを足に引っかけ、こぼしてしまったのだった。
その時、まだ僕は寝ていたのでよく知らないのだが、総一郎が言うには
「”般若”と”なまはげ”が無表情で佇んでいるかのような・・」風情であったという。
そうは言っても、般若となまはげの無表情を想像するのは難しい。
でも、彗が無表情でその背後に怒りの文字を浮かべると、鬼のような気迫になるのは想像できた。
総一郎はふぅともう一度息を吐いてから、言った。
「でも・・矢崎は怖いけどさ。あいつがいるとなんか安心するよ」
「うん、彗は一見怖そうに見えるけど・・案外・・」
夜に・・抱きしめられたのを思い出す。
・・安心・・
・・そうだよな。
やさしさというにしては、少々乱暴で甘さを感じないけれど。
「浮雪には優しいから、矢崎は」
総一郎は苦笑した。
「や、やさしくなんてないよ」
頭の中で考えていた事がふいにバレた気がして、あわてて誤魔化す。
「ぼ、僕は食べられるところだったんだぞ!初めて会った日に」
「え?食べられるって・・??」
総一郎の顔に不審感が浮かぶ。
「やっぱりそういう関係なのか・・?!」
僕は・・彗に・・いただきますと・・召し上がられてしまう・・??
「違う!違う!!!違うったら!」
「君は違うというけれど、矢崎はその気かもしれないじゃないか」
「・・うん?」
そんな事考えた事なかった・・。
・・普通考えないだろう・・。
「違うと思う」
彗の顔を思い浮かべても、僕の事を好きだとか、誰かの事を好きだとか
そんな事は想像できない。
それ以上に、彗は誰かを好きになった事などあるのだろうか?
人間を好きじゃなさそうだし。
好きという感情を持っていなさそうだ。
「あいつが、恋をしたらどんな顔をするんだろうね」
総一郎は意外と真顔で言った。
「「ロボットの恋」ってタイトルで曲を作った事があるんだ」
「へぇ・・「コンピューターおじいさん」なら知っているけれど・・」
「それは、「皆の歌」の歌じゃないか」
「そうだけど・・」
「ロボットの恋は、僕が作った歌さ・・いつか回路を飛び越えて~♪君のもとに~♪」
総一郎は歌いだした。
なかなかうまい。
片手はギターを弾いている・・ふりをしている。
「歌、うたうんだ?」
「うん、バンド組んでいたんだよ。バンド名は”メシア”」
「かっこいいね!ボーカル?」
「うん、一応。ギターもやるよ・・でも・・」
「プロ目指さないの?」
「父さんが反対しててさ。それらしく髪も染めてみたんだけれど・・中学生らしくしろって
すっごい怒られてさ、家飛び出したら・・ここに・・」
「そうなんだ・・」
総一郎は、中学3年生で彗と同じ歳で、私立の名門中学に通っていて、ある銀行の頭取の息子らしい・・。
ちなみに、青い目はナチュラルで、彼のお母さんはフランス人だそうだ。
僕のまわりだけ国際色豊かである。
「浮雪も音楽をやるのかい?」
「う・・うん。笑うかもしれないけれど・・実は、幼児番組の歌のお兄さんになりたいんだ・・
歌下手なんだけれどね・・」
「すごいね!あれ倍率高いって聞くよ。本気で目指すんなら、レッスンを受けた方がいい」
「うん」
わかっているけれど、うちにそんな金はなさそうだ。
でも、こうして本気で向き合ってくれた人は初めてだ。
嬉しかった。
でも・この世界じゃ・・そんな夢・・もう・・叶わない・・。
現実が心に圧し掛かりそうになった時、急に背後から声がした。
「オレは聞いてないぞ」
「わっ!矢崎!」
いつもどおり、不機嫌きわまりなさそうな顔で彗が立っていた。
「オレは、そんな夢きいていなかった・・」
「まだ話していなかっただけだよ」
僕を見つめていた彗のオレンジ色の瞳が、じろりと総一郎を見る。
「メシアか・・救いの神というより、おまえは・・」
「そんな疫病神と言いたげな目で見てくれるなよ」
「誰もそんな事言っていない・・だが、その通りだ」
はぁ、と総一郎は3回目の溜息をついた。
彗の容赦ない発言のせいで、僕は何を考えていたのか忘れてしまった。
