後日談 ~未来編~
アレクが死ぬ思いで自室にたどり着いたのは、日付が変わるころだった。
アイスを追って過去に飛んで、遊園地でRQと遭遇し、尾行も忘れて遊び、カヌーを漕ぐまではよかった。
島の原住民を装ってアイスとリヒャルトを騙してしばらくの間大笑いしていたが、ふと川を見ると二人を船が乗せて去っていく。
島に取り残されてしまったRQとアレクは、泳いで遊園地まで戻ることにした。
カヌーを漕いで来れたのだからそんなに遠くないだろうと高をくくっていたが、4時間ほど泳いでも陸にたどり着かない。
それどころか水が塩味に変わり、いつの間にか川から海に出てしまったようだ。
「俺、明日仕事あるんだ。遅刻したらアイスに殺される!」
慌てふためくアレクに、RQは余裕満々に笑いかけた。
「俺だってリヒャルトと約束がある。遅れたら鞭打ちだけじゃ済まねえだろうな!」
「お前もかRQ。俺たちは一体どうすればいいんだ」
「安心しろ、人間だって70%は水だ。なんとかなる!」
などとわけの分からないことを言いながら、RQはぷかぷかと浮かんでいる。
その後、運良く通りかかった漁船に拾われ、近くの港に下ろされた。
硬いハグを交わし、再会を約束する二人。
RQはうさ耳をつけたまま、カッコよく去っていった。
それにしても、濃い一日だった・・・
コーヒーカップで体力の大半を使い果たしてしまったアレクは、ライトもつけずに部屋に入ると、倒れるようにベッドに突っ伏した。
「いてっ!」
固いものが頭を直撃する。
この感触・・・銃身だろうか。
しかし、そんなものをベッドに忍ばせた覚えはない。
いや、それよりもっと柔らかい、プラスチックのような・・・
頭をさすりながらライトをつけたアレクは、奇妙なものを見た。
「・・・・・・・」
うつろな目がこちらを見ている。
赤い体。長い触角。ハサミのついた両手。
某遊園地のマスコットキャラクターの一人、ボビーである。
先ほど頭にぶつかったのはこれの目らしい。
「今まで何をしていた」
ボビーがしゃべった。
と思ったが、実際に話したのはそれを抱きかかえているアイスである。
ロブスターがあまりに大きくて、うしろにいるのに気づかなかった。
「そっちこそ・・・」
そっちこそ、深夜に人のベッドでぬいぐるみを抱えて何をしているのだ。
アレクはそう訊きたかったが、言い終えるまえにボビーをぶつけられた。
「私の質問が先だ。答えろ」
「・・・お前には関係ねえだろ」
まさか尾行していたとも言えない。
あれほど接近したのに、二人とも気づいていないのが奇跡だった。
アイスとぬいぐるみなんてそうそう見れない光景だが、アレクは相当疲れていた。
あくびをしながらベッドにもぐりこむ。
「疲れてんだ。明日にしてくれ」
「日付はすでに変わっている」
アイスが諦める様子はない。
何があっても出ていくものかと、アレクはブランケットを頭からかぶった。
ブランケットの端っこを引っぱるアイス。死に物狂いでしがみつくアレク。
だんだん子供の喧嘩のようになってきた。
「俺はお前と違って、1日8時間眠らねえと死ぬんだ!」
「安心しろ。すぐに眠らせてやる」
ブランケットを剥ぎとったアイスは、アレクの首根っこを掴んだ。
「疲れてるって言ってるだろ。こんな俺を相手にしたってつまらねえぞ」
こんなコンディションで手合わせでもしたら、瞬殺されるのがオチだ。
しかし、アイスはトレーニングをするつもりはないようだった。
「直接手を下すつもりはない」
「・・・じゃあ、どこに行くんだよ」
警戒しながら訊いてくるアレクに、アイスは面倒くさそうに答える。
「遊園地だ」
「はあ?」
アレクは抵抗をとめた。
「俺と?本当に?」
「なぜ私が嘘をつかなくてはならない」
「ア、アイス、それって・・・デートってことだよな?なっ!」
アレクの表情が見る見るうちに輝き出す。
「・・・そういうことになるか」
アイスが不機嫌そうな顔のまま言った。
驚きのあまり声が出ないアレクを、アイスはずるずると引きずっていった。
アイスは今日行った遊園地が楽しくて、パートナーがここにいれば・・・と考えたのだろう。そうに違いない!
「俺はやったぜ、RQ――!」
アレクはここにはいない友の名前を叫んだ。
その後、アレクは地獄のジェットコースター巡りを強制され、SSGの宇宙飛行士訓練施設にたどり着いたころには抜け殻のようになっていたが・・・それはまた別の話。
後日談 ~SSGにて~
アイスと別れ、SSGに戻ったリヒャルト。
道路が混んでいたため、連絡を入れてから帰るまでにだいぶ時間がかかってしまった。
しかし、建物に入った途端に、いきなりレーザー光線が襲い掛かってきた。
「何事だ?!」
ヒラリとかわしながら、周りを見回す。
もしや、敵の侵入を許したか?
だが、天井裏が開いて、
「あ、帰ってきちゃったんだよ!」
と、ひょっこり占い師兎兎が顔を出した。
「んしょ…」
呆然とするリヒャルトの前に、半裸状態で腹に顔を描いた兎兎が飛び降りる。
「みんなー!非常訓練はお終いなんだよ!」
兎兎がそう叫ぶやいなや、壁の一部からDr.コッペリウスが現れた。
「おやおや、ずいぶんとお早いお帰りで…ヒヒヒ」
続いて、ぞろぞろとSSGの隊員たちが現れる。
「非常訓練だと?」
「そうそう、かなり本格的だったんだから!」
リヒャルトが歩いていくと、訓練の凄まじさが伺えた。
食堂もトレーニング場も戦闘の形跡が残っている。
「ん、まぁそれはそれとして、あいつはどこだ?」
リヒャルトが向かった先は機械部だった。
「知りませんよ。ご一緒だと思ったのですが、違うのですか?」
機械部長の潤一は、レーザー兵器のスイッチを切りながら答えた。
「私はあいつに電話をかけたのに、出たのはおまえだった」
「ああ、皆、非常訓練中でしたからね。電話に出られたのは私だけだったのです。RQの所在は存じませんが」
「…そうか」
長官室に入ると、アポロが出迎えてくれた。
「ああ、おまえにはお土産があるんだ」
リヒャルトは抱えたホップスのぬいぐるみをアポロの前に置く。
アポロは、強大なぬいぐるみに最初は驚いたが、興味深そうに手を伸ばしたりし始めた。
「ところで、あいつを知らないか?」
アポロはドアのほうに歩いて、カリカリと爪を立てた。
「出て行ったのか?」
「ニャ…」
実は、アイスとの素晴らしい体験を少しだけ話して聞かせたかった。
今度、アイスがアレクを連れて、SSGで宇宙飛行士用の訓練を体験しに来る。
そのことも含めて話をしたかったというのに、肝心の時になぜいない!
加えて、明日は早朝からジョギングに行く約束もしていたというのに…。
「いつ戻ってくるとも言わなかったのか」
「…ウニャ」
アポロの返事にため息をついて、リヒャルトはシャワー室の扉を開けた。
……
それにしても…あのカヌーに乗っていた男。
ウサ耳をつけた胡散臭い男だ。
乱暴にオールを扱うものだから、顔にも服にも飛沫がかかった。
あの迷惑なウサ耳男の思い出を洗い流そうと、顔をゴシゴシ擦った時だった。
ドタン!
という大きな音とともに、シャワー室の扉が開いて、同時に磯臭さが広がる。
「?!」
ドカドカと入ってきた奴は、頭につけている海草だらけの被り物を外して、髪をブンブンと振り回した。
「なんだ!貴様はっ!!」
「磯臭くてたまんねぇ!洗わせろ」
「あ??」
そう言って、リヒャルトの手に持ったシャワーを奪い取る。
長い金髪の男は、乱暴な手つきでボディソープを手に取り、頭から全身から擦り始めた。
唖然としているリヒャルトが、RQを殴り飛ばしたのは、幸いなことにRQが全身を洗い終えてからのことだった。
「海に行ってた」
「そうか」
「どうして、髪の色が違うのか聞かないのか?」
「飽きたんだろう」
「違う!」
片頬を赤く腫れさせたまま、RQは踏ん反り返り、
「これには深い事情があるんだ」
「別に。私には関係ない」
「もとはといえば、あんたがどっかの誰かとデートに行くからこうなったんだぜ」
「…では、貴様はいままでどこにいっていたんだ!」
「へぇ、妬いてんだ。お互い様じゃないか」
リヒャルトは手にしたグラスを投げつけ、RQは近くにあったゴミ箱で防御を固める。
「今夜はいい勝負ができそうだな」
数時間後、RQはアレクにメールを打っていた。
「ち、ち、ち…ちょっとハニーを怒らせちまった。あ~尾行して楽しんでたなんて、素直に白状できる状態じゃなかったぜ…。おまえはどうよ…? ああ、目の前が暗くなってきた。ボビー、おまえのことは忘れねぇ…」
ところで、同じ頃アレクがジェットコースターで死にかけているとは、まったく知らないRQだった。
END

