-恐怖!-

イルミーネ国の物語

時として、言葉とはとんでもない誤解を生むものである。


・・・・

ここはB国。
B国の王は、諸外国に質のよくない絨毯を買わせようとしていた。次のターゲットは海の向こうにあるバストール国だった。だが、バストールは大国だ。悪い評判がたつと損をするのはB国のほうだったので、手始めにバストール国より内陸にある、こじんまりとしたイルミーネ国に標的を定めた。

「ババス、そなたは長い事王室のために働いてきたな。この度は‥」
地図を広げてみせながら、B国の王は王室御用商人ババスに語りかけた。
「バストール国の港から大陸に入り、イルミーネ国に販路を広げるのだ」

「ですが…陛下」
地図をしばらく見つめたババスは怪訝そうな表情をして、国王を見つめた。
「我が国のイルミーネ国に対する情報はあまりに少なくてございます。
イルミーネ国王の人となりも、若い男だというくらいの情報しか」
「問題はそこなのだ」
B国の王は頷いて、これから売りさばこうと考えている質の悪い絨毯を撫でた。
質が悪いのですぐに毛羽立つ。だが、そんなことはどうでもよかったのだった。
ともかく高く買ってくれればよいのだ。
「昔、その国王は少々おつむが足りない…との噂を聞いたのだが、その後は情報が入らない。
だが、元々足りない男が大人になったからと言って、名君になるとも思えん。」
「左様でございます」

国王がおつむの足りないまま成長したなら、すぐに騙せるかもしれない。
だが、年齢の経過とともに世間慣れするということは考えられる。

「たしか、イルミーネ国とバストール国は同盟関係にあったな。ならば、バストールの国王はイルミーネの国王をよく知っているのではないか?」
「しからば、わたくしはバストール国王に近づきまする。そうして、イルミーネ国王の人となりを聞き出しまする」
「さすが、ババスだ。その通りにせよ!」

B国の国王は、去っていくババスの背中を満足そうに見送った。



ーーーー


海を渡り船の旅を終えて、ババスが向かったのはバストール国の白亜の城である。
それにしても、バストール国の豊かな事。砂漠と海と山に囲まれたこの国の王が、別名四宝王と呼ばれるのもわかる。多様な文化、多様な人種…それらが四方から入ってくる文化の交流地。
この国には西・東・南の広場というのがあって、それぞれが栄えていた。
ここに我が国の質の悪い絨毯など売りつけたら、すぐに市場から追い出されるだろう。
…ババスはあながち我が国王も、ただの馬鹿ではなかったのかもしれないと思った。
(B国の王は、実はあまり賢くないと評判だった。)

ババスはB国の代表者としてバストール国の王に拝謁しようと考えたが、生憎国王は留守とのことだ。
「しかし、本日の夜に夜会が行われるのでその時にいらしては…」と大臣らしき男にアドバイスされたので、夜会を待つことにしたのである。

ババスはバストール国王がどんな人物か聞いていた。
血筋的には前国王と側女に近い女との間に生まれた子だったものの、後継者が他にいなかったため国王になったという曰く付きの人物。
生まれはともかく、国王としての能力は確かであり、豊かさと多様性と複雑性がからまったこの大国をよく治めているという。

実際に姿を見たことがないので、国王が現れた時の人のざわめきで把握するしかない、とババスが考えていると、突然輝く男が現れた。
たてがみのような黄金の髪をたなびかせている、南の匂いがする褐色の肌のやけに垢ぬけた男である。
濃いブルーの瞳は大きく、しかし鋭かった。
存在そのものが目立つ。
誰がどう見ても、これがバストール国王である!

この時、バストール国王サングは、面白くない気分だったのでいつもよりも地味な服を着ていた。(この国王は原色の服を好んでいて、真っ赤なマントなんかをごく普通に羽織って皆の前に登場したりするのだが、それがまた自然に見えるくらいに存在自体が派手だった)
サングは、目の前に知らない顔があったので当たり前のように、「おまえは誰だ?」と聞いた。

ババスは低頭して
「B国からやってきました。ババスと申します。この度は、国王陛下においてご機嫌うるわしぅ…」
と言いかけたところで、国王がさっと別の方向に向かって歩いて行ってしまったので、慌てて追いかける。

「国王陛下!私は…」
「だからなんだ?!知らない人!」

ビッュフェスタイルのデザートコーナーでケーキを頬張る国王を前に、またババスは「B国からやってきました。ババスと申します。この度は、国王陛下においてご機嫌うるわしぅ…」と繰り返した。
するとまた、国王はすたすたと歩いて行ってしまう。
「陛下っ!」

大量の饅頭の前で国王が口いっぱいに饅頭を頬張っているのを見ながら、ババスが口を開こうとしたら国王が片手で静止した。
「B国のババス!俺のご機嫌はうるわしくない。話があるのなら、その先を言え」
ババスが口を開きかけると、
「大方、B国王に言われて変な絨毯でも売りつけに来たんだろう。いらねぇよ!」
と、国王に心の中をズバリと言い当てられて、たじろいだ。

だが、ババスもB国代表の端くれである。
たとえ、自国の国王が(誰でも騙せると思っているような)かなり単純な人であってもご主人である。

「いいえ!私はイルミーネ国王のことをお尋ねしたいのです」
すると、サングの饅頭を食べる手が止まった。
「へぇ~」
その途端、いきなり目の色を変えて「今の俺にあいつの話をするのか!!」と勝手に激怒した。

「え、ええと…」
ババスは国王の逆鱗に触れたとわかり、一気に青ざめた。
バストール国はイルミーネ国の同盟国ではないのか?!
現状の関係性がわからない!

ババスが頭の中でいろいろと考えているうちに、サングはふと何かを思いついたようにニヤリと笑った。もちろん、ババスは見ていない…。

「おまえ、イルミーネ国王のことを知りたいんだろう?」

急に神妙な表情になった国王に、ババスは黙って頷くしかない。

「実は…、先程までイルミーネ国にいたんだ。だけど、いつもの国王の儀式が過激すぎて、とても見ていられなくなって…」
「いつもの儀式とは?」

オドオドしい声で話しながらサングは、そっと顔をババスに近づけた。

「自分の気にくわない人間を鞭打ちの刑に処すんだ。しかも国王自らの手で」
「ええっ!!」
「その儀式なしには、国王は食事をしないんだ。だから、臣下たちも見てみないふり…」

イルミーネとはそんなに危険な国だったのか。イルミーネ国王は足りないと聞いていたが、サディストだったとは聞いていない。頭が悪い上に、狂気をも発症しているらしい。

「そんな国行ったら、おまえ絨毯売るどころか、簀巻きにされて埋められちまうぞ」

サングの言葉にババスはぞくっとした。



その頃…。
イルミーネ国王トトは、紐の先にビーズをつけたもので、瓶の蓋を落とす遊びをしていた。
空の瓶を倒さずに蓋だけ落とすのは難しい。
これは従妹のレオーネに教わった、もしもの時の護身術の一つであった。
単なる遊びではなく、鞭や紐などで相手の手元を狙うという技なのだ。

「これはなかなか難しいね」
「バランス感覚が大事ですよね。今の私には無理そうだ」

王弟ジュールは、悲し気に首のギブスに触れた。
彼は馬車の車輪が突然外れるという事故にあい、むち打ち症になってしまったのだった。
さらに、本日はサングが来たのでジュールは不機嫌であった。
二人はずっと前から不仲であった。(多分前世から不仲なのだとトトは思っている)
サングは屈託のない人ではあったが、ジュールに対しては過去にいろいろあったのもあって、意地悪なところがあって、この美しい王弟に起こった悲劇を笑ったのだった。

愛する王弟に意地悪したサングは親友といえど、トトは許せず、二人は勝負することとなった。

「よし!オカルトの知識で勝負だ!!」
トトは本気だった。負ける気がしない!
「それはそうだよね…きみに勝てる気がしない…」
サングはがっかりしたように勝負の前に負けを認めた。
トトの「超古代文明研究所」という名のアトリエには数百冊に及ぶオカルトに関する書物が所蔵されている。オカルティストを自認するトトに勝てるわけがないのだ。
これは、トトも公平でないと考えた。

次にサングが「甘いもの大食い勝負」を持ちかけたが、やはりサングにとって有利すぎたのでこれも却下された。

馬鹿にされた当人であるジュールは、この二人から距離を置き、かといって全く無視するでもなく近くのソファで他人事のような顔で紅茶を飲んでいたのだが、「あれで勝負すればいいんじゃないでしょうか…」とトトが先ほどまで遊んでいた瓶を指さした。

「ああ!そうか!」
トトは大きく頷き、サングに早速この遊びを教えた。
サングもこの手の遊びが好きだったと見えて、すぐにコツを覚えた。

「24対20…まだやるかい?」

結果はトトの勝ち。微妙な差ではあったが、トトはサングより少々器用だった。
「私は指先のマジシャンと言われているんだよ!!」
トトが10本の指をわちゃわちゃ動かしながら怪しく微笑むと、サングは嫌そうな顔でたじろいだ。
「むむっ…怪しげなるトトちゃまには勝てないということか」
「その通りだよ!」
「むっ!勝負はこの次に預けておく!」

酷く悔しそうな顔で出ていくサングを見送った後、トトはさらに親友に差をつけるべく、瓶の蓋を落とす練習を繰り返した。もはや、王弟が意地悪されたことなどトトの頭の中からはすっかり抜けている。

そんなわけで自国に帰った後のサングは不機嫌だったのだ。

・・・

次の日、イルミーネ国をB国の使者が訪れた。

国王はよほどの用件でない限り、謁見の間のような大げさな場所を好まないとのことで、ババスは国王が昼食をとる部屋に通された。

今はちょうどお昼前だ。
ということは…バストール国王に聞いた情報によれば、イルミーネ国王が食事前の新たな獲物を探している最中ということだ。

ぞくっと背筋が寒くなり、ババスは一人残されたこの空間から逃げ出したくてたまらなかった。

やがて、コツコツと足音が聞こえて、国王らしき長身の立派な身なりの男が入ってきた。
思わず低頭するババス。

「ああ、B国からのご使者がいらしているとお聞きしました。あなたがババス…」
「ははっ!!国王陛下、左様でございます!」
「いいえ、私は国王ではありません。兄が国王です。」

ババスが顔を上げると、そこには恐ろしく整った白い顔があった。
首周りに嵌めているギブスが痛々しい。

「では、あなた様は国王陛下のご兄弟ということですね」
「お初にお目にかかります。私はジュール・アルキュードと申します。イルミーネ国王陛下をこれからお迎えに行くところです。せっかくだからあなたもいかがでしょうか。ここで一人待つよりも事が早く運ぶかと…」
「ああ、なるほど」

頷いたババスだったが、このアルキュード公のギブスが気になってならない。

「あ、あのすみませんが、そのお怪我は?」
「ああ、これはむち打ちで…」
「ええっ?!鞭打ち?!」

思わずババスは悲鳴を上げかけた。

「そんな大げさなものではありませんよ。じきに治ります」
ジュールがにこやかに言うものだから、ババスは混乱した。

イルミーネでは、これが一般的なのだろうか?!

「そ、その…国王陛下は、ご気性が激しい方だとお聞きいたしましたが…」

恐る恐る聞いてみる。

「そんなことはありませんよ。ただし、今は少々野蛮な趣味にはまっていらっしゃいますが」

運動音痴な上、兄バカのジュールからすると、瓶の蓋を落とすような護身術も野蛮な趣味なのである。
あんなことして、ご自分が怪我でもされたらどうするのか?!
と心底心配している。(兄が誰かを怪我させるかもしれないことは考慮外である)

「や、野蛮…」
「そうですよ!あんなものをぶんぶんと振り回したりして」

ジュールの口調に苛立ちが紛れているのも、ババスには気付けなかった。
問題は、国王が鞭をぶんぶん振り回していることなのである。

「まぁ、それ以外は・・」

と言いかけたところで、国王の執務室の前についてしまった。

ドアをノックして、
「兄上、私です」
「あ、大丈夫だよ」
部屋の中からのったりとした声がしたので、ジュールは扉を開けた。

「それ以外は、国王陛下はとても素晴らしい方です。落ち着かれてお話されるとよいと思いますよ」

聞えよがしの誉め言葉に部屋の中にいたトトは、思わず変顔をしてしまった。
これは、トト独自の照れ隠しともユーモアともいえるものであったが‥‥

「×△〇!!!!?」

ババスは声を失って、悲鳴ともつかない断末魔をあげながら、一気に逃げ出してしまった。

「あ、あれ?」

これにはジュールも驚愕した。

それを目撃したトトは、思わず叫んだ。

「今の笑うところだよ!!」

・・・

船は幾日かかけてB国へたどり着いた。
順調な航海だったが、ババスはずっと生きた心地がせず、船酔いもあってかげっそりとして国王との面会を求めた。

「ババスが帰ったとな」

B国の王が現れた。
うすらぼんやりとしたその顔を見て、ババスは”イルミーネの国王よりは、ずっとまともかもしれない”と思いながら、ババスは自らの体験したバストールとイルミーネでの話を国王に話して聞かせた。
その話にはB国王も震え上がり、販路を別の方向へ展開させる運びとなったのである。


・・・・・・・

ジュールは先ほどから不機嫌である。
それというのも、ただでさえ不仲のバストール国王が、とんでもない噂話を流したと、外交筋から聞いたからだった。

「兄上!もっと怒っていいんですよ!!」
たいして怒ってもいないようなトトにジュールは少々苛立ちを隠しきれない。

「そう言われても…結果的には、質の悪い絨毯を買わなくて済んだわけだし」
トトは仕方なさそうな顔をして、下を向いた。

サングが適当なことをいうのは今にはじまったことじゃないし…。
トト個人としては、臆病とかオドオドしていると言われるよりも、恐怖の大王!のほうが素敵に思えていたのも事実である。(中二病なのだ)

今頃、サングはこんなことどうでもよくなっているに違いないし。

「結果よければすべてよし!」
「あなたはいつもそうだから…」

本人以上に悔しさそうなジュールを後目に、トトは来年のハロウィンでどんなに恐ろしい仮装をしようかと考えていたのだった。


END

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そうして、話はB国に戻る。

一時はイルミーネ国王の狂気に震えあがっていたB国の王だったが、じきに対抗意識を燃やすようになった。
そうして、B国は無差別級クラスの格闘技の国として生まれ変わったのだ。

「世界一武闘会を始めます!1回戦は、手品暗殺者VSクッキング拷問師の対決!皆さまお愉しみあれ!」

刃物を隠し持った漆黒のマント男と、ピンクのエプロンでチェーンソーを持った男が対峙する。

「イルミーネ国王も参加すればよいものを」
B国の王はため息をついた。

ババスは複雑な面持ちで王を見る。
今やこの国は格闘技のチケットで成り立っている。
もはや質の悪い絨毯を他国に売りに行くこともしなくていい。
これはよかったのか、悪かったのかと。

果たしてイルミーネの恐怖の大王はここに参加されるのだろうか?

ババスは、そこで初めてあの国王の意外とふわっとした面持ちを思い出し、自分が甚大な勘違いをしたことを思い知ったのであった。

本当のEND

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