-チャイ-

イルミーネ国の物語

今日はとっても寒い。
ブルッと震えてトトは窓を見た。
凍り付いている。

「寒いわけだよ…」

一人心地呟いて…トトは厨房に向かった。
ここには様々な種類のスパイスがある。
ちょうどウバ茶を買っていたので、チャイを作る事にしたのだ。

「寒い時には身体を中から暖めないとね!」
どこかで入れた知識をもとに、トトは茶葉にスパイスを振り掛けた。

「生姜を入れるといいんだよね…あとはシナモンと…」
スパイスの瓶を開けて香りを嗅ぎながら「これも入れてみよう!」と適当にティーポットに入れる。

「お湯を入れて、ミルクを温めて…砂糖を入れて」
別鍋で温めたミルクに漉した茶を流し込み、再びポットに戻した。
作り方は全て自己流。
出来上がったチャイらしきものを目の前にして、トトは満足げに微笑んだ。
「お茶で暖をとるなんておしゃれだね!」
ルンルンとティーセットを自室に運ぶと、ゆったりとソファに座り、カップに注ぐ。
甘くスパイシーな香りがふんわりと漂った。

「うふうふ…」
トトは嬉しそうにカップに口をつけた。

「…」

それははっきり言ってしまえば、チャイみたいな“何か”…。
今さらながら、トトは生姜を入れすぎた事に気付いた。
が、しかし。あきらかにそれだけではなかった。
ウバ茶の味も香りも消え、得体のしれない怪しい味がする。

トトはこれを捨てようと思った。

その時、
扉があいて、部屋に背の高い人が入ってきた。
慣れた様子でトトの前の椅子に腰掛けた王弟ジュールは、また慣れた様子で“それ”をカップに注いだ。
ジュールがこうしてやってきて、紅茶を飲むのは珍しくない。

「ミルクティーか…」
ふっと微笑んで、彼はカップを口元に近付いた。
トトはその様子をただならぬ表情で見守っている。
この後の事態を想像して、恐ろしさのあまり膝掛けで顔を半分覆い隠した。

ただでさえ、ぼんやりとして落ち着いた顔のトトは、ドキドキしている時も平常心を保っていると誤解されやすかった。
今まさに、滝のような冷や汗がどっと沸いてきそうであったが、見た目には出ていない。

それもあってか、ジュールは何も気付いていないようだった。
しかし液体を飲む前に「う!」と顔をしかめた。
彼の敏感な嗅覚が刺激的な香りを感じ取った。

ふと…ジュールは黙ったままのトトを、その冷たいアイスブルーの瞳で捕らえた。
眉をしかめたまま…。

トトはさりげなく下を向き、何かを探すように上目づかいで瞳をキョロキョロと動かす。
トトの中で
「実は本場のチャイはこういうものなんだよ」とか
「薬膳を第一に考えてみたんだ」とか
真実ではない言い訳が右往左往。

ジュールはまたカップに視線を戻すと、今度は一口含んだ。

恐ろしいまでの静寂…。

「ん?」ジュールは首をかしげ、カップそのものを目の高さにまであげた。
彼が何か疑問を持った時によく見せる動作だ。
さらに顎に指を当てて「ん~?」とうなった。

トトは黙っている。
そしてわざとらしいあくびを一つ。
「私は今眠いんだよ。何を聞いても無断だよ」そういう態度である。

片眉をあげて、疑問そのものの表情でしばらく動作を止めるジュール。

カチカチ…

時計の針の音が容赦なく流れる時を刻んでいる。

トトは膝掛けを上げて布の中にすっぽりとくるまった。
ソファに座ったまま寝ようとしているようだ。
完全に外界を遮断したトトの耳に「兄上」という声がしたが、知らないふりをした。
すると、聞こえないと思ったのか、ジュールは、再度「兄上」と呼び掛けた。
ジュールはトトより身体が大きい。喉も太かったので、その声はよく響いた。

トトはこの声の前では、まるで風に揺らされるタンポポ…。

そっと膝掛けから眠そうな目だけを出して、他人事のように「なぁに?」と聞いた。
ジュールはこちらを向いていた。
先程とは違い、しかめ顔でもなく、表情が読み取れない。

トトの視線が泳いでいる。

トトにとって、お茶をうまく入れるというのは、おしゃれの極みだった。
その上、弟ジュールは美食家で不味いものは「不味い」と容赦なく言う方だった。
だが、トトはそんな弟を愛し慈しんでいたので、これから起きる事を想像するとショックが大きすぎた。
ジュールはそんなトトの心境を知らないようで、無表情のまま口を開く。

「兄上、これは…」

トトの緊張はもう限界に達しそうだった。
意味もなく首をカクカク振り始めたトトを心配そうな瞳で見つめながら、ジュールは聞いた。

「この飲み物は何ですか?」
「ん…むにゃり」

トトは眠そうな声のまま瞳をカッと見開いて…。

「チャイ…かもしれないんだよ…っ!」
「なるほどの、これがチャイか」

ジュールは落ち着いた声で言った。

「私は今までチャイを飲んだ事がなかったのです」
悔しそうだ。
「だから、これが何だかわからなくて…私の知識の中にこのような飲み物はない。
一瞬、風邪薬に似ていると思ったが、ミルクティーのようでもある…これがチャイですか。
兄上に教えていただく前に、答えようと知識をフル回転させたけど…」

ジュールは唇を噛み締めた。
本当に悔しかったのだろう。

トトは膝掛けから抜け出て、「それ…それ!それ!」とジタバタし始めた。

「?」
「それはチャイだと思って作ったんだよ!」
「すみません…」
きっとチャイを知らなかった事がトトの気に触ったに違いない。
この人には珍しく俯き加減になった。
トトは予想外の事態に首をかしげながら、チャイみたいなものを捨てようとした。
ジュールは不思議そうに見つめ「そんなに傷付けるつもりはなかった…」とトトの手を止める。
「こんなものは飲めないよ!」とトト。
その態度を驚きの表情で見守るジュール。

お互いに何か誤解が生じているらしいと気付いたのはそれからしばらくたってから。

「食べ物で遊んではいけないとあれほど言ったのに」
お説教をしながらもジュールは笑っている。
トトも恥かしそうに俯き、笑いを堪えているようだ。

その後、二人は本物のチャイを飲みに行った。

「うん、美味しい!ジュージュはどう?」
念願のチャイにありつけてトトは満足そうだ。
「兄上のものより刺激が足りないような気がしますが…」
ジュールは笑いながら答えた。

それからしばらくして、

イルミーネ新聞に何者かが投稿した「ロイヤル風邪薬レシピ」は予想以上の流行りを見せて、イルミーネ国の名物になったそうだ。

END

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