-喧嘩-

イルミーネ国の物語

いつでも 嬉しそうな顔を見せてね

私がそばにいく時は

私を好きな事を自覚させるみたいに


「ええ、今日はもう戻ります」

夜会も終盤に近づく頃。
アルキュード公ジュールは早めに部屋に戻ろうとしていた。

今夜は恋人と約束がある。

まわりの人々に挨拶をして、彼は恋人の待っている部屋へと急いだ。

その頃、トトは原稿用紙を目の前にして唸っていた。
「創作ファンタジー小説大賞SF部門」の締切りが近づいている。
国王であるトトも一般人として、このような企画にしばしば参加しているが、未だに入賞したことはない。

「今回は得意分野なのにーーー!!!」

キィーーー!と叫んでみても何のネタも浮かばない。
関係ない時ばかりネタが浮かんで、このような大舞台を前につきてしまうのはなぜだ!
書かなければ、書かなければ…と焦るほど、くだらない話しか思い浮かばないのだった。

そんな時だった、扉があいてジュールが帰ってきたのは。

「一足早く帰られたと聞いたので、早めに切り上げてきたよ。ただいま、トト」

部屋もまわりも人払いをしてあるせいで、ジュールもリラックスして話している。
ところがトトは…

「キィーーーー!!今、忙しいんだよ!」
と怒鳴り散らした。
「どうしたの?」
ジュールはキョトンとして、机に向かうトトを見つめている。

「ちっとも思いつかないの!もう時間もないのにっ!!」

そう言ってから、3時間…
トトは机の前から動かなかった。

「もう寝る!」
と言って、ベッドに入ってきたのは午前1時半過ぎ。

「無理しているといい考えは浮かばないよ」
ジュールのアドバイスも聞かずに、トトは一人でブツブツ言いながら布団の奥に潜っていた。
「UFOにでも攫われたいよ!ネタのために…」
その後も、よく寝付けなかったようで、何度も寝返りをうっていた。

「…トト 」

ジュールは、ようやく眠りについて動かなくなったトトを抱きかかえる。
そういえば、昨日もこうだった。
トトは「ありえないくらい恐ろしい世界史」という本を夜通し読みふけっていて、まったく相手にしてくれなかった。

もしかして…

ジュールの頭の中を暗い考えが駆け巡る。

私に飽きたのか…?
これがいわゆるマンネリ化…?

眠るトトの旋毛をつんつんしてみるが、不安は消えない。

・・・・・・・・・・・・・

次の日。
ジュールはバストール国の飲み屋街にいた。

目の前に下がる看板には「本格パスタの店」とある。
カルパッチョ・マンシーニの店。
ジュールは思い悩むことがあると、ここに来るのが常だった。
誰にも頼りたくないのに、どういうわけか、いつもここに戻ってきてしまう。
ジュールは渋い顔をして、店のドアを開けた。

「おや、どうしたんだい?こんな昼間から」
出迎えたのは、店主の妻ビアンカ。
「呑みに来たにきまっているだろう」
こちらが何か言う前に、店の奥から店主カルパッチョの声がした。
また、店主は昼間から呑んでいるらしい。

「ますます極悪になったな、子供のくせに」
「そんな事はない…それに私はもう大人だから」
ジュールはカルパッチョの隣に腰掛けた。
「なーに言ってんだよ。おまえは子供だよ、子供!」

「ジンをストレートで」
「いきなりかい?」
ビアンカが心配そうな顔で覗き込んできた。
「ええ…」
今日はやけ呑みする予定だ。

やがて、ジンがグラスに注がれると、ジュールは一気にそれを飲み干した。

「どうした、恋人と何かあったのか」
「なんでもない…」
「なんでもないもんか、ジンを一気飲みする時はなぁ」
「…だって、あの人はいつだって、私のことを一番かっこいいって言ってくれてるんだ。だから…」

一言一句つむぐほどに凹んでいく。
こんなに自分自身の言葉に打ちのめされるとは思わなかった。

「まぁ、好きなだけ呑め!」

・・・・・・・・・・・・

「あんた、なんでこんなに呑ませるんだい!」
「ん、いい…ん、いいんだよ、おかあさん…」
ビアンカの肩に手を置いて、ジュールは呂律が回らなくなった舌で答えた。
「男に~ゃ~呑みたい時もあるんだ!」
赤い顔をしたカルパッチョの舌ももつれている。

「ごめん…」
そう呟いたと同時に、ジュールは酒のボトルに身を埋めた。

「大丈夫?…あんた…」

ビアンカの声が遠く聞こえた。

無視しないでよ兄上…こっちむいてよ、トト…。
私のことが嫌いになったんじゃない…よね…?
嫌いになったんじゃないよね…?

・・・・・・・・・・・・・・・

「…ん」
「ジュール」
「ここはどこ?」
「家の方だよ」
ビアンカが言った。
この店の裏側は住居になっているので、そちらのほうへ運ばれたということだろう。

「今、何時?」
「夜中の2時半。…ごめんねぇ、うちの人が調子に乗るから。あんた起こしても起きないし…。あんまり気にしないことさ。あんたほどの男を振る奴なんているもんか」
ビアンカがウインクをする。
「心配かけてごめん。そうだよね」
カラ元気を出して、そう言ってみたものの心は晴れなかった。

「あと2・3日ここに置いてもらえるかな?ちゃんと働くからさ」
「まぁ、そりゃいいけど…」

ジュールの脳裏に、昨日カルパッチョに言われた言葉がよみがえった。

”少し距離置いてみろ!相手を振り向かせるんだよ!”

兄上…来てくれるだろうか…?

・・・・・・・・・・・・・・・

時間は少し戻り、同じ日の夜。

いつまでたっても帰ってこないジュールに気づいたトトは、ジュール付きの女官にその所在を尋ねた。

「いえ、アルキュード公は、昼頃からどこかにおでかけになるとおっしゃったきり…」
「そう…」

ジュールは一人でどこかに行くことはあるが、外泊までしてきたことはなかった。
仕事だったら、必ず何か連絡がある。

ーきっと、私を驚かせる何かを買ってくるつもりなんだー

トトは不安を打ち消すように考えを改めた。

昔だって、バレンタインのチョコを買いにいって驚かせてくれたことがあるもの。
ジュールは珍しいものとか限定品が好きな人なので、どこかからまた情報を仕入れたのかもしれない。
それに彼がいない夜こそ、心置きなく小説が書けるじゃないか。

トトは、ジュールに教わったように物事をよく考えようとした。

それが当人にとって皮肉な結果になっているとも知らず…。

・・・・・・・・・・・・・・・

「来ない…」

夜が明けて朝になり…外に出てみても、一向にトトの姿どころか、イルミーネ国王が弟を探しているという話すら聞こえてこなかった。

「まぁ、いいか」

足元見ると、ひび割れたレンガが見える。
ジュールは、初めてこの街に来た時のことを思い出していた。
兄のトトに、王位を継ぐ遺志のないことを話して、国王暗殺の陰謀を人に伝えて…
自らは住む場所も身分も捨てて、この街に流れてきた。
その時、この見知らぬ子供を雇ってくれたのがカルパッチョであり、あの店は一時期でも本当に我が家だった。

あの時も誰も探しに来なかった。
今みたいにひび割れたレンガを見て、途方にくれていたのだ。
あれから10年。
いろんなことがあって、昔は予想もしなかったのだが、トトとこういう風な関係になって…。

「まぁ、いいさ」

ジュールは一人呟き、店に戻っていった。

「夜の仕込みを手伝うよ」


「陛下。アルキュード公からの知らせが参りました」
「…」

結局、昨日は小説を書けなかったし、寝付けなかった。
いつも隣にある温もりがない。
それがどんなに虚しいことかがよくわかった。
いつも、当たり前のようにそばにいるのに。

「アルキュード公はバストール国におられるそうで、2・3日戻られないと手紙が」
「どうして?」

トトは聞くが、係は首をかしげたままだ。

「理由は記載されておりませんで…」
「そう…」

途端に、胸に秘めていた不安が一気に噴き出した。

ジュージュ、どうして?どうしてなの?
もしかして、ここのところ、あまり話していないから怒ってしまったのかもしれない。
でも、昨日の夜だって何も言わなかったのに。

いてもたってもいられない気持ちを抑えて、机のまわりをいったりきたりしてみる。
本当は、今すぐバストール国に飛んでいって探したい。
でも、それでは、彼を疑っているみたいだ。
独占欲が強い人のようだ。
ちゃんと頼りが来ているというのに。

もっと冷静にならないと。
ジュールがいつもそうしているみたいに。

何かが起こるたびに、ジュールが教えてくれたことを思い出して元気になろうとする。
こんなに深い存在として、自分の中に彼は住んでいるのだ。

私は、いつもこうして一緒にいてくれる存在に対して、何かをしてあげられているだろうか。
そういえば、ここのところ何もしていない。
昨日だって、ジュールを無視するような発言をして…。
今からでも謝れば許してくれるだろうか?

独りよがりの考えかもしれないけど。

「バストール国へ行く!」

トトは馬車を用意させた。

・・・・・・・・・・・・・

「あれ、これ?」

カウンターに小さな鍵が置いてある。

「忘れ物?」
「うん~女性のものみたいだ」

布巾を置いて、ジュールはそのガラス玉で飾られた美しい鍵を手に取った。

「家の鍵じゃない。机とか箱とか…」
「そういえば、昨日アンナ姐さんがいい宝石箱買ったって、自慢してたよ」
「じゃあ、その鍵だね。きっと」
「ちょうどいい、キャベツが足りなくてさ。買ってきてよ。ついでにそれを姐さんに届けてくれないかい」
「わかった」

ジュールは店を出た。

「さぁて、おつかい、おつかい…」

・・・・・・・・・・・・・・

その頃、トトはバストール国の王宮、白亜の城にいた。

「サン!ジュージュを見なかった?」

挨拶もそこそこに、トトはサングに尋ねた。

「いや、見てねぇけど。どしたのあいつ?」

ものすごくどうでもよさそうな顔でサングは答える。

ジュールとサング。

二人は従兄弟同士だが、犬猿の仲なのだ。

「2・3日バストールに行くって言ったっきりなんだよ…」
「言ったんなら、ほっておけばいいじゃないか」

サングは、あいかわらず物事を簡潔に考える人である。

「私が怒らせるような事をしたかもしれないんだ。…私には直接言っていかなかったわけだし」
「じゃあ、帰ってきたら謝ればいいだろ」
「それじゃ、遅いかもしれないんだよ!」
「へぇ~」

結局、サングはブツブツ言いながらも、ジュール捜索に手を貸すことになった。

「オレは、あいつのことなんかどうでもいいんだけどさ。きみがそういうなら付き合ってやるよ」
「ごめん、ありがとう」

行き先に予想は付いているが、もし、そこにいなかったら途方にくれるしかないだろう。
手分けできる分、一人より二人のほうが探しやすい。

・・・・・・・・・・・・・・

キャベツを2個買ってからジュールが向かったのは、風俗店が立ち並ぶ裏通りだった。

「ええと、アンナさんの店はどこだっけ?」

聞いた場所をたどって歩くと「水仙」という店を見つけた。

「ああ、ここ」

おそらく、今の時間でも彼女は店にいるだろう。
ここは彼女の店舗兼住居でもあるのだ。
ドアを開けると、どぎついレッドの壁紙が目に入った。
カーテンも同じ色。
まぁ、こういう店はどこも似たり寄ったりだろう。

「アンナねえさん、いる?」
「だあれ?まだ、誰も来ちゃいないよ…って、ああ、あんたか」

カーテンの奥から、細身の女性が一人出てきた。
昼間の顔を見ると一瞬誰だかわからなかったが、明るい紫のサテンのガウンが彼女らしくて、本人だと確認できた。
彼女は、ジュールが昔カルパッチョの店で働いていた頃からの常連だった。

「忘れ物!届けるように言われたんでね」
「あ!それ!それがないと、私は今日、店に立てないんだ。ありがとう~ねぇ~」

アンナは鍵を受け取ると、そこに置いてある宝石箱をかけた。

「ほら、これ見てよ!この前、もらったネックレス。大切にしまっておいたんだ。これを今日つけるって言っていたものだから」
「じゃあ、グッドタイミングだね。よかった」
「今度、店に来てくれたらサービスするよ!あんたって誘ってもなかなか来てくれないじゃない。若いんだから、もっと遊ばないと」
「え?ああ、適当に遊んでいるよ。バレないようにだけど…」
ジュールは、そう言って笑った。
「聞くだけ野暮ってこと?あんたもなかなかやるね!」

二人が店の中で笑いあっていた時、外では…

「おい!トト、大丈夫か!?」
「…」
二人は偶然ジュールの後ろ姿を見つけて、つけてきたのだった。
彼が入っていったのは「水仙」というクラブ。
隣には「女の館」という裸の女のポスターが無数に張ってある風俗店。


サングの声が聞こえない。

「もう帰ろう。あいつはオレが絞めてやる。だから…一人で歩けるか?」
「…う」

返事の声も出なかった。
ジュールがまさか…そういう店に出入りしているとは思ってもみなかった。
しかも、結構慣れた感じだった。
何度も…通っているということは、やはり目当ての女性がいるのだろう。
ジュールは同性愛者だとばかり思っていたが…。
女性もいけるのかもしれない。
それなら、普通まっとうな方を選ぶだろう。
だから、私を捨てたんだ。
トトの中で最も考えたくない結論が出てしまった。

・・・・・・・・・・・・・・

その夜。

アルキュード公がバストール王宮に現れた。

…というよりは、無理やり力づくで連れてこられた。

赤く腫れた片頬も痛々しいジュールはサングに腕を掴まれて、トトの前に引き出された。

「ジュージュ!」
「兄上?!どうしてここに?」
「どうして…って」

トトは黙った。
謝ろうと思ってここまで来て、まさか、あんな光景を目にしようとは。

「そういうわけでオレはもう行くからな。後は好きにしろ。…物だけは壊すなよ。特にトト!」
ビシッと言い残して、サングは部屋から出て行ってしまった。

「っ…」
先ほど殴られた痕が痛い。
店の裏で料理に使うりんごの選別をしていたら、突然現れたサングに殴り飛ばされて、無理やり引きずってこられた。カルパッチョもビアンカも今頃驚いているだろう。

「大丈夫?」
トトが頬に手を当てて、悲しそうな瞳でこちらを見ていた。

「うん…でも、どうしてあなたがここに?」
「私…ジュールに謝ろうと…でも、もういいんだ」
トトは首を振って、言った。
「ジュージュ…好きな人がいるんだね…」
「?は、?」

トトが涙ぐんでいる。
どうしてだろう?

「どこの女性かは知らないけど、幸せになってよ…」
「なにがどうして、そういう話になるんですか?」
「だって、ジュージュ、女性のいるお店に入っていったじゃない。もう、ずっとあそこに通っているんでしょう?!」
「どこのこと?」
「私、今日、ジュージュに謝ろうと思って探しに来たんだ。またカルさんのお店かと思って。そしたらジュージュが…知らないところに入っていくのが見えてしまったんだよ!見たくなかったよ、できればっ!」
「あ、あれはアンナねえさんの店です。私は忘れ物を届けに…」

トトの瞳がまっすぐに睨みつけてくる。
…半端な言い訳では逃れられそうにない。
ジュールは覚悟した。

それから20分後。

「だから何度言ったらわかるんだよ!私は嘘なんか言っていない!」
「じゃあ、どうして何も言わないでどこかに行く必要があるんだよ!」

二人は息切れするほどに怒鳴りあっていた。

「これじゃきりがない。兄上、ちょっと付き合ってもらいますよ!」
「いやだ、何するんだよ!」

嫌がるトトを無理やり引きずって、ジュールはバストール王宮を出た。

・・・・・・・・・・・・・・

「あの子、どこにいっちゃったのかねぇ」

店では、ビアンカがため息をついていた。

「大方、連れ戻されたんだろうよ」

カルパッチョがそういった時、開店前の扉を激しく叩く音が。

「今度はなんだぁ~?」

扉をあけると、ジュールとトトの二人がおしくら饅頭をする姿勢で転がり込んできた。

「なんだ?!」

二人とも目が赤く腫れている。
泣きながら猛烈に討論した後のようだった。

「おやおや、どうしたの?」
「お母さん!私がここにいたって言ってくださいよ!ねえさんのところに忘れ物を届けにいったって!」
「痛い!もう離してよ!」
「離しますよ!離せばいいんでしょう!」

ビアンカがトトを抱きとめた。

「まぁ、どうしたの?話してごらん」
「私…ジュージュに謝ろうと思って…そしたら、ジュージュが…ジュージュがぁ…」

声が途切れ、かわりに大粒の涙が零れ落ちた。

「ああ、しっかりおしよ。さぁさぁ…」

ビアンカが手にしたタオルでトトの頬を拭いた。

「あんたも、そんなところに立ってないでこっちにおいで!そんな顔で斜めに気取ってたってね、何もかっこよくないよ!」
「そんな事ない!」

ビアンカはトトの頬をぬぐったタオルで、ジュールの顔もごしごしと擦った。

「さぁ、話してごらん。なにがあったの二人とも」
「ジュージュが」
「トトが」

また言い合いになりそうな二人を一度椅子に座らせて、ビアンカは順番に聞くことにした。

「じゃあ、まずはトトから」
「…うん」
トトは涙を零しながら、ジュールが何も言わずに出て行ってしまった事、謝ろうとしていた事、ジュールが知らない店に入っていった事などを話した。

「だから、それはっ!!」
口出ししようとするジュールを止めて、ビアンカは話し始めた。
「それはね、私が頼んだんだよ。アンナねえさんっていうのは、この店の昔からの常連でね。あの通りでクラブをやってんの。昨日の夜、忘れ物をしたから、私がジュールに頼んだんだよ」
「それは本当!」
カルパッチョが横から口を挟んだ。

「そのことに関しては疑わないでやっとくれ」
「うん」
トトは気まずそうにジュールを見た。

「さぁ、次はジュールの番だよ」

「私は…いい。もうわかったでしょう」
「なーに言ってんだ。あの日の夜、泣きながらジン一気飲みした代金もらってないのにさ!」
「店長!」
ジュールがじたばたしている。

「泣きながら一気飲み?」
「おまえが話さないのなら、オラァが話してやってもいいんだぞ」
「いいですよ!話しますから!」

口の中でぶつくさ言いながら、ジュールは話をした。
ここのところトトが口をきかない事、酒を飲みすぎて帰れなくなった事、サングに殴られるまで…。

「単なる痴話喧嘩じゃないか、ケッ!」
カルパッチョが悪態をついた。
「まったく…」
ビアンカが苦笑している。

「あんたたち、仲がいいんだねぇ」
「「そんなことっ!!」」

二人で声がダブったのが恥ずかしくて、顔をそらした。

「惚気話を聞いているみたいさ、ねぇあんた」
「ああ、やってられねぇ~酒もってこい、酒~!」
「はいはい…」

ビアンカは二人の前にも酒を置いた。

「まぁ、少しはほろ酔い気分で話せば?」
「そういう気分では…」
「…」
「二人とも、付き合い始めた時を思い出してごらん。こんな喧嘩できたかい?」
「…無理」
「あの頃は、いいたい事いえなかったし…」

思い返してみれば、あの頃は嫌われるのが怖くて、めったな発言をできなかった。

「それがなに?今になったら、こんなに言いたい事言い合えるようになったじゃないの。前に進んでいるって証拠でしょう。それに…」

ビアンカは二人の顔を見比べた。

「トトはジュールが浮気したと思ったんでしょう?」
「…うん」
「ジュールはトトが口をきいてくれなくなって、嫌われたのかと思ったんだ?」
「…うん」
「二人がお互いを好きでなくちゃできない喧嘩だよ」
「「あ・・・・」」

また声が重なって、気まずくなり、赤くなった顔をそらした。

「あたしらには惚気話を聞かされているようさ、ねぇあんた」
「だから、やってられないっての!」

ビアンカとカルパッチョの声にますます顔を赤くする二人。

「今日は二人とも少しばかり呑んで、一緒に帰りな」
「う…うん」

3杯ほどごちそうになるうちに、トトの頬が別の意味で赤くなってきた。
トトはアルコールに強いほうではない。

「ジュージュのばかぁ~」
なんて呟いている。

「私よりもあなたのほうが。私は何もしていないのに…」
「だって~~」
「兄さん!」
カルパッチョが口を挟んだ。
「兄さんも付き合っている相手のことくらい知っているだろう?こいつは2、3日口をきいてもらえないだけで家出するような甘ったれなんだ。そこんとこよろしく頼むよ!」
「からかわれているんだか、貶されているんだが、わからないのですが…」
「はい、気をつけます。これからはちゃんとジュージュのこと考えるよ」
「…あなたまで」

トトの返事にジュールが頭を抱えたのを見て、ビアンカが笑った。

「また何かあったらおいで。といっても出せるものは限られているけどね」
「酒と食い物しかないけどな~」

二人はお礼を言って、イルミーネへの帰路についた。

馬車の中でトトは眠ってしまったようだ。
ジュールはトトの頬に残る涙の跡をそっと拭いて、呟いた。

「ごめんね」

・・・・・・・・・・・・・・

目を開けると、ジュールの寝顔がまじかに見えた。
ここは間違いなくイルミーネ国の自分のベッドの上だ。

「私…?」

何をしたのかを思い出してみる。
たしか、カルさんのお店に行って、お酒をいただいて…。
それから…よく覚えていない。

知らないうちに眠ってしまったようだ。

パジャマも、ジュールが着させてくれたのだろう。
ジュール自身は薄着を一枚羽織って寝ている。
ここのところ、少し暑いせいだろうか。
しかし、夜の空気はまだまだ肌寒かった。

布団をジュールの首元までかけてやり、トトはそっと呟いた。

「ごめんね」


次の日。
カルパッチョの店に、ジュールが一人で来店した。

「で、どうなったんだ?」
「…」

カルパッチョの質問に、ジュールはうつむき加減の意味ありげな微笑で答えた。

「あーあ、いやだね!人間歳をとると、あからさまにエロくなる!」
「人聞きが悪いなぁ!幸せを隠し切れないだけなのに~」
「やってられねー!もう勝手にしろ!」

カルパッチョはジュールを残し、店の奥に消えた。
たぶん、ビアンカに報告しに行ったのだろう。

ひさしぶりに飲む「アイスブルー」のカクテルがどういうわけか熱く沁みた。
昨晩、押し付けられた唇に、頬に、首筋に。

どことなく照れくさかった。

END

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