「この世界に来る途中に声を聞いたの」
ー散らばった心のピースを組み合わせてパズルを完成させる事ー
ーそれが、世界を救う唯一の方法ー
弥生の言葉がどういう意味を持つのか、僕には皆目検討がつかなかった。
そういえば…トリップする時に、誰かが頭の中で何かを言っていた気がする。
「じゃあ、これは人為的な事象なのか?」
彗と弥生が話している。
焚き火が彗の銀色の髪を赤く染めている。
隣を見ると、総一郎も僕と同じように膝を抱え、炎を見ていた。
「どうせ、僕は仲間はずれなんだ」
瞳は炎の向こうの弥生を見ているらしい。
だが、残念ながら向こうは熱い視線に気づかない。
「彗をどかしてみるとか・・」
総一郎の耳元に囁いてみた。
悪魔の囁きだ・・。
「そ、そんな事できるかっ!!」
「いっちゃいなよ、兄さん!男も時には力が必要よ~」
くねくねと近づいて背中を擦ってみる。
「力でかなうわけがないだろう」
「たかが、弓道七段、空手五段・・忍法八段くらいの相手だよ・・フフフ」
「勝負してみるか?」
・・・珍しくにこやかに微笑んだ彗が炎の向こうで手招きしている。
「遠慮しときますっ!!」
悲鳴のような声をあげて、総一郎は体育座りのまま後ずさった。
「・・あ・ははは・・はは」
驚くべき事には・・弥生が声を上げて笑い出した。
彗も一瞬きょとんとしていたが、つられて笑いだした。
僕も笑う。
総一郎といえば、複雑な顔をしていたが、やがて照れたように笑い出した。
僕達はどうしてこんな絶望的な世界の中で笑っていられるのだろう・・。
階段を登る途中で、ふと思った。
僕は、今、彗を探している。
夜、たまに彗がいなくなる。
最初はトイレかと思っていたが、1時間くらい戻らないとさすがに気になって・・。
なんとなく、上にいる気がして階段を登り続けている。
やがて、階段は終わりを迎えた。
最上階の扉の向こうに夜空が見える。
重たい扉を開けると、冷たい風が頬を掠めた。
一瞬目が痛い。
ふたたび目を開くと、毛布に包まってフェンスにもたれ掛っている人影が見えた。
「彗!」
「ふゆ・・?」
「何やってんだよ?突然いなくなってるから驚いたじゃないか」
「ああ、すまない」
「さむっ・・」
僕が震えると、彗は毛布を広げた。
「こっち来い」
あ、あの時と同じだ・・。
彗の温もりを思い出し、頬が熱くなる。
「うん」
二人で毛布に包まった。
「ほら、ここからだと星がよく見える」
彗の視線をおって空を見上げると・・
「わぁー!!」
街のネオンよりも眩しいくらいの星の洪水が頭上を流れていた。
「本当は、これだけの星があるんだ。いつも見えていないけれど」
「・・・」
何気なく過ごしている当たり前の世界で、知らないうちに失くした物はいくつあるのだろう。
現存する世界は、目に触れなくなった途端に消滅してしまうものではない。
いつもどこかで繋がっている。
「オリオン座が見える」
彗が指差す先に3つの明るい星が見えた。
「オリオン座のあの3つの星はオリオンの帯と呼ばれている2等星。
オリオン座は全てが3等星以下の星で構成されているから、都会の何もないような夜空でも
確認しやすい」
「へぇ・・」
「ここからでもこの位置に見えるという事は・・・」
彗はそこでいったん言葉を切った。
そして、また口を開いた。
「オリオン座の伝説を知っているか?」
「たしか・・神様に嫌われて、蠍に殺されちゃったとか・・」
「そういう話もあるけれど、アルテミスとの話は」
「知らない」
僕は、『蠍座が出る時にはオリオン座は地上に現れない』という話しか知らない。
というと、彗が話を始めた。
「普段は男嫌いのアルテミスという月の女神が、どういうわけかオリオンに恋をした。
だが、二人の話を聞いたアルテミスの兄アポロンが二人を引き裂こうと考えて・・
ある日、海に浮かぶ指差して「アルテミスあの光るものを射れるか?」と聞いた。
アルテミスは弓の名手だったから、その場で命中させた。
すると、海岸に打ち上げられたのはオリオンの死体だった。
アポロンは太陽の光を使って、海を泳ぐオリオンを隠していたんだ。
アルテミスは大変悲しんで、オリオンを生き返らせるように神々に頼んだ。
しかし、一度死んだ人間を生き返らせる事はできないと断られたので
オリオンを空にあげて星にした。
月に一度、月がオリオン座のそばを通るのはアルテミスがオリオンに会うためだって・・」
「悲しすぎるよ、その話は。どうしてそんな話を?」
「この話しか知らない。ギリシャ神話は」
そう言うと、彗は僕の肩からいつの間にかズレ落ちていた毛布を掛けなおしてくれた。
「ここは地球だ」
ふと彗が言った。
当たり前じゃん!と笑おうとしたが、急に寒気がして笑えなくなった。
じゃあ…僕たちは違う星に飛ばされたとか、異世界に来たわけじゃなく…。
「彗・・」
足元が崩れてきそうな恐怖に耐えられず、彗にしがみついた。
「しかも、この位置にオリオン座が見えるという事は・・」
「もうそれ以上は聞きたくない!」
耳を塞ぐ僕の両手を無理やり外して、彗は怒鳴った。
「落ち着け!」
「いやだ!」
「これがもし人為的な事象の場合は、この世界から戻れるかもしれない!」
「え・・」
「少なくとも、核兵器や爆弾の類じゃない。昔、軍で物を違う次元に飛ばす実験が行われたのを
知っているか?」
「・・」
「いわゆるワープだよ。敵国のすぐ近くに異動可能になれば、それだけ犠牲が少なくてすむ。
これを誰かがおこなった結果、どういうわけかオレ達だけがここに来た・・」
「それが、どうして僕達なのさ」
「・・・」
彗は黙っていた。
「それにここはいつの時代だよ」
「・・そう思いたかっただけだ」
「なんだよ・・」
「すまない」
今度は、僕が彗の肩からズレ落ちた毛布を掛けなおす番だった。
「大丈夫だよ。まだ僕は生きているし、彗も生きてる」
「あいかわらず、楽天家め」
彗が笑った。
「ところで、僕は水瓶座なんだけど、ここから見えるかなぁ?」
「ここからじゃ見えにくいな、水瓶座は秋が一番見やすい」
「ふーん、彗は何座?」
「天秤座は夏の星座だから今は見えない」
天秤座はバランス感覚のよい星座だと聞いていたけれど・・。
彗の平衡感覚は優れているかもしれないが、人間としてのバランスはあまりよくなさそうだった。
「あ、二人ともこんなところにいたのか」
扉を開けて、総一郎がやってきた。
「タイミングが悪すぎる」
と、彗。
「なにが?心配したんだよ、二人とも戻ってこないから」
「弥生は一人か?」
「ああ」
彗はじっと総一郎を見た。
「な、何もしてないよっ!」
「まだ何かしたなんて言ってないぞ」
「総!何かしたのか?」
「んんんんん!!!」
僕の言葉に総一郎はあわてて首を振りまくった。
「大丈夫だ。こいつは何もしやしないさ。そんな度胸ないだろ」
「なにさ、自分だって・・・」
ぶつぶつと総一郎。
「でも本当に襲ったら犯罪だ・・・」
弥生は8歳・・・。
不思議少女のせいで年齢は忘れがちだが、よく考えたら、まだ小学生だ。
「まさにロリコン・・・」
恐ろしい言葉が僕自身の口から出た。
「浮雪・・オレもそうは思っていたが、はっきり言っていい事と、多少遠慮する事もあるから」
あんまり遠慮していない口調で彗は言った。
「そうやって、皆で僕を陥れようとするんだ・・」
総一郎は溜息をついてしゃがみこむ。
「事実を当てられたところで、今更落ち込む事ないさ」
彗の言葉はまったく慰めになっていない・・。
「うるさい矢崎!ショタコン!!それよりはましさっ!!」
しー・・・ん。
何かがキレてしまったらしい総一郎の言葉が、空いっぱいに広がった。
「は・・ハハハハ・・」
残るのは、彼の笑い声のみ。
次の日、総一郎がまた正座をさせられたのは…彼が再度水をこぼしたせいだけではない。
僕は、昨日屋上から戻る時の彗の囁きを思い出していた。
「案外、オレはこんな世界を望んでいたのかもしれない」
続く
