さくらの中。
「わぁーもう満開だね」
「うん。いい時期に来られてよかった」
こんなに晴れやかな笑顔を見るのは久しぶりだ。
ジュールは桜の花に包まれているトトを見て、思った。
最近は、国の事もろもろで思いつめた表情を浮かべては、ため息ばかりついていたので、
「たまには、息抜きを」と外に連れ出したのだ。
少しばかり遠い国の公園を半日散歩。
まぁ例のごとく、お隣の王様に協力してもらっての短い旅だが、それでもトトは嬉しそうだった。
「花の中で、桜の花が一番好き」
と、トトは言う。
「梅ほど強くないし、牡丹ほど華やかではないけれど」
「トトには、桜が一番よく似合うね」
静かで主張は強くないけれど、満開になるとその存在感は大きい。
不思議な花だと思う。
そんなところが、トトに似ている。
今だって、ほら、とけこんでしまいそうだ。
少し前をゆくトトの姿が。
薄紅の中に。
「なに?」
ジュールが突然手を握ったので、トトは驚いた。
「どこかに行ってしまいそうだったから」
「迷子にはならないよ」
「あは…そうですね」
この人がそばにいる事がうれしい。
つらい顔をしている時、ずっとそばについていたいけれど。
イルミーネ国の大使という立場上、そういうわけにもいかない。
しかも、大使に命令を出すのは国王のトトなので、一層複雑な気分になる。
そばにいたい時に、国王として、大使として、接するのはかなりつらい事なのだ。
しかし、お互いにこの生き方を良しとして選んだので、後悔はない。
”これが共に生きてゆくと決めた私の生き方だから”
語りかけるように、少し前をゆくトトの背中を見つめた。
しばらく歩くと、広場のようなところに出た。
「少し座ろうか?」
近くのベンチに腰掛ける。
「本当に、こんな日に来られたのって幸せだね」
トトが遠くを見つめる。
やがて…トトの視線が遠くの桜から近くの親子にうつったのに、ジュールは気付いた。
「…」
茫然と…そして、少し悲しそうな顔をしている。
「トト」
「・・」
「トト?」
「あ…うん。ごめん」
「どうしたの?」
「なんでもない」
最近、こんな事が何回かあった。
気が付くとトトが違うところを見ている。その先にはいつも家族がいた。
そんな時、トトはいつもどこか悲しげで…。
「…ごめん」
トトはそう言って、下を向いて黙ってしまった。
「トト…」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、トトは赤く腫らした目のまま、「はぁ…」と一息ついて、顔をあげた。
「ごめん」
「どうしたの?」
「今更、望んでもいない、手に入れることができないものを、欲しがってしまう時があるんだ」
・・・・
「こんなことを言うつもりじゃなかった。気にしないで」
無理に笑おうとしたトトの瞳からぽろりと雫が落ちた。
「どうしてなんだろう。幸せなのに…」
ジュールは、そっとトトの頬を撫でて、そして言った。
「幸せのモデルってのじゃないかな」
「幸せのモデル?」
ジュールは広場の人々に目をやる。
「あの人たちはモデル1、この人たちはモデル2って、幸せにはたくさん形がある」
恋人、友だち、親子、夫婦、老夫婦、兄弟…。
広場には、いろいろな人々がいた。
「トトは、幸せのモデルを1つ知っている。だから、それと同じものを求めるのは当然だと思う」
”父上と母上と私がいたんだ”
トトは脳裏に焼き付いている光景を思い出した。
視線の先にいたあの親子と重なる。
「そのモデルのとおりにすれば幸せになれると、普通は思うんじゃないかな。
…知っていれば」
そこで、ジュールは一旦言葉を切って、トトの視線の先を同じように見つめた。
「私は、知らない」
はと、トトはジュールを見た。
ジュールの目には、脳裏には、たぶん何も映りはしないのだ。
私と違って。
「ジュ…」
「でも、だからこそ。新しいモデルの一つを作っていけるのだと思う。
あなたと二人で」
トトの声を遮るように、ジュールは言った。
ジュールの瞳が、はっきりと真っすぐにトトを捉える。
「私は、あなたと生きて幸せだと思いたいし、必ず幸せだと思わせたい」
自信があるんです。
と、ジュールは表情を崩した。
「時間がかかるかもしれないけれど、私は…」
そこで、ジュールは言葉を切った。トトが寄りかかってきたからだ。
「大丈夫?」
「うん…うん」
きゅっと目をつぶって、泣くのをこらえている。
そんな顔だった。
「ありがとう」
「ああ、私は自信家だからね。こう見えても」
とジュールは笑う。
「絶対に幸せにするよ」
「うん、幸せになろう」
かろうじて出せた声で、トトは答えた。
世の中にはいろんな幸せがあるけれど、私たちには私たちなりの幸せの形があるはずだから。
トトの小さな手を、ジュールはぎゅっと握りしめた。
「一緒に生きていこう」
かわした言葉は誓いにも似て、桜が二人を祝福しているように、あたりに舞った。

しばらくして…。
「実はね、先程あそこに飲み物を見つけてしまったのです」
ジュールが言った。
「じゃあ、買いに行こうよ」
「それが…あなたの隙を見て、密かに買ってしまったのです!」
えへへと笑って、ジュールはバッグからビールを2本出した。
「ああ!いつの間にこんな!ずるい!」
トトがじたばたと暴れる。
「1本あげるよ。2本独り占めはよくないし。
あ、でも、最近トトは自棄飲みが多かったから、控えないといけないかな?」
「やだやだ!」
トトがぶーぶーと怒るので、ジュールは栓を開けてトトに手渡した。
「しかし、桜を肴にビールを飲むなんて、俗な感じだなぁ」
笑いながらジュールはビールを口に運んだ。
「この辺りの人たちは、桜を見ながら宴会をするのが好きなようだけど」
「でも、一杯やりたくなるのはわかるよ。桜が咲くとなんかうれしい感じじゃない。
ついついお祝いしたくなるんだよ。俗っていうのじゃなくて粋っていうんじゃない?こういうのは」
早くもトトはうれしそうだ。頬がほんのりと赤く染まっている。
「夜桜もいいですよね。昼間の桜にはビールだけど、夜の桜には酒だなぁ。冷がいいなぁ」
と、ジュール。
「ジュールさん!宴会をとやかく言えるお立場ではありませんね!」
「ハハハ、本当に」
普段、品行方正のこの人は国外に出た途端に、本性を丸出しにする。
「まったく」
「今度は夜桜をぜひ!」
くりっと悪戯っぽく瞳を輝かせてこちらを見るジュールに、トトは苦笑する。
歳以上の思考回路を持っているかと思えば、突然、子供のような行動を見せたりする。
こんな彼だからこそ、一緒にいられるのだと思う。
ごく自然にする会話が楽しい。
そういえば、始まりもそんな感じだった。
一緒にいたい、話をしたい、と思ったところから始まったのだ。
これからも、ずっとこうしていたい。
「じゃあ、来週?来年?夜桜は?」
楽しそうに聞くトトにジュールは答える。
「もちろん、来週でしょ!」
「ちょうど綺麗に散りゆく桜だね」
「趣に傾けながら…」
「こう…とととっ」
二人で見えない酌を注ぐ。
「楽しそう!」
「うんうん!」
ずっとこうしていられますように。
ずっと一緒にいられますように。
もし、私がこの先迷っても、この時のことを思い出して、一緒に幸せを築いていけるように。
トトは、もう一度誓うように、ジュールの手を握った。

END
やっと、20年越し!くらいで本編最終章の「そして…」の後を書き写すことができました(^^;)
イルミーネ国の物語は、ずっと昔にノートに書いてあったので、ネットに書き写しているのですが、いくつか書き写しそびれているものがあり、これもその一つ。
実は、本編終了の内容は決まっていたけれど、これを書いた時点では、あのオチまでは決まっていませんでした。(「面白いから~」という台詞のですね。)
もっとシリアスなオチを考えていたんだけど、なんでああなったんだろうと思っていたら、この話を書いた時点で、「面白いから~」のオチは決まっていたような気がしてきた…。
そして、オチの時にジュールさんが言っていた「18禁の話」ってこれか?!っていう。
ある意味18禁だけど…酒飲んでるし。感動はあっても官能はないなぁ(笑)

