-超番外編
広島~香川の旅 1-

イルミーネ国の物語

駅に着いた二人はさっそく昼食をとることにした。

「ここまで来たら、食べたいものがあるんだよ」
トトがウキウキと飲食街に歩いていく。
「ああ、わかった!」
ジュールもウキウキと歩いてゆく。

二人はある店の前で止まって、同時にきょろきょろと見回した。

「こんなにお好み焼きのお店があるなんて予想外だよ!」
「一番手前の混んでいるところにしよう…、たぶんそこが正解だ!」
「ミーハーな決め方だね。その、流行りものに乗ろうって発想は」
「兄上に言われたくないですよ。ほら、もう牡蠣入りのメニュー表を見ている!」

お好み焼きと牡蠣。
この二つが有名な場所と言えば、そう広島県である!
二人は、いつも通りの手筈で広島県に来ていたのだ。

「おそばが入っているお好み焼きと牡蠣!特に私は今回おいしい牡蠣を求める旅にするつもりなんだよ」
「牡蠣の一番おいしい季節は過ぎてしまったけど、食べられるお店は多いみたいですからね」

あいかわらずグルメな兄弟であった。

「ところで私はお酒を控えるんだよ。そのかわりにおいしいものを思う存分楽しむ許可を自分に与えたわけだ」
トトは、胸を張った。
酒を飲もうが飲むまいが、自分を甘やかすことには違いない。
「本当にその意思が続くのやら…?では、私もその決意に便乗することとしよう。おいしいものには糸目をつけないかわりに酒を控えるっと」
こちらも、かなりどうしようもない決意表明である。
その証拠に、目の前に牡蠣入りの巨大なお好み焼きが運ばれてきた途端、二人は顔をニマッとさせ、マヨネーズを惜しげもなくかけて、そのこってりとした風味を味わったのだ。



「牡蠣はどこだろう…あったー!」
「思ったよりたくさん入っている!」

甘目のこってりしたソース、薄い生地、サクサクふわっとした触感のキャベツ、ぱりぱりに焼いた焼きそばが入ったそれはまさしく広島焼きと呼ばれるものの特徴。
さらにコクのあるとろりとした牡蠣の風味を加えてみよう。

「美味しいねぇ、お決まりのセリフしかないけど、おいしいよ」
「すごいボリュームなのに最後まで飽きずに食べられるのは、食感の妙ですね!キャベツの量が予想以上に多いからさっぱりしている」

駅中の有名店での昼食だったが、二人は大満足。 幸先のよいスタートだ。

「これから宮島に行くんだっけ?」 ジュールが聞くと、トトは予定表を出した。
(これは旅行会社から来たもので、ずぼらなトトが自力で作成したものではなかった)

「まずは…」
宮島2泊

琴平1泊

高松1泊

「広島から香川まで飛ぶんだね」
「よく考えたら、途中で尾道とか入れるべきだったよ、しまなみ海道が宮島にあると思ってた」 「それはさすがに違うでしょう…」

ともかく、こんなスケジュール。 4泊5日2県の旅である。途中、岡山を通過するので3県にまたがる旅のはじまりであった。


その日は晴天で、実に良い天気だったのだけど、トトは宮島行きの電車に乗った途端にぐったりとしてしまった。

「どうしたの?大丈夫?」
「なんだかすごく疲れてしまったの」

そう言うとトトは目を閉じた。
昼食を食べている時は元気だったのだが…。
おそらく行きの飛行機のせいだろう。
トトは飛行機が大の苦手なのだ。
機内ではほとんど口もきけないほど。

トトは電車の中でじっと目を閉じたまま動かない。
疲労と緊張感を取ろうとしているように見えた。
しばらくたって、トトはしずかに口を開いた。

「今日はもうホテルで寝てもいい?」
アクティブなトトにしては珍しい弱気な発言に、ジュールは不安を感じて
「あなたの決めた旅について行くよ」と言った。
ホテルに着いたトトはそのままベッドに入った。
外を見ると、海岸が見えて船が渡っている。

「…きっと宮島は大きいから…」
言い残してトトは眼を閉じた。


次の日。
ジュールは雨音で目を覚ました。
トトはもう起きているようで、シャワーを浴びる音がする。

「兄上、雨が降っているようですよ」
「うそーー!」
裸のままトトが飛び出してきた。
「兄上!パンツ!服!」
「大丈夫、6階まで見上げる人なんていないから」
「見てる人がいるかもしれないです!」

大慌てで兄の体をバスタオルでくるみながら、ジュールは心配そうに外を見た。
(別に覗きを警戒してではない) 普通に雨が降っている。

「船さえ出れば…」
トトは、船着き場を見てほっと息を漏らした。

「船が出てる。それに向こうの空が明るいから、午後にはやむかもしれないよ」

トトの考えがどうであれ、宮島に渡れるのは今日が最後だ。
明日は、香川県の琴平に行かなければならないのである。
二人は朝食後に傘をさして、フェリーに乗り込んだ。
宮島口港から宮島までは15分の船旅だ。

「ここから厳島神社の鳥居が見えるんだって」

すぐにも赤い大きな鳥居が海に浮かんでいるのが見えてきた。
どんどん近づいてくる世界遺産に船の人々は、歓喜し興奮していた。 写真を撮る人も多い。
トトも写真を撮ろうとして前に出て、雨に濡れた。



鳥居に近づくと思ったら、すぐに到着を知らせるアナウンスが流れて、船は港へ。

「あの鳥居をくぐったらおもしろかったのに~」
「それは別の便でありそうだね」

ぶつぶつ言うトトだったが、すぐに目を丸くして少し先のほうを見た。

「あれはなにかしら?」

トトの指さす方向には、宮島の案内図が。
いや、トトの視線は案内図ではなく、その下にいる生き物にくぎ付けになっている。



「あれは鹿ですね」
冷静に言うジュール。
「鹿だね」
トトも落ち着いた口調で答えた。

もっと先の海沿いの通りには、鹿が普通に歩いていた。

「地中海の島でいう猫…みたいなものだよね」
「うん…たぶん」
しかし、大きさが猫とはだいぶ違う。
「ぶつからないように気を付かなきゃ」
「匂いが気になるなぁ」

宮島には野生の鹿が人里に降りてきている。
「餌をやらないこと、触らないこと」の注意書きがそこいらにあった。
二人は、観光客の向かう方向へ歩いて行った。 先には、厳島神社があるのだ。
厳島神社…源平合戦の平家の守り神として有名だ。
海の豪族である平氏は、海の守り神として宮島で信仰されていた神の社を、絢爛豪華な建築物として作り上げた。
それから1000年ほどの年月が流れているが、何度も改築を繰り返し、当時の姿を海の上にとどめている。

「ここら辺は台風の通り道になっているのに、よく破壊されないで残っているよね」

二人は、朱色が眩しい建物の中へ入っていった。



「神社というより、貴族の館みたい。広い…」
「不思議な建物ですね、たしかに神社というよりもっと儀礼的な建物に感じる…うまく言えないけど」
「白塗りの眉毛がちょこっと書いてある人々が恭しく歩いてそうな…イメージだよね」
「そうそう、宮廷の一部。宮の中で神を祀っているような。神社がこの中にある感じ」

厳島神社の床は海の干満に合わせて移動するようにできているという、説明文を読んでトトは感心した。



「昔の人はなんていう智恵を持っていたんだ!」
「あの鳥居についても書いてある」
ジュールが、説明した。
海に浮かんで見える大鳥居は地中深くに埋め込んでいるわけではない。
鳥居自身の重みで海に立っているのだ。
鳥居の横棒の中には7トンもの石が詰めてあったそうだ。

「知れば知るほど、奇跡の建築物に思えてくるよ」

鮮やかな朱の色が美しい建物だが、見た目の荘厳さだけではなく、建築物としても素晴らしい。

「ところで、私は先程から気になっていたのですが、神様はどこにいるのでしょう?」
「私も気になっていたんだよ。干潮時にしか見えない池とかはあったけど…」

しばらく歩くと、建物の真ん中まで来た。 そこは少し暗くなっている。
左手のずいぶん奥に鏡の輝きが確認できた。

「あれが神様に違いない」

開放的な神社の他の場所と違って、そこだけは明らかに特別な場所。
二人は神様にご挨拶をして、手を叩いた。

「ここまで来させていただいてありがとうございます」
無事に、神様のところまでたどり着けたお礼を。

そうして、海のほうへ歩いていくと舞台が見えた。そのさらに向こうに大鳥居が見える。

「平安の大舞台だったんだね。間違いなく…この景色が」
大鳥居の先は、瀬戸内海がある。 海の豪族である平氏は、ここから中国の宋と貿易をしていた。 そうして、夢見憧れていたこの海で滅んだのだ。
「諸行無常だなぁ」
静かな波が時代を語っているように感じて、トトは大きく息を吸った。



壮大な心地のまま、出口に向かって歩いていたら、かつて朝廷の使いが渡ってきたという橋のそばに来た。

「これ?どうやってのぼったの??」
大きなアーチ型の橋である。急激なカーブが特徴だ。
「昔の人は健脚だったというから…」
そう言いつつ、ジュールも首をかしげる。

「よじ登る必要があるよね。降りるときは、滑り台のように下ったんだろうか?」
「滑るというか、普通に考えて足から落ちますよね、これ」
「それに朝廷の人って烏帽子をかぶってもわっとした衣装を着て、木の棒をもってたんだよね?」



トトは考えた。
白塗りの男たちが口に木の棒を噛みしめながら、爪を立てるようにして必死に橋にかじりついているところを。 冷静そのままの能面で、橋の上から滑り落ちてくるところを。

「…変だよ」
至極真面目な表情でつぶやく。
「梯子がかかってたのかな…ああ、ここに書いてある。降りるときは階段を取り付けてたんだって」
「それにしても、登りは?」
ジュールの言葉にも納得がいかない様子で、トトは想像を巡らせていた。



「うーん、次にどこ行こうかな?意外と宮島って小さかったよ」
「お土産を買ったり、お昼を食べてみよ…あ、兄上!」

ジュールが話している間に、トトはととっと走って行ってしまった。
焼き牡蠣の旗の下へ。

「そういえば、私はここへきたら焼き牡蠣を食べるって決意してたんだよ!」
「焼き牡蠣…」
牡蠣を店頭で焼いている小さなお店だ。
「わぁ、焼き牡蠣って初めてなんだよ!」
2つ400円のプリっとしたやや小さめの牡蠣だ。
ポン酢とレモン汁が置いてあるので、それを一つずつにかける。

「うー、私はレモンのほうが好きだな。ジュージュは?」
「私もレモン派。ポン酢はこの牡蠣にはきついですね。臭みがまったくないから余計に」
「そうそう、まったくあのいやな香りがしないんだよ!苦味も少ないし」
トトは海産物が得意ではなく、牡蠣もそう好きではなかったが、本場のものを食べてみたかったのだ。
本場の牡蠣は、磯臭いような匂いもせず、苦味もほとんどなく、「海のミルク」の異名の理由がわかるほどにクリーミーで癖のない味だった。

「これからさぁ、焼き牡蠣食い倒れしようよ!」
「いいねぇ!」
二人はにんまりして、賑やかな通りに向かう。 そこにはたくさんの牡蠣のお店があるのだ。

「もみじまんじゅうも好きなんだけど…」
「いや、今は牡蠣でしょう」
もみじまんじゅうもここの特産品だが、目当てはやはり牡蠣だ。
スイーツは後でとっておこう。

「あ、ここで買おうよ!」
2件、3件と小さなお店を回った後で、トトはなにやらおしゃれなお店を発見した。
「ここは??」
「入ってみましょう」
ぱっと見、高級レストランのようである。

二人は2階の席に案内された。
ワインのリストを見て、トトが「うーん」と唸る。

「お酒は飲まない約束なんだよ」
「あ、ここシャブリがあるのか」

ジュールは「ふーん」とわかったようなまなざしをリストに投げつけている。
それを見たトト。

「わ、私はシャブリの味を忘れてしまった。いつも飲んでいるのはシャルドネだからね」
と、意味もなくきょろきょろとする。
「シャブリはすっきりしていながらコクのある…シャブリ飲みますか?」
「ちちち…ジュージュがそういうなら、しかたなく飲むよ!それに牡蠣にシャブリってよく聞くし」
「…ミーハーだなぁ」
「なんだよ、自分だって」
ともかくシャブリである。
こんなところにシャブリがあるのが悪いのだ。

よく冷えたグラスに、そそがれた黄金色のワインを見て、トトは恐る恐る手を伸ばした。

「こ、これと牡蠣ってよく知った光景だよ。これが…牡蠣を食べるという贅沢」
「定番だけど、ここで試せるとは思わなかったな」
口に入れたシャブリは、きりっと締まった味わいで、口に含んだ後、豊かな香りが首から上に伝わった。
「ああ、ああ、これがシャブリ…」
「牡蠣に合うってわかる気がするね」

焼き牡蠣はそれからしばらくして登場した。 こちらも殻つきの巨大な身である。
「見てよぉ…この大きさ。こ、これを食べて…シャブリを口に含むんだよ」
言いながら、トトは実際にやってみて、ほぉ~と息を吐いた。
「口の中で一つの料理になっている!」



どれどれ…とジュールも同じようにしてみた。
「うん、うん。合うね」
こちらは落ち着いた様子で。
「でも、実際は日本酒のほうが合うかもしれない。スパークリングのタイプなんかでもいいかもしれない」 と付け加える。
「ふーん。どうして?」
「ヨーロッパの海の味と、ここの海の味の違いで牡蠣の味も変わる。やはりここの酒を飲んでみたい」
でも…とジュールは首を振った。
「これから兄上が「歩こう大会」をすると思われるので、やめておきます」
「懸命だね。実はこのあと弥山に登ろうと思っていたんだよ」


弥山とは厳島神社を見下ろすようにそびえる山。 途中まではロープウェイで登ることができる。
「でも、私は山登りまでしようとは思わないんだ。ロープウェイで景色を見るだけだよ」
「明日は、琴平に行くんだものね。考えただけでも恐ろしいです。こんぴらさんの階段のきつさは有名だから」

巨大な牡蠣を食べて大満足の二人は、ゆったりとした足取りで弥山へ向かった。

タイトルとURLをコピーしました