その日。
アルキュード公ジュールは、いつもように国王の私室を目指していた。
今日は、天気がいい。
トトと、どこかに散歩に行くのもいいだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、国王の部屋からトト本人の悲鳴が聞こえた。
「う、うわーーー!!」
「兄上!どうしたのですか!?」
ジュールが扉を開けると、暖炉の前でトトが何かを持っているのが見えた。
…この初夏に暖炉に火?…
一瞬いぶかしんだジュールだったが、すぐに動いた。
トトは、小枝を持っていた。
先端には炎!
今にもトトの手を飲み込もうとしている。
「トト!」
「た、た、助けてーー!!」
慌てふためいているトトは、すっかり硬直し、枝を手から離せなくなっているのだ。
ジュールは、すばやくトトの手から小枝を奪い、2・3回ブンブンと大きく振った。
炎は消え、ジュールは一息ついた。
「何だ、これは?」
小枝の先には、消し炭のように真っ黒に炭化した何かが刺さっている。
「これが燃えていたのか」
トトが落ち着かない様子で、視線を泳がせているのを見て、ジュールは、
「何をしていたんですか?」
と聞くと、トトは「マシュマロを…」と答えた。
確かに、よく見ると刺さっているものはマシュマロだった。
ただし、真っ黒だったが。
「マシュマロを焼こうとしていた…んですか」
信じられないと言った様子で、ジュールは困ったように眉と口元を下げた。
呆れていいのか、哀れんでいいのか、わからないといった表情で。
「だって、サンが焼いたマシュマロは美味しいっていうから…」
「場所とやり方が違うでしょう。どうして部屋でキャンプファイヤーをやっているのか」
「…う、うう。できると思ったんだもん」
「まず、こんなに小さい暖炉じゃだめだ。キャンプファイヤーのような大きな炎で炙るように、こう…」
すっかり鎮火した小枝を使って、ジュールが身振り手振りで説明をし始めた。
「それに、もっと長い枝じゃないと。これじゃ手が燃えてしまうよ」
「ふむふむ…それにしても、ジュージュはマシュマロの焼き方まで詳しいんだねぇ」
トトは改めて、この弟を誇らしく思った。
「…ともかく、もうこんな真似はしないように!」
ビシッと言った後で、ジュールは「どこかにお出かけしませんか?」と聞いた。
「そうだねぇ」
トトは”ふーむ”と考えた後、「近くをお散歩…」と答えた。
二人は、イルミーネ国に昔からある公園に出かけた。
あまり綺麗とは言えない庭園には、2,3人の老人の姿がちらほら見えるだけだ。
「本当にここでよかったの?」
ジュールは首をかしげながら、優しくトトに問いかけた。
「…うん」
トトは小さく頷いたが、すぐに早足で違う方向を目指し始めた。
「く、臭い!!」
ジュールもすぐにそちらに向かって走り出す。
「あ~どうなることかと!」
「風下ですからね!」
この公園にはヤギが放し飼いになっているのだが、いわゆる落し物が一箇所に集められていたのだ。風は、強烈な匂いを風下に伝えていた。
「ぷ、」
「ぷぷぷ…」
どちらともなく、笑いがこぼれた。
「身近なところでずいぶんスリルな体験をしました」
「スリルというか、リアルだね!」
その後、トトは屋台でコロッケを買い、ジュールはパンをひとつ買って食べた。
「遠くに行かなくてよかったの?」
「…うん」
トトは、また小さく頷いた。
「もう忘れるために一生懸命になる必要がなくったの」
「じゃあ、心から楽しまないとね」
「それは、まだ努力中なの」
「そう…」
すると、トトはコクンとして、目を閉じた。
それは、1ヶ月前の事。
トトが、深夜まで毎日仕事をしているのは知ってた。
「もう御身体を壊しますから」
ジュールが注意をしても、やめるつもりはないらしい。
実は、少し前にトトはとても辛い目にあった。
国王であるトトは新しいプロジェクトで吊るし上げにあい、文字通り孤立無援の中、倒れるまで仕事を続けていたのだ。
さすがにジュールも、プロジェクトチームを新しく再生すべきだとの意見を述べた。
それほどに、その時のトトは危うかったのだ。
新しいプロジェクトはうまく進んでいるらしいのだが、ジュールは直接関わっているわけではないので、実際がどうなのか把握しきれずにいた。
トトが何事にも一生懸命やる人だとは知っていたが、今回もあの時のように倒れるまで無理をするのでは…とジュールは案じていた。
ところが、数日後。
興奮した様子のトトが自室に走りこんできた。
「私はやったよ!!」
ソファで本を読んでいたジュールの目の前に、一枚の紙切れを広げて見せる。
「?」
「これが決定したんだよ!」
それは新しいプロジェクトの内容だった。
「通ったんですか?」
「そうじゃない!皆で決めたんだ!」
今までのイルミーネのやり方とは違うやり方を試みたのだという。
イルミーネでは、「誰かが提出した」の意見に賛成か反対かだけで物事を決めていた。
しかも、多数決でもなく強い味方(権力者)を得たほうの意見が通る。
もちろん国王にも決定権はあるが、いかに国王といえども、有力貴族が何人も集まったような状況を覆すのは難しい。前国王マクシミリアンもこれには大変苦しめられていた。
今回、トトはやり方を一新した。
新しいプロジェクトチームの全員に意見を求めた。
そして、賛成、反対という意見ではなく、自らの考えを言ってもらいたいと訴えた。
「この紙には、最終的にここにいる全員の名で署名が成される」
国王は、言った。
その日から、会議室では白熱した議論が交わされるようになり…。
権力者だけが、最後にOKサインだけを出すような陰気な会議の姿はそこにはなかった。
「こことここは私が決めたんだ」
トトが指差したところは、カラフルな色の縁取り。
「もちろん、内容も…私の意見が入っているところもあるんだけど、皆が決めたものだから、 紙のデザインも美しいほうがいいよね!」
「これはいい」
ジュールも思わず目を見張り、にっと笑った。
「決定書類は堅苦しくて陰気な感じが多いでしょ。これなら、誰もが自分の名がここに載っていると自慢したくなるよ」
実際、この決定書はイルミーネ宮廷で評判となった。
そして、トトが言ったようにここに署名がある者の何人かの自慢話をジュールは聞く事となった。
しかし、思わぬ効果はこれに留まらなかった。
国王の新しいプロジェクトチームに入りたいという者が続出したのだ。
そして、イルミーネ宮廷の雰囲気が変わり始めた。
誰でも意見が言える。自分たちの手で変えていける。権力者に媚び諂わなくても…。
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二人はベンチに座って、花壇を見つめていた。
「今回の成功は、あなたが行った事だ。もっと誇ってもいいのでは?」
ジュールの言葉にトトは首を振る。
「私だって、すごく嬉しいんだよ。怖くなるくらい嬉しいんだけど、今回の件に関しては、私だけではどうにもならなかった。チームの一人ひとりが素晴らしかったんだ。恐れずに皆が意見をいえたのは、やわらかくまとめてくれる人がいたからだ。そして、こんなに白熱した会議が行えたのは、正直にものを言ってくれる人がいたからだ。
私が言ったのは”こうしたい”という言葉だけ…それだけだから」
そう言ってトトは、恥ずかしそうに肩をすぼめた。
「正直…少し前まで心配だった」
ジュールはトトにオレンジジュースを差し出す。
「それも、あんなに傷ついて倒れた後、すぐに立ち上がって新しいことをはじめようとするなんて、無謀…というか、無理だと思っていた。また倒れるのではと…」
「…」
トトはジュールを受け取り、一口飲んだ後、話し始めた。
「昔、知ったんだ。いや、生きてくる途中で知ったのかもしれない…一度、深い傷を受けて逃げ出したり、倒れたりした後は、同じ戦いに挑戦しなければ傷口が塞がる事はないのだと…。
忘れようとしても癒されない。戦わなければ癒されることはない」
「まるで武人の言葉のようだ」
トトは剣術をはじめとして、武術が好きだった。
どういうわけか、ジュールはため息をついた。
「私にはこういう言い方しかできないんだ。そういう意味で私は馬鹿だから…」
トトは、まるで自分が武術バカといわれたような顔をしたので、ジュールはそっと肩に手を置いた。
「心配なんだ」
風向きが変わった。
そして、またあの匂いが…。
「ちょ、ちょっと逃げようか」
「とんでもないよ、もう~!!」
二人は、大急ぎで違う方向に走り出す。
「しかし、ここがこんな場所だって知ってましたか?」
「ううん。近い場所なのに知らないことが多いね」
思いがけず、こういう事もあるものだ。
「これからは、近いけど、謎の場所を研究しようかな?」
「”謎の場所”なんて、そんなにないと思いますが」
「未知なる場所…といってもいい」
「未知なる場所って、それこそオカルトの世界みたいだなぁ」
ジュールはへの字に口を曲げる。反オカルト派なのだ。
「では、手始めにあの薬局に行こう。爪切りをなくしてしまったんだ。変なものが見つかるかもしれないし、謎のコーナーもあるかもしれない」
「う、う~ん??」
ジュールは首をかしげながら、先にトコトコ歩いていってしまったトトの背中を見つめた。
「楽しむことを努力中か…」
そちらに関しては心配する必要はなさそうだ。
それにしても、もう部屋でマシュマロを焼くような危険な真似をさせないようにしなければ。
アルキュード公主催のキャンプを実行に移す日も近いだろう。
今までの知り合いと、新しい人々を加えて。
「私も薬局で虫除けの薬を買おう」
「なんで?」
トトが振り返る。
「まだ秘密です!お楽しみっていうことで」
先ほどとは変わって、爽やかな香りの風が二人を包んでいた。
END

