-最悪-

仮の姿 イルミーネ国の物語
初めて、レオーネにドレスを着せた。 さらに化粧までさせると雰囲気が違う…。

嫌な予感がする日ってあるものだ。

今日は家から出ないほうがいいんじゃないだろうか。
そんな考えを無視するように日差しは暖かく、風は優しかった。

だから、外出したんだ。

それがこんなことになるなんて…。

「きみは今、幸せか?」

目の前にいる男にどう言葉を返せばいいのかわからない。
黙って顔を背けていると、その男は苛立ちを露わにして、いきなり私の腕をとった。

「レオーネ、まだそんな恰好しているのか。きみはもっと自分に自信を持つべきだ!!」

こんなところをセシリーに見られたら、どんなふうに思われるんだろう。
自分が全部否定されて、木っ端微塵に砕かれている私を見て。
馬鹿馬鹿しいと思いながら、少なからずショックを受けてしまっている今の顔なんて見られたくない。
でも、心のどこかで彼女に助けを求めていた。

私には、彼女がいる。
彼女と私はうまくいっていて、何の問題もなく…。
二人で幸せにやっているんだ。
彼女の前では私はこのままでいい。

まさか、昔付き合ったことがある男性に突然ばったりと会うなんて。
最悪だ。
私は、なんで男を好きになれないのだろう?
そう何度も自分に問いかけて、「付き合ってくれ」という男という男と付き合い続けた時期があった。人数は2桁になるだろう。
その中の誰も好きになれなかったのだから、どうしようもない。
もっと前に気付くべきだった。
女性が好きなのはずっと前から知っていたけれど、男性を好きになれないというのは知らなかった。
きっと素敵な人が現れれば変わるはず…とよく言われる台詞だけど、そういう問題ではないのかもしれない。
素敵な人というのは男女問わず存在するが、素敵な人に恋するかはどうかは別である。

せめて素敵な人と一緒にいる時間に耐えられれば…と、私の男性への恋愛感情?はかなりハードルの高いものだった。

そして、出会ってから2,3回目に挫折する。

耐えられない…会いに行かなければと思う都度、吐き気や腹痛に悩まされる。
きっとセシリーがこんな私の話を聞いたら笑うだろうな。

そんなにデリケートだったの?!

って驚いてみせる彼女のイメージが脳裏をかすめた。

「きみから突然連絡が来なくなって、本当に心配していた。それにまだこんな男みたいな恰好をしているから、幸せじゃないことくらいわかる」

ーおまえは何様のつもりだっ!ー

口に出かかった言葉を飲み込む。
私がどんな服装をしていようと勝手だろうに。
服装だけで幸せか不幸せか判断されるなんて、失礼にもほどがある。

「…どなたでしたっけ?失礼します」

やっと出た言葉がそれだった。
振り払おうとした腕をまたきつく掴まれた。

「離してください!」
「いつまで強がっているんだよ!きみを傷つけてしまったことは謝る。だからっ」

この人を傷つけたのは私で、私はまったく傷ついていない。
そう…この人よりも酷いことに、私はこの人にまったく興味などなかったのだから。
わかっていて付き合った。いつか好きになれるかもしれないと。
相手の望むことを言い、相手の望む行動をして、相手の望む通り振舞った。

それは容易かった。私はずっと長い事、マダムたちに囲われていた身だ。
貴族社会の中で生き残るために、こういう物珍しい少女に年上の女性たちが群がった。
だからといって、その経験から女性が好きになったのでもなく、偶然にも女性が好きだったため世に出た時、思わぬ得をしたのである。

でもそんな立場には寿命というものがあった。いつかは卒業してまっとうに男性を好きになり結婚すると思っていた。
…2桁の数を経験した上でも無理だったけど。

相手に惚れさせることはできる。相手に惚れることができない。
惚れているから相手の喜ぶ行動をとれるわけじゃない。
まったく惚れていないから、相手の心が読めるのだ。
心底惚れていたら、心を読むどころか自分の心でさえままならなくなってしまうことを、私はセシリーから学んだ。

私がこの人にとっていた行動は「世間一般で私が幸せになるためだけの行動」でしかなかった。
この人の心を思いやることができなかった。その他の男性たちの心も。

「いつまで自信がないんだ」

と、この人は言う。
好きになられる自信ではなく、好きになる自信がない。
でも、それは伝えられない。
ただ、この人の前から以前のように逃げてしまいたい。

「助けて」

思わず口にしたその言葉は、一層傷に深く食い込んでいく。
掴んでいる手を強く振り払った。

呼吸が苦しい。
早くここから去りたい!

後ろを振り返ることもなく、足が勝手に走り出していた。

こんな身勝手な自分。
誰にも幸せにできない自分。

本当に逃げたいのは、自分自身から。

こんな考えを自信なしと呼ぶのかは誰も知らないし、こんな服装をしているのは自分に自信がないからなのかどうかも私以外に知るはずもない。
ただ、私はみんなが望むであろう姿に戸惑い、拒絶し、自分の好きな自分になっただけなのだ。

家が見えてきた頃、私はすっかり落ち着いていた。
少なくとも姿だけは。


いつも通り、応接間でセシリーは本を読んでいる。
ぼぉと立ち竦んでいる私に気付いて、「おかえりなさい」と言った。

「あ、うん」

何度か掌を握った。手の震えがまだ止まらない。
急激に血の気が引いた感じで。
これは、ショックを受けた時にいつも起こる症状で。
今日みたいな付き合っていた男性に性的な対象にされたと思った瞬間に、起こる現象で。
気持ち悪くて、耐えられない。
耐えようとして耐えられるものじゃなくて。

私は、残念なことに私を抱きしめようとする相手と、同じ方向性を感じる。
相手が私という女性を抱きしめたいと思う同じ気持ちで、私は別の女性を抱きしめたいのだ。
そういう意味では私は同性愛者ですらない。

私は何者なんだろう。

それをいつも目の前の彼女に求めてしまう。間違っていると知りながら。

「いつも…自分のことばかりでごめん」
「いきなりどうした?」

おどけた調子でセシリーが笑う。

「どこかで、賭け事でもして損した?」
「そんなことするものか!大体、賭け事はやっても絶対に損はしない!」
「自分がかなり危ないこと言っているって自覚ある?私はお小遣い制度を取り入れようかと思っているくらいなのに」
「貯金はしている。稼いでもいる!」

こんなにクソ真面目な彼女に財産まで握られたら、遊べないじゃないか!

「あなたが自分のことばかりなんていうからよ」

その返事だけで、私の最悪な日は日常に戻った。



・・・・


「何をもって他人は『自分に自信をもて!』とか言うんだと思う?」

「なにそれ、意味が分からない」
「そりゃそうだよね」
「それで、レオーネは傷ついたの?」
「…べつに」

傷ついたというより、大いに馬鹿にされた気分だった。

「仮に自信を失ってもいない人に、自信を持て!なんて言ったら、それは大いなる勘違いだ!」

猛烈に怒りたくなって、隣を見るとセシリーが笑っている。

「だから、怒っていると‥すごくわかりやすい」
「きみだって怒るはずだよ、もし…」
「私なら無視しちゃうかな。自信を持とうと持つまいとそんなの人に言われることじゃないわ。
そうやって人の内面に入り込んでくる人の頭ってどこか腐っているのよ」

「腐って…て」

それなら、今日会ったあの男の頭は腐っていたのか。

「なるほど…」

もうそう思うことにした。
いつまでも自分の行った悪い事を引きずり続けないためには、どこかで切り捨てないと生きていけない。目の前にある大切なものを失わないためにも。

「きみは強いな。その強さにずっと惹かれていた」
「ちょっと!私、そんな野蛮じゃないんだけど!!」

次に笑うのは私の方だった。

ソファの上でただ抱きしめて、幸せを味わう。

後ろに回された手の温もりを感じて、心の中で「自信を持ちすぎる」と呟く。
愛されている自分に。

掌に熱さが戻ってきた。
心にも。

この幸せは誰も崩せないし、否定もさせない。
過去はなかなか捨てられないけど、忘れることならできるから。
昨日の事より、明日の事を考えよう。

「ああ、今、私は幸せだよ」

自信をもってそう言えるように。

END

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