-遊園地デート-

宇宙人1/2

突然、部下からカラフルな紙切れを差し出されたリヒャルトは目を疑った。

「これはなんだ?」
「遊園地のチケットです。最近の遊園地は子供向けの遊具だけではなく、大人向けのハイテクを使用したものも多いんですよ。ぜひとも、テーマパークの本気をご覧になってきてください!」
「うむむ…」

リヒャルトは考えた。
チケットを差し出したまま、ロイはニコニコしている。
遊園地という場所は親子連れが子供を遊ばせるための場所だと思っていた。
だが、今のロイの説明を聞くと、なにやら最新鋭のマシンを見学にいくようだ。

「有難いが、私には時間がない」
「大丈夫です。一日くらいなら、僕たちでどうにかしますよ」

そう言われてさえ、リヒャルトは眉間に皺をよせたままだった。
秘密組織SSGの長官という立場は、余暇を楽しむ時間など皆無である。
せっかくの部下からのプレゼントも断らざるを得ない。

「私も最近の遊園地には驚かされましたよ」
冷徹な声に振り向いてみると、機械部長の潤一が歩いてくる。

「実に改造しがいのありそうな機具が多かった」
「おまえがそう言うなら、相当なレベルなのだろうな」

まずい。
興味が沸いてきてしまった。
普段、評価の厳しい(特に食と機械について)潤一が、このような事を言うのは珍しい。
厳しい反面、決して嘘をつくような人物ではないし、この発言は信用してもいいだろう。

「ものすごく耐久力を必要とする遊具もあるんだよ!」
「加えて精神力もね。ヒッヒヒ…」

いつの間にか、占い師の兎兎とDr.コッペリウスも加わっている。

「SSGのトレーニングに匹敵するレベルなのか?」

リヒャルトは身を乗り出して聞いた。

「もちろんさ!ねぇ、ロイ?」
「は、はぁ…」

ロイは気まずそうな顔でDr.コッペリウスから視線を反らす。

「加えて、ここにチケットは2枚ある!誰かと思いっきりトレーニング&サーチをしてみたくないかい?まさか、長官は怯んだりする事はあるまい。そうだよね?」
「当たり前だ!」
と叫んだ後、
「ありがたく受け取らせてもらう」
ロイの手からチケットを受けとり、リヒャルトはふと思いを巡らせた。

さて…誰とこの過酷なトレーニング&最新遊園地の調査をこなすべきか?

「大切な誰かと行くといいよ…」
兎兎が恥ずかしそうな表情で、モジモジ言った。

「大切な…」

そういい残してリヒャルトが去った後…。

「イヤッホー!!これで明日は、SSG全体鬼ごっこ決行だ!!」
「うまくいったね!」
兎兎とDr.コッペリウスは思わずハイタッチして喜びを分かち合う。
「ロイもご苦労さまでした」
「は、はぁ」

ヨーロッパ支部から久しぶりに戻ってきてみれば、怪しい計画に巻き込まれてしまったのは、運がないとしか思いようがない。
潤一がため息をつきつつ、肩に手を置いてくれたのが、せめてもの救いだった。

「大切な…」

リヒャルトは、一番最初に思いついた相手にメールを送ることにした。

-任務で多忙を極めているかもしれんが、ぜひともトレーニング&調査に付き合ってほしい。期待に沿えるレベルだという話だ。○月○日は空いているだろうか?返信を待っている-

「あ!」
付け加えるべき一文を思い出し、リヒャルトはメールに加筆した。

-PS.そうそう、久々の再開になるのでお互いに目立つ服を着ていくといいだろう。
私からおまえに似合いそうなTシャツを送る。おまえの誕生日を知らないので、プレゼントとして受け取ってほしい-

少し前に、いつか贈ろうと思って購入しておいたのだ。
”大変可愛らしい”Tシャツを手に取り、リヒャルトは珍しく暖かい微笑みを浮かべる自分に気づいた。

「私から物を贈るなど、何年ぶりだろう…」

やがて、メールが返ってきた。予定は空いているらしい。



前日の夜。

「楽しみだ」
珍しく浮き足立っているリヒャルトを見て、RQは怪訝に首をかしげる。
「どうした?まるでデート前みたいじゃねぇか?」
からかったつもりだが、意外なことにリヒャルトは
「似たようなものかもな」
と笑う。

「な、なんだってーーーー!!」

RQは衝撃のあまり倒れ掛かり、長官室の本棚の一部を破壊してしまった。

「何をするんだ!私の本棚がっ!!」
「本棚どころじゃねぇ!オレのブロークンハートはどうしてくれる!」
「本棚どころの騒ぎだ!おまえのハートなど関係ない!」

「明日は留守にする。おまえはここで留守番をしていろ。わかったな!」
リヒャルトは散らばった本を拾いながら、言い含めるような言い方をしたが、
RQは「留守番なんかするもんか!」と不貞腐れた顔を見せる。

「子供のようなことを言うな」
「聞き分けの悪い子供で結構だ!」

まったく…と呆れ返りながら、リヒャルトは、翌日早朝に出かけようと決心した。
少なくとも、この面倒で大きな子供の都合で予定を変更するわけにはいかないのだ。



その日、アイスは朝から落ち着きがなかった。
とはいえ、仮面のように無表情なので、その微妙な変化に気づいたのはロビンとアレクくらいだろう。
久々の休日である。
いつもならアイスにトレーニングだの料理の味見だと付き合わされるのに、今日は何も言ってこなかった。
それどころか、寝坊をしてもいっこうに起こしにこない。

―――何かがおかしい。

ダイニング・エリアでアイスを見かけたとき、アレクは確信した。
この時間帯でそうとう混んでいるはずなのに、彼の周りにはバリアーが張られているかのごとく、直径5メートル以内には誰一人寄ってこない。
それもそのはずだ。
ただでさえ怖がられるアイスが、今日はどうしたことか、ヒマワリがプリントされた黄色いシャツを着ているのだ。
服自体は可愛いといえないこともないが、着ているのが無愛想な顔をしたアイスである。
ミスマッチもほどがあった。

「おいアイス、そのTシャツどうしたんだ?」

まさか自分で選んだわけではあるまい。
アレクがそう訊ねると、周りの人たちが息をのんでアイスの返事を待った。

「リヒャルトにもらった」
「よりによってリヒャルトかよ・・・」

アレクは頭を抱えた。
SSGという機密組織の長官をつとめるほどの人物なのだが、いかんせんファッションセンスがない。
初対面で怪獣パジャマを着て鞭を振り回していたので、それが第一印象になってしまっている。
しかしアイスも騙されていたとはいえ、猫耳をつけて登場したので、どっちもどっちといったところか。

「それで、そんな格好をして誰を殺しに行くつもりなんだ?」
「お前には関係ない」

アイスはいつものようにオレンジジュースをトレイにのせた。
アレクはクロワッサンやオムレツなど目についたものを取って、早足で後を追った。
前方にいる人たちがわらわらと道をゆずる。
アイスといると人ごみを気にしなくていいので楽だ。
それだけ友達がいないということでもあるので、アレクはときどき悲しくなるが・・・
二人はダイニングエリアの一番端にあるテーブルについた。

「黒しか着ないお前にしては珍しいよな」
「待ち合わせ場所には目につく服を着ていくのが常識だそうだ」
「お前の口から常識って言葉が出ると怖いぞ・・・そんな格好でどこに行くんだ?」

どうせ車をかっとばしてドライブにでも行くつもりなんだろう。
アレクは軽い気持ちで訊いたのだが、帰ってきたのは恐ろしい返事だった。

「デート」
「ぶっ!」

淡々とした答えに、アレクは派手にカフェオレを吹き出した。
アイスはかからないようにトレイを素早く盾にする。
顔面に向かって投げられたフォークを、アレクはナイフでなぎ払った。

「デートって・・・お前、どういう意味か分かってんのか?!」
「アイオンによると、二人で遊園地を調査することを一般的にデートというらしい」

アイスに言わせると任務か何かに聞こえる。
おそらく本人もそう思っているのだろう。
この二人が情報交換をするとろくなことにならない。
遊園地ほどアイスに似合わない場所はないが、彼からすれば遊びではなくて調査なのだ。
それくらい分かりきっていたが、それでもアレクは取り乱していた。

「相手はアイオンか?」
「なぜあいつと行動をともにしなくてはならない」

アイスは露骨に嫌そうな顔をした。
それなら、とりあえず破壊行動に走ることはしないだろう。
アレクがほっとしたのもつかの間。
次の疑問が浮かぶ。

「じゃあ誰だ?まさか俺じゃないよな?」
「なぜそこにお前が出てくる」
「そりゃあ・・・」

アイスが不思議そうにしているのを見て、アレクは何気に傷ついた。
仕事のパートナーなので一緒にいる時間は長いが、血なまぐさい任務ばかりで、デートなんて雰囲気は一度もなかった。
もともとアイスがそんなことを好むような性格ではないし、それでいいと思っていたのだが…

「じゃあこの一週間、お前が浮かれてた理由はこれか?」
「浮かれてなどいない」

アイスはオレンジジュースを飲み干すと、席を立った。

「待てよアイス!」

アレクが慌てて腕を掴む。

「俺の知ってるやつか?聞くまでは行かせねえ!」

お母さんは許しません、などと言いだしそうな剣幕だ。
しつこく絡んでくるアレクに、アイスの短すぎる堪忍袋の緒が切れた。

「貴様には関係ないと言っている!」

メスを投げたいところだが、いつものコートではないので武器の数が限られている。
アレクごときに使うのはもったいないと考えたアイスは、持っていたグラスを割った。
鋭いガラスの欠片をアレクの首の動脈に押しつける。

「私たちの時間を邪魔するな」

脅迫まがいの行動に、アレクは口を閉じるしかなかった。
アイスはどこからかサングラスを取り出してかけると、ダイニングエリアから出て行った。
残されたアレクはまだショックから立ち直れないのか、凍りついたようにそのうしろ姿を見ている。

―――相手が誰だか、死んでも突き止めてやるぞ!

こうして、アレクは命がけの尾行がはじまった。





待ち合わせ場所は駅前の本屋だった。
別時代からやってきたアイスが迷わぬようにとリヒャルトが提案したのだ。
約束の時間より30分ほど早くついてしまったアイスは、21世紀の本を物色することにした。
アレクに浮かれていると指摘されて否定したが、たしかにこの日を楽しみにしていた。
リヒャルトとはしばらく会っていない。
報告したいことはたくさんある。話は尽きないだろう。
紫外線に弱いので過去に飛ぶときはサングラスは必需品なのだが、室内でそれをつけ、黄色いシャツを着た男が料理本を見ているのは、いくら個人主義を重視するアメリカでも不気味だった。

“過酷な環境でサバイバル~宇宙編~人間から未確認生物の調理法まで”
“遺伝子にあった手料理1001。これであいつをギャフンと言わせちゃおう!”

こういうところでアイオンと趣味が似ていることを、本人はまだ気づいていない。
興味本位でページをめくっているうちに、だんだん本気で読みはじめ、時間はあっという間に経っていった。



そのころ、リヒャルトは満員電車にもまれていた。
車で来ようとも思ったが、アイスは電車に乗ったことがないらしいので、体験するのも悪くないと考えた。
しかしラッシュアワーはあなどれない。
今朝は早起きしたのだが、着ていく服がなかなか決まらず、鏡の前であれこれ悩むというリヒャルトらしくない行動をとったあと、慌てて出て来たのだ。

-とりあえず、久々に会うので目立つ服装で-
連絡を取りあったはいいものの…。

「目立つ服装・・・」
朝、リヒャルトは3枚のTシャツを目の前にして唸っていた。
日本風のTシャツを。とは一応言ってある。

1枚目は、「凶暴」とプリントされている赤いTシャツだった。
黒猫の絵がプリントされているので、お気に入りの一枚だ。

2枚目は、「私は冷静です」とプリントされたブルーのクールなTシャツだ。
裏にはペンギンの絵が描かれていた。これもお気に入りの一つだ。

そして、3枚目は某現役忍者から贈られた「忍者」と書かれた黒いTシャツ。
裏には今にも斬りかかってきそうな忍者の姿が。

散々悩んだ末。
「せっかくだし、これを着て行こう」
着た後で、リヒャルトはアイスがいつも黒を身につけているのを思い出した。

きっと好きな色なのだろう…。

そう考えると、これにしてよかったと思えてきた。
色は黒だが、大きな白い文字と忍者の姿がよく目立つ。そういう意味では、他人の服装にまで目がいかないラッシュアワーは幸いだったと言えるだろう。
こんな殺気を放つ物騒な男が、忍者と書かれたTシャツなど着ていては、本当に手裏剣でも投げてきそうだ。しかし、リヒャルトはそんなことを気にする人間ではなかった。

「まだ時間はある・・・アイスは待っているだろうか」
それでも10分前には着くはずだったのだが、ラッシュアワーは思ったより凄まじいものだった。
本屋に着いたのは待ち合わせの時間ちょうどだった。
入ってみると、いつもと違う格好をしたアイスが真剣な顔で書物を読んでおり、そこだけ別空間のようだった。
周りには相変わらず人がいない。
リヒャルトの気配を感じたアイスは、素早く顔をあげた。

「アイス、元気に 」
していたか、とリヒャルトが言い終える前に、アイスが飛びかってきた。
これが彼なりのハグだということ理解できたのはリヒャルトだけであろう。
普通なら背骨が折れてもおかしくない力だったが、リヒャルトは感激していた。
それほど会いたいと思ってくれていたのか・・・!
いきなり誘って返事はもらったものの、ひょっとして迷惑だったのかもしれない・・・
この数日、リヒャルトは彼なりに真剣に悩んでいたのだ。
しかし、楽しみにしていたのは私だけではなかったのだな。
リヒャルトは嬉しくなって、そっと腕を回した。

「私も会いたかった・・・」

この異様な抱擁を見た誰もが引いていたが、一番ダメージを受けたのは変装して隠れているアレクだった。

―――あの二人、一体どういう関係なんだ?!

相手がリヒャルトだと発覚して思わず笑ってしまったが、いきなりあれはないだろう。
歩きながらアイスが、久々に会う人間にはハグが適切だとアイオンに聞いた、などとリヒャルトに説明していたが、アレクの耳には届かなかった。
一方、リヒャルトは嬉しそうな顔でアイスの話を聞いている。
電車で行くのかと思いきや、満員電車で懲りたのか、二人は外に出るとタクシーを拾った。

「しまった!」

焦ったのはアレクである。
21世紀の街の複雑さといったら、まるで出口のない迷路である。
いつ遭難してもおかしくない。しかしこういうときに限って駅前は混雑している。
ようやくタクシーを捕まえたころには二人を見失っていた。

「遊園地に向かってくれ!今すぐだ!!」

ドアを壊しそうな勢いで乗ってきた男が、今にも泣き出しそうな顔で懇願してきたので、タクシーの運転手は戸惑った。
変質者?警察に届けたほうがいいのか?
というのも、アレクが変装に失敗したような格好をしていたからだ。
スーパーマンのロゴの入ったキャップを深くかぶり、時代を間違えたようなダサい白のポロシャツを着ている。
極めつけは一発で伊達だと分かる大きな眼鏡。
もとは悪くないのだろうが、これではオタクにしか見えない。

「早くしろ、追わなきゃいけねえヤツがいるんだ!」
「あ、そういうこと・・・」

どうやら誰かを追跡しているらしい。
おそらくは恋人で、この顔からして浮気されたのだろう、と運転手は勘を働かせた。

「兄ちゃん。死に物狂いで引き止めたい気持ちも分かるが、恋愛には引き際ってのも大切だぜ」
「そ・・・そんなこと言うなよお!」

見知らぬ土地で不安だったアレクだが、運転手の容赦ない一言で完全に沈んでしまった。



そういうわけで、「くよくよせずに新しい彼女探せよな!」という運転手の余計な声援つきで遊園地でおろされたとき、アレクはまだ立ち直れていなかった。
遊園地という施設の人の多さ、そしてあまりの広さに途方にくれる。
入場券を買ったときに地図をもらったのだが、方向音痴にとってそんなものは気休めにもならない。
むしろトラウマだ。克服したと思ったのに・・・
アレクはともに難関をかいくぐってきた友人の顔を思い出した。

―――自分の進みたい方向。それが道だ!

そう言ってくれたRQは、今ごろどうしているだろうか・・・


幸いにして、遊園地の入場口までは真っ直ぐだった。
しかし、その後は…。
縦横無尽に広がっている空間をどうすることもできない。
アレクは眩暈すら起こしながら、一歩一歩と足を進めていった。

大丈夫だ。オレはもう方向音痴じゃねぇ!

自分に言い聞かせてみるもののさっぱり説得力がない。



やがて、人が列を作っているアトラクションにたどり着いた。
もしかしたら、あの二人も並んでいるかもしれない。
前の方まで確認するが、人が多すぎてよくわからない。
強行突破も考えたが、もしアイスに見つかったら面倒だ。
せっかく変装までして、この時代まで追いかけてきた意味がなくなってしまう。
しかたなく、列に並んで待つことに。
あの二人がこの付近でポップコーンでも分け合っていることを願いつつ…。

ところで、まわりは親子連れが多い。
「俺、目立ってないよな?」
幸いなことに、誰もこちらを見ない。
「変装成功だな!」
アレクは変装に自信を持ったが、”あまりにもオタクっぽい怪しげなお兄さん”が一人で遊園地に来ているため、誰も視線を合わせようとしない、とは気づかなかった。

「大体、男一人で遊園地に来るなんて珍しくもなんともないだろ」
そう自分に言い聞かせつつ、周囲を見ても親子以外は、せいぜいカップル。
だがしかし、少し先に実に立派な体格の男が一人で並んでいるのが見えた。

「やっぱりいるじゃねぇか!」

思わずガッツポーズ!

その男は…
キャップをかぶって、白いTシャツに水色の半袖シャツを羽織り、Gパンを履いている。
サングラスをかけているので顔はよくわからない。
遊園地というより海岸のほうが似合いそうな、爽やかな姿だ。

違う意味でアレクより目立っていた。
どう考えても一人で遊園地に来るようなタイプではない。
逆に普通すぎるのだ。
恋人と待ち合わせているのかもしれない。

「俺だってアイスがいれば…」

恋人同士…には見えないかもしれないが、今の孤独な気持ちよりはだいぶましな気分になれるだろう。
その男の周りに並んでいる女性のグループが、意味ありげな視線を送っている。
もちろんアレクにではなく、その気障な男にだ。

「あんな格好で遊園地に来る奴があるか!なんだあいつは!」

対抗意識を燃やすアレクのそばで、「あのお兄さん怪しいよ!」と指差す子供をあやしながら、母親が通りすぎていく。
すると、気障男は女性たちの視線に気づいたのか、気まずそうにキョロキョロとした後、キャップを取った。

ふんわりと…柔らかな金色の長い髪が広がる。

そのせいで、マイアミの住人からサントリーニ島の観光客のようなイメージに早変わりしたが、やはり気障な男であることは確かだ。

「どこから来たの?ヨーロッパのどこか?」

これも遊園地よりは夜のクラブのほうが似合いそうなセクシーな女性が、男に話しかける。

「秘密v」

何が「秘密v」だ!目的が違うだろう、あいつっ!!遊園地なんて来るんじゃねぇ!
早くアイスを見つけたくてしょうがない苛立ちとあいまって、アレクは必要以上に腹立ったが
あの台詞も声もどこかで聞いたことがあるような…。

しかし、知っている誰かは…たしかピンク色の髪だ。

見ていると男は、さっと羽織っているシャツを脱いだ。
正面からはわからなかったが、バックプリントにちらりと文字が見える。

「愛」

…。
色はショッキングピンク。
それをあえて見せ付けるように、男は髪をポニーテールのように結んだ。
さらにバッグの中からウサ耳を取り出して、頭に装着した。
確かに、この遊園地のキャラクターはウサギだが、ウサ耳をつけているのは若い女性か子供だけである。

「変な奴…」

つい声に出してしまった。
聞こえたらしく男が振り返る。

「およっ?!」

こちらを見たかと思うと、ダッと駆け込んできて
ギューーーーー!!と抱きしめられた。

「おっ!!おい!!なんだおまえっ!!」
「我が友アレクじゃないかっ!!どうしてこんなところに居やがる!!俺は感激のあまり号泣しそうだぜ!」

そう言って、サングラスを取って本当に涙をぬぐう。

「おまえこそ、何やってんだよ。RQ!」

感動の再会を喜び合う二人のまわりで「いい男だと思ったら、やっぱりそっちだったのね」という女性たちのため息が聞こえた。



一方、リヒャルトとアイスは列に並んでいた。
遊園地に入って最初に目に付いたのは巨大なジェットコースターである。
それを見てアイスが「あれは運転できるのか?」と訊いたが、リヒャルトにもあれがどんな乗り物なのか理解できなかった。
頭上を通り過ぎるたびに叫び声がする。

「乗員たちが何か叫んでいるようだが、ああやって乗るものなのだろうか」
「ああいう状況に置かれた上で冷静さを保っていられるか、試している可能性もある」

リヒャルトが首をひねっている隣で、アイスは一人でうなずきながら

「あれにアレクを縛りつけておけば乗り物酔いを克服できるだろう。次回はやつを連れてくる」
と恐ろしいことを言った。
アイスから遊園地に誘われたら、アレクなどはほいほいと付いてくるだろうが、その先には、ジェットコースターの機体に縛りつけられ意識が飛ぶまで乗せられるという生き地獄が待っている。

「たしかにいい訓練になりそうだ」

似たもの同士なのか、リヒャルトはその異常さに気づかなかった。
目的がなんであれ、アイスはこの乗り物に興味を持ったようだ。

「見たところオート運転になっているようだ。マニュアルに切り替えられるかどうか調べてみたい」
「では、先頭に乗れるように計算して並ぼう」

近くで変装したアレクとRQが再会の抱擁を交わしていたが、幸いなことに二人の目には入らなかった。
順番がまわってきたころには、リヒャルトの計算どおり、二人は最前列に座っていた。





二人が勘違いしたままジェットコースターに乗ろうとしたとき、RQとアレクはその真下の売店にいた。

「アレク、お前はもっと環境に溶けこむべきだ!遊園地といったらコレだ。つけてるやつがわんさかいるぜ」

RQがウサ耳を押し付けている。
そんなものとつけているのは子供ばかりなのだが、その辺はどうでもいいらしい。

「だけど、二人同じだと目立たねえか?」

RQは髪の色を変えているからいいけど、キャップをかぶらねえとバレそうだし・・・
そう考えながら、アレクはふと外に目をやった。

「お、あれなんてどうだ?」

広場で着ぐるみを着た二人組みが風船を配っていた。
遊園地のマスコット、ウサギのホップスとその友達、ロブスターのボビーである。

「あれならどれだけ近づいても絶対にバレねえ自信があるぜ」
「いい所に目をつけたな!」

着ぐるみに向かっていく二人の頭上を、ちょうどジェットコースターが通った。

「これは・・・ハニーの気配!」

最初に反応したのはRQだった。
それにつられて上を見たアレクも、その場で固まってしまった。

「何やってんだ、あいつら・・・」

ジェットコースターの先頭に乗っているのはリヒャルトとアイスである。
周りで絶叫している客たちの中で、二人は表情一つ変えずに、難しい任務に挑むような目つきで一点を見据えていた。
リヒャルトに限っては髪型すら動じていないようで、前髪は相変わらず顔の右側を隠している。
一瞬のうちに、彼らはデートではなくて任務か何かと勘違いしているのだな、と悟った二人であった。

「リヒャルトも猫耳天使も、遊園地の楽しみ方を知らねえんだな・・・可哀想に」
「つーかその前に、リヒャルトの髪はどうなってんだ」

アレクの冷静な突っ込みに、RQは語り出した。

「ああ、なんていうか…めちゃくちゃ重くなるスプレーつけててさ。多分…1tくらい」
「1t!」
「あ~もしかして、1kかもしれない」
「本当なのか、それ?」
「もちろん!」

RQの話には1ミリの信用性も感じられない。
大体1tもの重さをぶら下げていたら、どんなに強靭な人間でも首が折れているだろう。
おそらくは、超強力スプレーでカチカチに固めていると見た。

そういえば、以前アイスに「リヒャルトの右半身については聞くな」と釘を押されたことがある。何か秘密があるのかもしれないが、「もし、探ろうとしたら、貴様をイカ素麺のようにして殺してやる」と言われたので、余計な詮索はしないようにしようと心に誓ったのだった。
第一、他人の秘密を暴く趣味はない。誰にでも秘密の一つや二つはあるものだ。
(その前に、イカ素麺というメニューを知らなかったが、徹底的に切り刻まれることだけは確かだった)

「おまえもさ、ピンクの髪を金髪に染めるなんて、どうしちまったんだ?そのほうが確かに自然だけどさ」
「…プッ!」
アレクの発言に、RQが噴き出す。
「何がおかしいってんだ?」
「これが元の色だ。あまり好いてないが」
「え!嘘だろ!!」

RQといえば、ピンク色のイメージが強かったので、てっきりピンク色の頭髪の持ち主だとばかり思っていたのだが。

「おまえも、それ地毛なわけ?」
「そりゃ…」
「金髪か…占い師に注意しろよ。特に胸の辺」
「ブッ!」

今度はアレクが噴き出す番だった。SSGの占い師兎兎といえば胸毛フェチで高名な人物で、アレクも過去に遭遇したことがあるが、
正直、あまり思い出したくない思い出ばかりだ。

「話題をもじゃもじゃさせんじゃねぇ…」
「おお、すまない!」

思わず身体を硬くガードしたアレクの後ろで、迷子の呼び出しが聞こえる。

-過去から遊びに来たおかっぱ野郎が、金の胸毛氏をお探しです。この放送を聞かれた金の胸毛氏は…-

まさにアレクのトラウマに響くような放送だったが、幸い二人の耳には入っていなかった。





「大したことはなかった」

ジェットコースターから下りたアイスは、不満そうに言った。
アイスの運転はそれ以上に荒い。
その上シートベルトなしで同じ姿勢を保っているので、これくらいなんともないのだろう。

「物足りないのなら、SSGに宇宙飛行士用の訓練施設がある」

リヒャルトは真面目に応じている。

「過酷な特訓だが、お前になら満足してもらえると思う。アレクの乗り物酔いの対策にもいいかもしれない」
「では、近いうちに二人でSSGを訪ねる」

そうして、二人はジェットコースターを後にした。
次は何を試そうかとあたりを見渡していると、近くの広場でウサギとロブスターが子供たちに風船を配っているのが目についた。
アイスはその光景をしばらく眺めたあと

「あれは何の器具だ」
とリヒャルトに訊ねた。

「風船という遊び道具だ。子供に喜ばれるらしい」
「そんなものがこの施設にあるということは、人間に当たらぬよう風船をめがけて刃物を投げる訓練なのか。それにしては簡単すぎる。中の気体が水素ならば、点火させる可能性もあるが」
「中に入っているのはおそらく、水素ではなくヘリウムだろう」

二人が話し合っていると、ウサギがよたよたとがに股で近づいてきた。
中に入っている人間はよほどの大柄らしい。
着ぐるみが小さすぎて、歩くだけでも苦しそうだった。

「よお、可愛い子ちゃんたち!」

ウサギが風船を差し出すのと同時に、アイスがメスを取り出してそれを割った。

「お前の言うとおり、ヘリウムだったな」

アイスが素通りする。
リヒャルトは短く「結構だ」とウサギに断った。
「そりゃあねえだろ!」とウサギはついてくるが、着ぐるみのせいで二人のスピードにはついていけない。

「ちょっと待ってくれ!」

すると、今度はロブスターが追いかけてきた。
両手のハサミをばたばた振り回す様はバルタン星人のようである。
やけに聞き覚えのある声だったが、あんな声の人間はどこにでもいるものだ、とアイスは無視した。
こちらもサイズが合わなかったのか、ロブスターは数歩行かないうちに、派手につまずいて転んでいた。

「大丈夫か、ボビー!」

ウサギが名前を呼びながら駆けつけ、じたばたともがいているロブスターを抱き起こした。

「すまねえ、R・・・いや、ホップス。俺にはあの二人を止められなかった」
「いいんだ。この世の終わりってわけじゃねえ」
「暑くて意識が朦朧としてきたぜ・・・俺、もう駄目かもな」
「もう何も言うな、友よ!」

どこかのアクション映画のラストシーンのような会話である。
ここって遊園地じゃなかったっけ・・・と白ける親たちをよそに、子供たちには大好評だった。
この後、熱中症にかかったアレクが回復するまでしばらく時間がかかった。





「さて、次はどこに行くべきか」
リヒャルトは首をかしげた。
「特にターゲットが決まっていないのなら、これがある」
アイスが懐から薄い雑誌を一冊取り出す。

そこには、「遊園地の楽しみ方-彼との距離を縮めるためのテーマパーク活用法-」と書いてある。アイオンが送りつけてきたものだ。

「どれどれ…」
リヒャルトが開いたページを覗くと、

-困ったときには、二人でアイスクリームを食べましょう。これで彼との会話も弾むよ!
二人で別々のものを注文して、スプーンで分けたりしよう!新たな味の発見も。
あなたのほっぺたについたアイスを取られちゃったりするかもよ!チャンスチャンス!-



「アイスクリームを食べる…」
「…」
二人とも無言になった。特にアイスは気難しい顔をしている。

「これは、パートナーとの交流と食への挑戦なのか?」
リヒャルトが考え込む。
「頬についたアイスクリームを取られてはいけないのか。チャンス…とは?」
アイスも難しい顔で紙面に向かっていた。

やがて、リヒャルトが決断を下した。
「これは、パートナーとアイスクリームを食べながら交流をしつつ、お互いのアイスクリームを奪い合う競技という意味ではないだろうか!」
「武器はスプーンのみだな!」
お互いに頷きあうと、二人は近くのアイスクリーム売り場へ直行した。

「アイスクリームを一つ頼む」
「あ、はい。味は…」
鬼気迫る顔でやってきた男にビビりながら、店員は手を止めた。
「私はバニラだ。アイスは?」
アイスという名前の男が顔を出したが、こちらも人形のように無表情の男で目の前の甘いそれとは似ても似つかない。
店員は「ジョークですよね…」などと口に出す気も起こらなかった。

「私は…」

色とりどりのアイスクリームを見ていると、隅に真っ黒いものがあった。
ブラック・リコリス・アイスクリームとある。
取り寄せたばかりの新しい味らしく、誰も買っていないようだった。
数日前に作ったにブラッド・プディング・・・つまりは血液の腸詰めに似ている。
失敗してあんな色になったのだが、アイスはいまだに気づいていない。
味見したアレクがテーブルに突っ伏したまま動かなかったので問題ないと判断したのだろう。
そんなこともあり、アイスはためらわずにそれを注文した。
店員は、この得体の知れない味を注文するチャレンジャーに「本当にこれでいいんですか?」などと聞いて睨まれていた。

はたして二人はアイスクリーム片手に対峙した。

「用意はいいか」
「ああ」

短い返事を交わした後、二人は目にも見えないスピードで攻撃を始めた。
まわりにいる人々は、アトラクションだと思って手を叩いて喜んでいるが、本人たちはいたって真剣だ。

「アイス、今日はいい天気だな」
交流も忘れない。
「気温27℃。晴天。午後からも晴れの予報」
アイスも機嫌よく返しながら、スプーンをかざし攻撃を仕掛ける。
そして、戦闘中にも片手に持ったアイスクリームに口を付けつつ、味を確かめる。

「おまえのを味わうのが楽しみだ」
「そう簡単にはやらせん」

まわりが赤面するような台詞をサラリと吐きながら、お互いの姿しか見えていない二人。
二人とも互角であったが、リヒャルトのバニラアイスクリームが少しずつ溶け始めていた。

「うっ…」

やがて、それはリヒャルトの指に垂れ始めた。
アイスがアイスクリーム目がけてスプーン片手に突撃してくる。
リヒャルトがかわすと、アイスのアイスクリームも溶け始めていた。
「チッ!」
「なかなか難度が高い」
リヒャルトが一時休戦を申し出る。

「食べ物は大切に扱うべきだ。このサバイバル訓練は今度SSG内で違うものを使って行おう」
「承知した」

そうして、二人はスプーンを交換したりしながら、お互いの味を確かめあった。
傍目には、仲のいい恋人同士のようである。



「なーんだあれ」
アレクの熱中症を解消するためにアイスクリームを買いにきてみれば、この様だ。
「あいつ口小さいから、なかなかアイスクリームは食べにくいみたいだ」
アレクがチョコミントアイスを頬張りながら、もぐもぐと言う。
「リヒャルトもそうだ。この前も鯛焼き食べてたんだが、お魚くわえた黒猫みたいになってた」
RQはストロベリーアイスを口にしている。

「俺、アイスにあんな食べさせられ方してもらったことねぇぞ!」
日頃、無理やり喉に突っ込まれるやり方しか経験していない。
リヒャルトにスプーンを差し出すアイスはまるで別人のように見えて、アレクは悲しかった。
「俺は、経験済みだぜ!」
RQがガッツポーズでニヤリと笑う。
「羨ましいやつめ」

RQの話によれば、リヒャルトに「はい、あ~ん」をしたところ、スプーンが口めがけて飛んできたという。
RQは前歯2本を折ったそうだ。

「俺たちさぁ、いいコンビだよな」
「もちろんさ、友よ!」

二人が友情を確かめ合っている間にも、リヒャルトとアイスは次のターゲットを目指して進んでいた。



「次はコーヒーカップと書いてある」
アイスが言う。
「あれだ」
リヒャルトの指差す方向に巨大なコーヒーカップに乗って悲鳴を上げる人々が。

「SSGの宇宙飛行士訓練に似ている。これは楽しめるかもしれん」
リヒャルトの言葉に頷くアイス。
次の回のため列に並ぶ二人の目の前を、ものすごいスピードで回転する若者のカップが通り過ぎた。

「これは、自分である程度操作ができるのか。確かに面白そうだ」

目を輝かせるアイスに暖かい眼差しを送るリヒャルト。

-やはり、アイスと一緒に来て正解だった-

胸に手を置き、確信を強めていた。



「オレはピンク色のカップ以外には乗らねえ!!」

一方、RQがワガママを言って遊園地の職員を困らせていた。

「先に並ばれておられるお客様を優先させるのが原則ですので、ご希望に添えない場合もありますが・・・」
「髪を金髪に戻したんだ。このままだと俺のイメージカラーが狂っちまう!」
「RQ、お前の言ってることはよく分からねえけど、要するに順番を待てってことじゃないか?」

一足先に並んだアイスとリヒャルトが適当な色を選んだ。幸いなことに緑である。
前にいる幼稚園ほどの年齢の女の子が、「ピンクはぶりっこみたいだからイヤ!」と宣言し、RQたちにターンが回ってきた。
念願のカップに乗れたRQは上機嫌である。
似たような色を好む友人がいるアレクは、とくに不思議に思わなかった。
かわいらしい音楽が鳴って台が回りはじめる。
緑色のカップを見ると、アイスがハンドルを握っている。
一見すると無表情だが、アレクからすればあれがアイスの「楽しいことをしている顔」なのだ。
アイスの地獄のような運転を思い出して、アレクは拒否反応を起こしかけた。

「まだ熱中症から回復してないんだな。だが任せろ、俺が光速で飛ばしてやる!」

カップが回る前から青い顔をしているアレクを見て、RQは自信満々に言った。

「見ろ、リヒャルトたちも戦闘態勢に入ったようだ。どっちが早く回せるか競争しようぜ」
「お、おい・・・あまり回すな・・・っ!」

RQの両手が唸る。目に見えないほどのスピードだ。
いきなり加速したカップについていけず、アレクがよろけて落ちそうになった。
大柄の男が二人乗っているだけでも窮屈なのだ。
アレクは落ちないようにしがみつきながら叫んだ。

「RQ、止めてくれ!落ちる!」
「ん?何か言ったかアレク?子供たちの笑い声にまぎれて聞こえねえ!」

きゃっきゃっとかわいらしい声を上げる子供たちにまぎれて、アレクは死にかけていた。
雑音のおかげで、二人の会話はリヒャルトとアイスまで届かなかった。
こちらではアイスがハンドルを叩くようにして回している。
直接触れたら火傷しそうな速さだ。
そんな中で二人はピンと背筋を伸ばして、茶道でもやっているかのような姿勢を保っていた。
リヒャルトは動じることもなく、アイオンから託された雑誌を読んでいる。

「コーヒーカップでは、彼と肩を触れさせてドキドキ?!“酔っちゃったみたい”と甘えた声で寄りかかってみるのもいいかも。あなたの思わず守ってあげたくなっちゃう一面をアピールしてみよう!」

乙女の声をそのまま棒読みしているリヒャルトの向かい側で、アイスはふむふむと一言漏らさずに聞いていた。
酔ってもいないし守ってもらいたい一面もないが、理解できない部分は飛ばすことにした。

「こうか」

アイスはすっと立ち上がり、リヒャルトの隣へと移動した。
その間もハンドルを回す手は止めない。
カップは壊れる寸前のところまで加速していった。

「器用だな」
「このような加速度には慣れている」

アイスはそう言いながら、肩をぴたりとくっつけてきた。
猫のアポロを思い出して、リヒャルトはふっと笑う。

「甘えというものが理解できない」

アイスは真面目な顔で考えている。
カップの底がギシギシと怪しい音を立てていた。

「ああ、それは私も苦手だ・・・もっと素直になれればいいと思うときもあるのだが」

リヒャルトは甘えることの難しさについてコツコツと語りはじめる。
アイスはそれを真剣に聞き、カップは今にも空中に飛んでいきそうな速度で回転していた。

「うおおお、前が見えねえ!」

もう一方のカップでは、長い髪で視野が塞がれたRQが暴れながらハンドルを回している。
アレクにいたっては、意識があるのかすら分からない状態だった。


その後、リヒャルトとアイスは職員に長時間にわたって注意され、コーヒーカップの前には修理中の看板がかけられた。
死人のような顔のアレクを抱えるように出て行ったRQは、幸運なことに説教をまぬがれた。





長い説教から解放された二人が歩きだすと、どこかから風船がはじける音がする。
見てみると、大量にぬいぐるみをぶら下げた屋台があり、子供たちがダーツをやっている。
中にはカップルなどもいて、普通なら男二人では近寄れない雰囲気なのだが、アイスは興味を持ったらしい。
近づいていくと、ダーツの矢を5つ渡された。

「風船を3つ以上割れば商品がもらえますよ~」
「商品など必要ない」

そう言ってアイスは矢を手に取る。
ひまわりシャツにサングラスとちぐはぐな格好をした男の登場に、周りは一気に静まった。
たかが遊園地の屋台なのに、恐ろしいほどの殺気なのである。
リヒャルトだけが、子供を見守るような優しい視線で

「久々にお前が投げるところを見られるとは」

などと言って微笑んでいる。
アイスはダーツの矢を五本、片手の指にはさんで持った。
無駄のない動きですっと投げると、五本とも風船に命中する。
それだけでなく、矢の何本かは落ちて下の風船にもあたり、合計で8個も割れた。

「・・・・・・」

傍で見ていた子供があんぐりと口をあけたまま、手に持っていたアイスクリームを落とした。
しばらくの沈黙のあと、観客たちからわっと喝采が起こる。

「なんだ今の!人間じゃねえ!!」
「ママ~、あれ何レンジャー?」
「きっと忍者だよ。ほら、隣の人の服にそう書いてある」

ダーツを試したかっただけなのだが、なぜお祭り騒ぎになっているのか。
アイスはさっそく後悔したが、リヒャルトが「いつ見ても素晴らしい!」と喜んでくれていることだけが救いだった。

「お兄さんにはホップスとボビーの特大ぬいぐるみをプレゼント!ビーチタオルもつけとくよ!」
「必要ないと言っている」

離れようとしたアイスだが、興奮しきった屋台のおじさんに有無を言わさずに景品を押しつけられた。
人ごみの毒気に当てられ、ぬいぐるみを両手に抱えたままふらふらと歩いていると、リヒャルトが一つ持ってくれた。

「それをやる」
「なぜだ、お前が当てたものだろう?」

ウサギのぬいぐるみを持ったまま、リヒャルトが不思議そうにしている。
持ち帰ったところで、切り裂くくらいしか使い道がないのだ。
アイスは少し考えてから、もっともらしいことを言った。

「・・・今回の記念としてもらってくれ」
「そうか。ではありがたくいただこう」

こんな巨大なぬいぐるみをもらって嬉しがるのは子供か乙女くらいだが、リヒャルトにとっては気持ちが大切なのだろう。
こうして遊園地のチケットから怪獣パジャマまで、これまで幾つもの凄まじいプレゼントを受け取り、大事に使う部下思いのリヒャルトだった。
ぬいぐるみが一つ減ったことにほっとしながら、アイスはもう少し手ごたえのあるものを求めた。

「あれはどうだ?」

リヒャルトが遊園地の一点を指差す。
そこにはスプラッシュコースターがあった。
頂上まで登ったあと、派手な水しぶきをあげながら水中に突入していく。
別に泳ぐ必要はないのだが、水が苦手な二人にとって一番の難関となりそうだった。
リヒャルトはヨガのおかげでどうにか浮くようにはなったが、それでもプールには近寄ろうとしない。
アイスにいたってはまったくのカナヅチである。
アイオンにヨガを薦められたが、どうもリラックスすることができない性格らしい。

「こんなところに難度の高いものがあったとは・・・」
「侮れない施設だ」

二人は景品のぬいぐるみとタオルを抱えたまま進んだ。





「あー、サッパリした!」

それと同時に、反対方向からずぶ濡れになったアレクとRQが出てきた。
気つけ薬のかわりにと、RQがアレクをスプラッシュコースターに引っぱっていったのだ。
RQの回すコーヒーカップと比べれば、こんなものはなんともない。
冷たい水を浴びていくぶんか回復した。

「夏はこれに限るぜ」
「アレク、今度二人でウォーターパークにでも行くか!」
「それいいな。あいつらは水苦手だから来ねえだろうし」
「昔無理につれて行こうとしたら引っ掻かれた」
「はは、まるで猫じゃねえか!」

尾行が目的だった二人だが、こちらもしっかり遊園地を楽しんでいる。
その頃、列に並んでいたリヒャルトが小さなくしゃみをして、アイスに心配されていた。

「写真はいかがですか~」

出口で声をかけられた。
見てみると、スプラッシュコースターに乗った客たちの写真が貼られている。
落ちる瞬間を撮っていたらしい。
周りには目をつぶったり叫んだりしている人が多かったが、子供のようにはしゃいでいる二人が写っていた。
RQは舌を出して、某ロックバンドのようなポーズをしていた。
水しぶきを浴びた愛の一文字が眩しい。ちなみにウサ耳はいまだに健在だ。
アレクは両手を上げてなにやら叫んでいるようだ。
しかし、外れかけた眼鏡といいとダサいキャップといい、どう見てもやはりオタクであった。

「よく撮れてる」
「傑作だな」

一生隠しておきたいような写真だったが、二人は満足げに頷きあった。

「そいつを二枚くれ!」

ウサ耳とオタクがうれしそうに並んで写真を買っている。
相変わらず不気味な光景だった。

「いい具合に冷えたところで、あいつらを探すか」
「俺のリヒャルトレーダーによると意外と近いぞ」
「よく分からねえけど、そのレーダー役に立つな」
「ふふ、愛があればどこにいたって見つけられる。お前だって出来るはずだぜ、アレク」
「そうかあ?アイスの居場所どころか、俺は自分がどこにいるかも把握できてねえんだぞ」
「愛があれば方向感なんていらねえ!」

RQはビシッと言い切った。
さすが愛シャツを着ているだけある。
それもそうかな・・・とアレクは信じてみようかという気になった。
なんとなく上を見上げると、黄色いシャツが目に付いた。

「おい、あそこで並んでるのがそうじゃねえか?」
「ほら見ろ、これが愛の力だ!」

単にアイスが目立つ服を着ていたおかげだが、ひょっとしたら自分にもレーダー的な何かがあるのかもしれないとアレクは思いはじめていた。
そのわりには普段パートナーを見失ってばかりだが、そういうことは考えないのである。

「お前の言葉はがつんと効くぜ、RQ!」
「なあに、お互い様だ!」

どちらからともなく抱き合う二人。
周りの人口が急激に減っていった。

「それにしても、水嫌いなのによくやる・・・」
「あいつら、チャレンジ精神だけは人一倍だからな」
「どんな顔で落ちるのか見てえ」
「だよな!」

アレクとRQは顔を見合わせてにやりと笑った。

その頃、自分たちの写真が二人の手に渡っていることは露知らず、リヒャルトは「風邪を引くといけないから」とびしょ濡れになったアイスの髪を拭いてやっていた。
普段なら触れられるのを嫌うアイスだが、相手がリヒャルトだからか、されるがままになっている。
アレクとRQがその微笑ましい光景を目撃していたら、写真どころではなかったかもしれない・・・



髪が乾き始めた頃、アイスの視界に嫌な文言が入ってきた。

-もう貴方はこのトラウマから逃れることはできない!-

こちらから見ると、斜め前の壁に書いてある。
しかも血が滴るような赤い文字だ。

トラウマといえば、シュミレーションゲームでの体験を思い出す。
あれは確か、ラボのケヴィンが作成したものだった。
トラウマを実現化するシステムの中に入ってゴールを目指すという内容だったか。

あの時は、思いがけずリヒャルトに助けられた。
お互い様といえばお互い様だったのだが、その時の体験をアイスは忘れることができないでいた。

あの文言…どのような施設なのか…。
負けず嫌いの本性をも刺激する。

アイスの瞳が一点を見つめているのに、リヒャルトも気づいて「気になる施設だ」と呟く。

やがて、その施設からどこかで見たようなデカい金髪男と小柄なおかっぱの男が出てきた。
デカブツのほうは「まだ調査し足りません」と言っているが、おかっぱはそれどころではなさそうで、ガタガタと震えて半べそをかきながら、前を歩く男にしがみついている。

「ご自分で入ろうとか言われたじゃありませんか…」
「こんなに怖いだなんて思わなかったんだよぉ――!!」

おかっぱは、とうとう泣きだした。
よたよたと去っていく二人の背中を見ながら、アイスとリヒャルトは頷きあった。
巨大なぬいぐるみ一時ロッカーに預けて、戦闘態勢になった二人。



問題の建物の前に立つと、傘に目玉がついた一本足の妖怪がぶら下がっている。

「こんな可愛らしいもので油断をさせるつもりか!」
リヒャルトの瞳が鋭く光る。
「お化け屋敷―JapanType―」
アイスは看板を読み上げると、そばに設置されている生首のディスプレイに目を向けた。

「油断をすると、こうなるという警告か…」

だが、さらにリヒャルトが恐るべき注意書きを発見してしまったのである。
-武器使用禁止!暴れてもいけません!皆で楽しく怖がろうね!-

「なんだとっ!!」
メスを取り出そうとするアイスの手を止める。
「アイス、武器は使用できない。さらにこちらからは攻撃もしてはいけないと書いてある」
「なに…では、これは精神への攻撃がメインなのか。それとも…」
もう一度、生首のディスプレイに目をやる。

「ともかく予測がつかない施設であることは確かだ」

しかし、難度の高いトレーニングほど二人を燃えさせるものはない。

硬い面持ちのまま、リヒャルトが受付に声をかけた。
「大人二人だ」
「はいよぉ~~」
骨の手が現れ、ろうそく型のライトを二つ差し出す。
「途中で落とさないようにしてくださいね~」
「了解した。ところでDrこんなところで何をやっている?」
「知り合いか?」
「SSGの医師だ。こんな真似をする人間は一人しか知らない…コッペリウス?」
SSGのDr.コッペリウスと言えば骨マニアで有名だが、まさかこんなところにいるとは。
だが、当然ながら、リヒャルトの声は無視された。

「Dr.コッペリウスではないのか、失礼をした」

どう考えてもこんな趣味の人間はDr.コッペリウスしかいないのに…とリヒャルトは首を傾げたが、別人ならば仕方ない。
気になるが、先に進むほうが先決だろう。

赤い壁が続いている。
不気味な絵が次々と現れては消えていった。

「アイス、危ないっ!」

いきなり天井から天狗の面が襲い掛かってきた。
リヒャルトは咄嗟にアイスに覆い被り、天狗の面はその頭上を越え、空中に消えていった。

「リヒャルト、またおまえに助けられたな」
「気にするな。それより油断は禁物だ」

二人は、注意深く戦闘体制を崩さないままに進路を進んでいく。

「リヒャルト!」
次は、巨大なかつらが風に吹かれながら舞い降りてきた。
アイスは、素早くリヒャルトを壁に押し付ける。

「今度は私が助けられたな、礼を言う」
「お互い様だ」

そう言って、硬い握手を交し合う二人。
心なしか、アイスが微笑んでいるように見えた。



そんなことをしていると、前方から「ぎゃーーーーー!!」「これはたまんねぇぜ!!!」と声が二つ続けて聞こえ…消えた。

「早速、犠牲者がいるようだな」
「それだけ、あなどれん施設だということだ」

実際、それは先に入ったRQとアレクの悲鳴だったのだが、アイスもリヒャルトも気づかなかった。



「しかし、最後のあれは二度と味わいたくねぇ!」
外に出たアレクは涙を拭きながら、腰の辺りをさすっている。
「まさか、最後にあれかよ!」
RQも涙を拭いながら、わきの下あたりを触った。

そうして、お互いに涙を零しながら笑いあった。

「あいつらがどんな顔になるか楽しみじゃねぇか?」
「いや、俺はアイスが暴走するんじゃないかって心配なんだ」
「果たして、ハニーのウィークポイントを狙い撃ちできるかな?」

RQはニヤリと口の端をあげて、お化け屋敷を見つめた。





井戸から飛び出してきたろくろ首を見て
「生命反応はない。DNA改造生物でもなさそうだ」
アイスが冷静に語る。
「こちらも、脅し用の人形だ」
一つ目小僧の前に立つリヒャルト。
だが、すぐ横に傘を差した2足歩行の猫を見つけ、「これはお土産に売っていないだろうか?」と名残惜しそうな視線を飛ばしていた。

次のブースに移ると、巨大な猫が刺し殺されているディスプレイがあった。
「化け猫退治」という看板がかかっている。
アイスはなんとも思わなかったのだが、リヒャルトは目を背けて、わずかに震えている。
「リヒャルト…」
「すまない…私にはアポロに見え…」
「これがトラウマか」

アイスの手がリヒャルトの肩に触れる。
リヒャルトがアポロという猫を家族同然に思っているのを、アイスも知っていた。

「これはおまえのアポロじゃない」
「わかっている…大丈夫だ」

吹っ切るように喉の奥で深く呼吸をして、リヒャルトは頷いた。



次のブースに進んだ時、冷たい風が頬を掠めた。
「なんだ?」
すると、壁の向こうから白い顔、白い髪、白い服を着た人物がこちらに迫ってくる。
赤い瞳は爛々としていて獲物を定めるようだ。
マネキンのように整った顔のその人物は、アイスに驚くほどよく似ていた。

「どうして、貴様がここにいる!」
アイスが叫んだ。
咄嗟に腕を伸ばすアイスをリヒャルトが止める。

「アイス、手を出してはいけない!」
「貴様が、もし、私たちの時間を邪魔するようなら…っ」

リヒャルトがその人物をよく見ると、この間出会ったアイオンとかいう青年に似ている。
様々な事情からアイスがアイオンをよく思っていないのを、リヒャルトも知っていた。

「アイス、これは個人のトラウマを現実化して攻撃してくる施設なんだ。落ち着け」
「チッ!」

アイスはその人物から目を背けて、肩で息をした。

「取り乱してすまなかった…」

拳を硬く握り締めて立ちすくんでいるアイスの背中を、リヒャルトがポンポンと軽く叩いた。
固い絆で結ばれる二人の横で「雪女の襲撃」という板が揺れていた。



「この建物の構造上、ここが最後のブースだ」
「一番難度が高い場所、ということだな」

その場所は不気味に黒いカーテンで隠されている。

「最初に私が入る」
リヒャルトは様子を探ると、アイスに「来るように」と合図を送った。

二人が2、3歩進んだ時だった。
突然、両壁が迫ってきた。
それと同時に、壁から触手のようなものがピュッと飛び出す。

「っ!!」
それはアイスの首筋を掠めた。
この状態では避けることもできない。だからといって手を出してもいけないというルールだ。
ただでさえ、首筋が弱いのに、ヌメヌメした触手に触れられる不快感といったら…。

「早く脱出す・・・んっ!!」
リヒャルトの臀部に触手が絡みつく。
こちらもそこが弱かった。
思わず、腰の力が抜けそうになる。

「あっ…いす」
「くっ…」
歯を食いしばって不快感に耐えながら、アイスは前を行くリヒャルトの腕を強く掴んだ。
そのまま、足を進めるといきなり視界が開けて、

―また来てね!―

という看板と、飛び跳ねている提灯があり、「出口」と書いてあった。



「俺、あの触手のバイトしたいなぁ…」
近くのカフェでパフェを食べながら、RQが呟く。
お化け屋敷から出てきた二人の頬は、紅潮しているように見えた。
「触手にいいとこ持ってかれた感じで、俺は少しばかり面白くねぇ」
アレクがコーラを飲み干しながら口をへの字に曲げてみせる。

「だからさ、触手じゃなくて俺の手はどうだい?って聞いてみるとか」
「そんなこと言ってみろ、四肢をバラバラにされちまう!」
「俺は頭を勝ち割られるかもしれねぇな・・・」

だが、その時の光景を想像した二人は、なぜか少しばかり幸せそうな顔をしていた。
「あのウサ耳とオタク、ニヤニヤして気持ち悪いっ!!」
という子供の声も聞こえていない様子だ。



「次は、精神的なトレーニングではなく肉体的なトレーニングをしよう」
リヒャルトの提案で、カヌーに乗ることになった。

-オロロン島へ渡りたい人はこちらへ-

と書いてある看板の下まで来た二人は、係員らしき男に声をかけた。

「カヌーに乗りたいのだが」
「ああ、10名集まるまで待ってくださいね」

看板を再確認すると-10名様から出発-と書いてある。

「人数が集まるまでダメなのか?」
「二人だけでも漕げますが、大変ですよ」
「問題ない」
アイスは答え、勝手にカヌーに乗り込んだ。

「お、お客さん」
困った顔の係員にリヒャルトは、
「彼は海軍エキスパートだ」
それらしい説得を試みながら、アイスの横に座る。

「しかしですねぇ…最低4人ぐらいは、いて欲しいところなんですがねぇ」
「あと二人か」
リヒャルトが呟くと同時に、


「オレたちをお呼びかい?!」


突然、怪しい二人組みが現れた。
この遊園地のマスコット、ウサギのホップスの面をかぶりウサ耳をつけたデカい男と、ロブスターのボビーの面をかぶったダサい服装の奴だ。

「俺達が来たからには、もう文句は言わせねぇ!」
「オロロン島まで一飛びだぜ、カワイ子ちゃんたち!」

ビシッとポーズを決めながら、トォ――!とカヌーに飛び移る二人。
大柄の男二人なので、カヌーは沈没寸前なほど激しく揺さぶられた。
呆然とする係員からオールを奪い取ると、怪しい二人組みは

「行くぜ!ボビー!!」
「がってんだ!ホップス!!」

声を合わせ、いきなり漕ぎ出した。







「あの怪しい奴らはどこに行ったんだ?」
オロロン島に上陸したアイスとリヒャルトはまわりをキョロキョロと見回すが、あの二人組の姿は見えない。
「あいつらを川に沈めておくべきだった…」
アイスがメスを懐にしまいながら、呟く。
「私もあのウサ耳の男を見ると、なぜか猛烈にイライラする」
リヒャルトも鞭を隠しつつ、ぼやいた。

もっとも、怒るだけの理由がある。
問題の二人が力任せにオールで漕いだせいか、カヌーは川の中央でくるくると回ってばかりで、ちっとも前に進まなかった。

「ホップスとボビーとか言ったな、私たちに呼吸を合わせろ!」
リヒャルトが怒鳴るものの、ホップスは
「俺は、唇合わせるほうが得意なんだ!」
などとふざけたことを言っていて、ちっとも言う事をきかない。
とうとう、アイスがメスを取り出し
「腕を川に投げ込まれたくなければ、リヒャルトの言う事をきけ」
と脅迫しはじめ、
「ゆっくり行こうぜ!おまえとはボートにも乗ったことがないんだから!」
不可解な発言をしたボビーは、オールで殴りつけられた。

なにより問題だったのは、オロロン島の発着場ではないジャングルのような場所にカヌーが着いてしまったことだ。

「目標どおりじゃねぇか!な、ボビー!」
「ああ、もちろんだ。ホップス。そこの黒猫二匹、方向音痴なんて言うなよ!こっちのほうがスリルがあるだろ!」

アイスがメスを取り出し、リヒャルトが隠し持っている鞭を取り出すと、煙のように二人組は消え去った。
ちょうど何かを切り裂きたくなっていたアイスは、二人を追おうとしたが、普通の人間とは思えない逃げ足の速さである。

「ここは危険な地帯のようだ。慎重に進もう」

リヒャルトの言葉に上を見ると、蔓のからまった木から骸骨がのぞいている。
どこぞの医者が喜びそうなセットアップである。
人骨の首からプラカードのようなものがぶらさがっていた。
リヒャルトの鞭がうなり、ロープが切れてプラカードが落ちてくる。
それをアイスが素早く受け取り、書かれている内容をざっと読んだ。

『パイレーツ・ジャングルへようこそ!他のチームを打ち負し、頂上にある宝を手に入れろ!究極のサバイバルが、今、はじまる!
注:リタイアしたい方は出発時に渡された通信機で連絡を入れてください。スタッフが迎えに参ります』

「通信機・・・?」

そんなものを渡された覚えはない。
ウサギとロブスターのインパクトが強烈すぎて、スタッフが忘れたのだろうか。
しかし、オロロン島のはずがパイレーツ・ジャングルとはどういうことか。
方向を間違えて別の島に到着してしまったようだ。

「詳しいことは理解できないが、あいつらには負けない」

アイスが言うと、リヒャルトはうなずいた。
あの仮面の男たち、初対面とは思えないほどに神経を逆なでするのだ。
ここにはいないはずの二人を思い出させる。

「頂上をめざそう」
「ミッション開始」

鞭とメスを構えた二人は、誰かを殺しに行くような目つきで進んでいった。





場所は変わって、ジャングルの中。

「ふー、危ねえところだったな」

ボビーの仮面をとったアレクが息を吐いた。
隣ではRQが怪しげに微笑む。

「へへ・・・あいつに打たれたくて、体がうずいちまった」
「そうか?」

アレクも久々にアイスに切られたい・・・とは思わなかった。
というのも、デートと聞いて焦ったアレクは、さんざんアイスの邪魔をして、タコ殴りされたばかりなのだ。

「それにしても、ここはどこなんだ?」

アレクが不安そうな表情になる。
普通の道でも迷うのだ。
右も左も同じように見えるジャングルでは、生きて出て行けるかすら分からない。
ここはRQのリヒャルトレーダーに頼るしかないだろう。
愛を信じよう、とアレクは前向きに考えることにしたが。

「異常な電磁波と鞭打ちへの欲求不満で、あいつの気配を感知できねえ」

RQが気難しい顔でもっともらしいことを言った。
アレクにはいまいち理解できなかったが、とりあえず頷いておいた。

「コンパスがあっても狂って使い物にならないぜ」
「・・・俺たちもここまでか」

アレクが諦めかけたときだった。

「うわっ!」

頭上から何か落ちてきた。
白骨化した手である。
本物ではないにしろ、なかなかリアルである。
手には丸めた紙きれを持っていた。
RQがぼきぼきと骨を砕き、それを引き抜いた。

「見ろアレク、地図だ」
「俺、そういうのは・・・」
「頂上までまっすぐ一本道だ。迷いっこねえ」

RQが親指を立てて自信満々に言う。

「宝箱のマークがついてるここがゴールなんだろう」
「あいつらもそこに向かってんのかな?」
「それを知る方法は一つだけだ」

二人は互いに顔を見合わせた。
RQがうさ耳をとり、髪を後ろでしばった。
愛シャツも脱いで、本気で宝探しに挑むようである。
それを見てアレクはメガネとキャップを取った。
その格好で出発しようとしたアレクに、RQはノンノンとフランス人のように首をふる。

「あと一歩だぜ、アレク。サバイバルと言ったら半裸だ!」
「・・・そういうもんなのか?」

アレクは何気にダサいポロシャツが気に入っていたのだが、RQにはぎとられてしまった。

「たしかに、このほうが涼しくていいかもな」
「お前なら裸のよさを分かってくれると信じてたぜ!」

半裸の男たちはガシッと力強く抱き合った。
周りに人がいたら、ちょっと勘違いされそうな光景である。

「さあ行くぜ、我が友よ!」
「おう!あいつらより先に宝を見つけてやろうぜ!」

こちらも頂上を目指して走り出した。





「アイス、動くな」

リヒャルトの言葉に、アイスは足を止めた。
二人は川を渡っている途中だった。
底がぬかるんでいて足場がおぼつかない。
リヒャルトはアイスの腕に手を伸ばした。

「・・・っ!」

ぶちっと音がして、黒くてぬるぬるしたものがはがれる。
血をたっぷりと吸った蛭だった。

「毒があるかもしれない」

リヒャルトは傷口から血を吸い出そうとしたが、アイスが止めた。

「問題ない。私の血は毒を含んでいる」

蛭がびくびくと暴れて変色した。
アイスは無表情のままそれを見ている。
説明しようと視線を上げたアイスだが、リヒャルトの目が「何も言うな」と語っていた。

「・・・先を急ごう」

二人は川を渡り、茂みの中を歩いた。
途中で罠らしきものが仕掛けられていたが、いつかの忍者屋敷とは比べ物にならないほどに簡単だった。
このペースだとすぐにでも頂上に着きそうだ。
次回はアイスを誘ってアマゾンを探検するのもいいな、とリヒャルトが考えていたときだった。

「ア~アァ~~!!!」

ターザンのような奇声がして、泥まみれの人間が二人、頭上から飛び降りてきた。
上半身は何も着ておらず、カモフラージュするように泥をべったり塗っている。
アフリカ民族がつけているような仮面。
骨の首飾りをかけていて、ボサボサの髪には羽がささっている。
ここにも例の二人に酷似した人間がいたが、まさかこんなところにいるわけがない。
他人の空似というやつであろう。

「原住民のテリトリーに入ってしまったらしい」
「殺すか」

アイスがメスを投げようとするのを、リヒャルトが止めた。

「待て、彼らは威嚇しているだけだ。敵意がないことを示せば争わずにすむ」

じっとしていると、男たちは奇声をあげながら焚き火をはじめた。
いい具合に火が燃え出すと、二人はよく言えばエキゾチック、悪く言えば適当にでっちあげたような踊りを披露する。
焚き火の周りを数周したあと、リヒャルトとアイスに向かって手を差し出す。
仲間に加われということらしい。
アイスは無視した。

「これが彼らの歓迎の儀式なのかもしれない」

リヒャルトが近づいていくと、原住民の一人が雄叫びを上げ、彼の手をとった。

「リヒャルト!」

アイスは嫌な予感がした。
普段はあまり勘を頼りにしないアイスだが、今度ばかりは直感が危ないと言っている。
あの二人は原住民のふりをした何かで、実は危険人物なのではないか。
しかし、戸惑いながらも踊っているリヒャルトを見ているうちに、思い違いかと思えてくる。
いつかカラオケルームで見た予想不可能なダンスである。
リズムなどというものは存在しないが、異星人のような動きが何気に原住民たちの踊りとマッチしていた。
リヒャルトに危険がないことを確認したアイスが、この間にターゲットのものを探そうかと考えていると、原住民が向こうからやってきた。
手を差し出してこちらもダンスに誘っているつもりなのだろうが、アイスはそれを握ると、ためらいなく投げ技をかました。
原住民の体が空中で5回転して、ずしんと地に落ちた。

「おい、貴様」

起き上がってこないようにアイスは首を踏む。

「宝はどこだ」

男はもがきながら、この辺で一番大きい木を指差した。
その根元にいかにも、という感じの宝箱がある。
中を見ると・・・

「?」

海賊の帽子、骸骨、刀、うさ耳・・・
舞台衣装のようなものがゴチャゴチャしたものが入っていた。
いつの間に背後に忍び寄ったのか、リヒャルトと踊っていた原住民がその中から被り物を二つ取り出す。
とんがった耳がくっついている。いつかSSGで見たものだ。

「これは・・・」
「ゴールの印か」

二人はリヒャルトとアイスに猫耳をつけると、満足そうにうなずきあい、踊りながら去っていった。



「バレるかと思ったぜ」
「変装は俺に任せろって言ったろ」

アレクとRQは仮面を外して一息ついた。
宝箱を発見した直後、頂上を目指す二人見つけて、泥の中を転げまわり仮面をつけたのだ。
とっさの思いつきにしてはいい出来である。

「それにしても、なんで焚き火なんだ?」
「そのほうが原住民らしいだろ。案の定、ハニーはリズムに乗ってくれたぜ」
「・・・俺はアイスと踊れなかったけどな」
「なあに、俺だって首を踏まれたかったぜ。うらやましいヤツめ!」
「そ、そうか?」

遠慮なく踏んだようで、首に跡がくっきりついている。
アレクはちょっと幸せそうな表情でそれをさすった。



その頃、すでにカヌーを漕いでいたリヒャルトとアイスは、遊園地のスタッフが乗ったボートに遭遇した。

「ここは未公開のアトラクションなんですよ!立ち入り禁止の柵があったでしょう。どうやって超えていったんですか?」
「・・・そんなものがあったのか?」
「何かがつぶれるような音はしたが」

ホップスとボビーがメチャクチャに漕いでいるときに壊してしまったらしい。
どうりでオロロン島ではなかったわけだ。

「ああ~、このままでは僕が上司に怒られる。今回はなかったことにしてもらえませんかね?」
「いいだろう」

体を鍛えるのという目的は達成できたので、二人に異論はなかった。
こうして、上司に怒鳴られるのをまぬがれたスタッフは、猫耳をつけた物騒な男をボートに乗せて、遊園地に戻っていった。
島に取り残されたホップスとボビーのことは、誰も思い出さなかった。





日が暮れ始めて、あたりがオレンジ色に包まれている。

「非常に残念だが、そろそろ戻らなくては・・・」

リヒャルトが名残惜しそうに言った。
アイスは同意するようにうなずく。

「こんなに時間が経つのが早いと思ったのは初めてだ」

猫耳の二人は別れを惜しむようにして抱き合い・・・

「待て、リヒャルト」

アイスが例の雑誌を取り出し、最後のページを開く。
遊園地の締めくくりに、あなたの大切な人と!と赤いペンでマークされてあった。





かくして…
観覧車の前に立った二人は、空を見上げた。
赤い夕陽が眩しい。

「これは偵察機か?」

アイスがその高さから推測したが、リヒャルトは首を振った。

「これは、タイミングを計って、走行中の車に飛び乗る訓練マシンだ」
「それにしては、速度が遅いが」
「初心者に合わせているのだろう。私も過去1度だけ試したことがある…」

そう言って、少しばかり俯き、ブンブンと首を振る。

「トラウマでもあるのか?」
「そうではなくて…」

たしか、前に任務であれに乗った時は、あの男が一緒だった。
それで…。

「おまえが嫌な乗り物なら、無理に乗ることはない」

何しろ、勧めたのがあのアイオンなのだ。
アイスは、手に持った冊子を握りつぶした。

「いいや、あれは乗った後で素晴らしい景色が見られる。ぜひとも、おまえとの思い出に乗りたい」



リヒャルトがそう言うので、アイスとしても断る理由がなく、言われるままに観覧車に向かって走りこみ、すばやくドアを開けて飛び乗った。
遠ざかっていく個室の外で、係員がなにやら怒鳴っているが、気にするほどの事ではないだろう。

「タイミングはよかった。私としては、もっとスピードをあげてもらえると嬉しいのだが」
「まったくだ」

二人は頷きあい、地上から遠ざかっていった。

リヒャルトが、窓から見える景色について説明をすると、アイスはすぐにそちらに視線を動かして興味深そうな表情で返事を返す。

普段、任務に負われている二人だったが、今だけはゆったりした時間が流れていた。



観覧車は夕陽を浴びながら、ちょうど二人の乗ったボックスが一番頂上に差し掛かった時だった。

「ここが一番上…っ」

リヒャルトが言った途端、ガタンと大きく揺れて観覧車が止まった。

「何事だ?」

外を見ても異常はない。

「あれは…」

アイスが気配を感じて、眼下を覗くと、半透明のスライム状の物体が張り付いている。

「ちっ!やっかいなことになった!」

リヒャルトが携帯を取り出して怒鳴った。

「潤一か。至急、機密班を遣してくれ!水星人の食料がうろついている。応援はいらない。奴は私が始末をする」
「敵なんだな」
「そうだ。奴は金属を溶しながら進行する。早く始末しなければ、この乗り物が崩壊する!」

そう言って、リヒャルトはドアを蹴破って外に出た。



表情には出していないが、強風の上、足場が悪い。
バランスを崩したら地上へ真っ逆さまだ。



慎重に足を進めるリヒャルトの耳に悲鳴が入った。

「ママー!!」

隣のボックスで小さな子供が泣いている。
母親と思われる妙齢の女性が、目を閉じて椅子に倒れ掛かっていた。
気絶なのか、それとも病の発作なのか。
どちらにせよ、緊急事態には変わりない。

「…」

リヒャルトの視線が一瞬アイスに向く。
一瞬ですべてを理解したアイスが手を伸ばすと、リヒャルトは銀色の筒を投げた。

「奴は、これでないと倒せない」
「了解」

短い返事とともに、アイスが外に飛び出した。
スライムに向かって垂直のまま走っていく。

「ワオ!黄色い服を着た猫耳忍者だ!」
それを見ていた子供の声が聞こえる。



「頼んだぞ」
女性に心臓マッサージを施しながら、リヒャルトは小声で呟いた。



スライムは、アイスに向かって鋭い触手を飛ばして攻撃を繰り返す。
それらをすべてかわしながら、アイスは懐から取り出したメスを飛ばしたが、スライムの身体に吸収されてダメージを与えられない。
「チッ!」
素早く武器を変える。リヒャルトから受け取った銀色の筒にはスイッチがあり、それをONにすると、レーザーの刃が現れた。
表面は200℃ほどあるだろうか。高温を発している。
試しに、触手を斬るとスライムは酷く苦しんでいる様子だ。



レーザーナイフを構えると、アイスは呼吸を整えた。



一陣の風が吹いた時、スライムは真っ二つになっていた。





「すまなかったな。こんなことに巻き込んでしまって」

リヒャルトはアイスから銀色の筒を受け取ると懐にしまった。

「気にするな」

アイスの後ろでは、SSGの車両と救急車が走りこんできている。
女性は一命を取り留めたようだ。
すぐに担架に乗せられて、子供とともに搬送された。

「すぐに、ここ一帯にSSGの記憶消去システムが発動する。その前に…」
「わかった」

あらためて、リヒャルトとアイスは熱いハグを交わした。
二人でしっかりと巨大なぬいぐるみを抱えて…。

別れの挨拶は必要なかった。

続く

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