「国王陛下、例の書類をどうなされたのですか?!」
「は、は??何の書類?」
セバスチャンが顔を引き攣らせながら、迫ってきた。
「まさか、捨てたなどと言われませんよな!」
「何の書類?」
「ソワール卿から届いた書類です」
「ああ・・あれ、さっきまでここに・・・・」
セバスチャンが取り付けるまでに苦労したと語っていた書類の一つだ。
それは憶えていた…が
「ご、ごめん探すよ」
「陛下…」
セバスチャンの視線が痛い。
たしか、熱血猛烈な新しい書記官の話を聞いているうちに、どこかに…。
その書記官ときたら、仕事に熱心なのはいいのだが、どうにも協調性適応性に欠けるところがあり
自分の意見と経験を語ることによって、すべてがうまくいくと思っているタイプで…。
いやいや、それは私が勝手に思った事で…。
実のところ気圧され雰囲気に飲み込まれ、一言も出せなかった自分に対する苛立ちが、頂点に達して
しまったわけで。
つまり「おいおい、君のやりたい事が私にはまったくわからないのだが、説明をくれないか」
と言う出す事が気恥ずかしいような状況。
-まさか、国王陛下がそれを知らないわけないですよね-
そう思われたくない。負けん気が変なところで顔を覗かせる。
そんな私の状況を知ってか知らないでか、めいめいの意見を勝手に述べだす臣下達。
-この場に、私必要じゃないんじゃないの-
どうにもそう感じてしまうと、ネガティブ感情は止まってくれない。
私、生まれた時から運悪かったなぁ。
いやいや、これでも苦労してるんですよ。
実は見た目よりずっと恐ろしい人間なのだからっ!
こんな私でも本気を出せばっ!
だから何になるというんだ…。
ガクン…。
頭が余裕をなくしている。
落ち着け、落ち着け。
そう言っても、このイラつきはなんだ!
誰かが何か言っている。シカトしよう。
…何やっているんだ、私。
誰も傷つけたくないのに。
亡くなった父上の遺した言葉に「大きな器を持っていたら…」
と言う言葉がある。
「持ちなさい」という言葉じゃないのが父上らしい。
父上も大きな器を持ちたかったのだろうか。
意味がどうあれ、私が大きな器を持てる日は遠い。
イラつき収まらぬままに休憩が入り…。
そこで、私はビッグハンバーガーを食べた。
肉でも食べれば元気と活力が戻ると思ったのだろう。
でも、ちっとも戻らなかった。
たしか、ビッグハンバーガーが大きすぎて食べるのが大変で、こぼしそうになったから何か敷いて…。
案の定、多めに入れたケチャップ(私はケチャップが大好きだ)をこぼし、敷いた紙を丸めてゴミ箱に…。
「ああっ!!!」
「どうなされたのです陛下!」
「あれだ!あれ…」
あわててゴミ箱からくちゃくちゃの紙を取り出す国王の姿を見て、セバスチャンは青ざめた。
…まさか…
彼の悪い予感は当たった。
国王は、顔を青ざめさせ強張らせて、震える手で書類を返した。
「け、ケチャップが付いているけれど、どうにかなると思う…」
「…」
「くちゃくちゃだけれど、伸ばせば…」
「もう結構です」
セバスチャンの言葉に国王はビクッと身を震わせた。
「はぁ…、今度からお気をつけてください。この書類は取り直します」
「すまない」
急にガクガクとし始めた国王に、セバスチャンは心配になって声をかけた。
この国王は小さい時から少し感じやすいところがあるので。
「控えが取ってございます。それさえあれば、再度取り付けることは容易い」
「ああ、そうか…そうか…もう二度としないよ、こんな事。十分気をつけるよ」
そういうと、国王はそばにあった鉛筆を握り締め
バキッ!
と折ってしまった。この人は見かけ以上に強力なのだ。
「陛下、あの…大丈夫ですか?」
逆にセバスチャンが悪い事でもしたかのように、国王の顔を覗き込む。
「ああ、ああ。大丈夫だ。本当に悪い事をした・・」
これ以上、突っ込むとろくな事にならなそうだったので、セバスチャンは退出した。
ろくな事が起きない時期ってあるものだ。
今夜はビールを3杯呑んだ。
不思議なほど酔った。
夜道を一人歩きながら、アルキュード公ジュールは溜息をついた。
-事前の取引はすべてうまくいかず、計画は1ヶ月先延ばし。友人であり、大切な情報源である
大商人アンドレア・ヴィネ嬢のアドバイスも無駄に終わってしまいそうだ。某国の市場は1ヵ月後に動く…。
しかし、1ヵ月後に動いては遅い。我が国が市場に入る隙間があるかどうか…-
「はぁ…」
-アンドレア嬢にこっぴどく叱られそうだ。あの女性は歯に衣着せぬ人だから…。
だからこそ、友人としてやっていけるのだが…-
「それにビール3杯で酔うわけがないんだ!」
と独り言を言いつつ(ここらへんで十分に酔っているのだが)、ふらつく足元が現実を証明している。
「まったく何をやっているんだ。私は…」
明日は国中の役所が休みだ。
さすがに今日、夜中まで働くつもりはない。
そんな事しても無駄だ。
計画の遅れは決定してしまった。
しかし、こうして酒を呑んでいるのも馬鹿らしく感じる。
大切な時間を侵害された苛立ちと、不甲斐なさが混ざって吐きそうだ。
「帰ろう…」
この人にしては珍しく情けない表情で、塔の城に続く道を帰っていった。
「もうダメだ」
本当にろくな事が起こらない。
今年の運は最悪だそうだ。
占いが当たりすぎるってのも悲しい。
トトは、ベッドに横になった。
顔が痛い。
痙攣しているようだ。
こんなに我慢して何やってんだろう、私。
今日、どこにいても泣き出したかった。
-我慢しすぎなんだよ-
無理やり笑みを作っていた頬が痛い。
そういえば、今夜ジュージュは来ないのかしら?
もうこんな時間なのに。
仕事が忙しいみたいだけれど。
某国との取引はどうなったのだろう?
しばらくして、うとうととし始めた頃。
バタンとドアが開き、長身の男が入ってきた。
ジュールだ。
寝着を着ているところを見ると、もう風呂も入ってきたのだろう。
「ジュージュ」
「あ、兄上??」
しかし、ジュールの視線はふらりふらりと泳いでいた。
そして足もそれと同じようにふらついて・・・
バタン!
なんと、彼は自分の足にひっかかって転んでしまった。
「痛い!痛いよぉ!兄上!!」
叫び声を聞いて、トトもベッドから飛び出した。
「大丈夫?こんな長い足しているからひっかかっちゃうんだよ」
「望んで長くしたんじゃないもん!」
トトがジュールのズボンを捲ると、膝小僧の薄皮が5ミリほど擦り剥けていた。
消毒しようとして消毒液を綿棒につけると、ジュールは
「それ沁みるからやだ!」
と我が侭を言う。
「医者が何を言っているんだ…」
「医者ほど、自分の痛みには弱いんです!」
偉そうに言うわりには、言葉の中身が情けない。
「あの粉みたいのがいい」
ジュールは粉状の沁みない消毒薬を指定した。
自分で塗る気はないらしい。
トトは、膝小僧をむき出しにしたまま踏ん反り返って座っている188cmの子供を見下ろして、
溜息をついた。
「どうしてそんなになるまで呑んだんだよ?!」
「そんなに呑んでない」
「だってふらふらじゃないか」
「ビール3杯だけ」
「嘘」
「嘘なもんか」
頬を紅潮させて膨れている表情の中に、だいぶ可笑しな悔しさが滲み出ているのがわかり
トトはジュールの言葉が真実だとわかった。
「やんちゃ坊主!」
「また、そうやって子ども扱いするんだからっ!」
抗議するジュールの頭を撫でてやる。
半乾きの金髪がぐちゃぐちゃになった。
「も、もう!!」
イラついた調子で髪を整えるジュール。
「実は、私は今日だいぶ疲れているんだよ。だからもう寝ようと思うんだ」
ジュールに消毒薬を塗ってやってから、トトはベッドに入り込んだ。
「私が来たのに?!」
ジュールが絶望的な顔でよろよろと迫ってきた。
「ひどいよ!トト」
「う~ん、でも…」
完全に理性が吹っ飛んでいる風のジュールに身体を触られているうちに、段々と逆らえなくなってきた。
-一度も愛しているって言ってなかったな…-
シーツがマットレスから外れて、ぐしゃぐしゃになっている。
薄手の毛布はどこかに飛んでいってしまったようだ。
昨夜の記憶がぼんやり残っている。
3回くらい…かな?
あんなに運動したのに、妙に身体が軽い。
自分の汗が酒臭いような気がする。
気のせいかもしれないが。
シャワーをあびよう。
ジュールがベッドから出ようとすると
「身体の中のどろどろしたものが全部出ていった感じ…」
寝転んだまま呆けたような表情のトトがポツリと言った。
「そりゃ…実際そうだからね」
トトも…昨晩は、がむしゃらになっていたような気がする。
燃えてるとか感じているっていうのとは違う。
言葉もなく、貪るように奪い合った。
ちょうど、お互いにストレス解消のためのマットレス運動をしていた感じだ。
「私もシャワーを浴びたいよ」
トトもよろよろとベッドから出た。
一緒にぬるめの湯を浴びていると、突然ジュールが横を向いた。。
「あ、愛しています!」
「え?」
「昨日…一度も言ってなかった」
ずぶ濡れ髪が顔に張り付いて、目も開けていない状態でそんな事言われても…。
トトは笑い出した。
「ははは…」
「笑わなくても…」
「そういえば、キスもしてなかった」
トトが口付けると、ジュールも目を閉じたまま笑った。
「昨日、もう少し早く帰って来るのだった」
ソファで寝転がりながら、ジュールは呟いてトトを近くに抱き寄せた。
「あんなになるまで、呑むなんていけないよ。たとえビール3杯でも」
「いやぁ。まさかそんな事を兄上に言われるとは思わなかった!」
トトは酒に弱い&酒癖が悪い&それなのにやたら呑みたがる。
暗に仄めかしながらジュールは笑った。
「もうもう!!」
「疲れていると予想以上に酔ってしまう事もあるらしいからね」
「ジュージュ、疲れているんだ?」
「うう、うん。まぁそういう日もあるよ」
「私も最近疲れているんだ」
「・・・・」
「・・・・」
しばらく二人は黙って、自分を苦しませている原因を思い返した。
そしてジュールは溜息をつき、トトはべそをかきはじめた。
「私、自分が必要じゃない気がしているんだ。自分の無力さを目新しい人に腹を立てることで
解消しようとして、ますます自分が嫌いになりそう。失敗も多いし。
ちょっと環境や人が変わるたびに誰にも求められていない気がする」
トトは涙ながらに語った。
「そこまで深刻に考えなくても…。私が好きなあなたの魅力は一日やそこらで把握できるほど
浅くはないだけですよ」
「そうなのかな?」
「付き合えば付き合うほど味の出てくる人間のほうが魅力的だと思うな」
「ところで、ジュールはなんで悩んでいるの?」
「たいした事じゃない」
「私もジュールに何か言ってあげたいよ。いつも、慰められてばっかりな気がする」
すると、ジュールは驚いたような顔をした。
「いつも慰めされているけれど…」
「私、何も言ってないよ」
「あなたが私のそばにいてくれているだけで、慰めになる」
「そ、そんな…私、そんな大した人間じゃないよ!もっとフェアにいこう」
トトが意味もなくジュールの腕の下に隠れた。
言葉とは少し違い、照れているらしい。
「ああ、これでもフェアなんだけれどな。私は言葉で。あなたは行動で」
「んん??」
「人ぞれぞれね、得意分野が違うって事」
またトトはジュールの腕を取り、今度はその腕を抱き枕のようにして、しがみついた。
「あーあ、私、泣いちゃったよ」
さっきの愚痴のせいなのか、それともジュールの言葉のせいなのか。
また、トトは泣いていた。
どういうわけかニタリと笑いながら。
「ドライ・アイ解消だね」
ふざけたように言うジュールの髪をいじり、トトは「あー、髪がもしゃもしゃだ!」
と叫ぶ。
「今日は一日ごろごろしてる予定だから、これでいいんだ」
ジュールは気にしない様子で、瞳を閉じた。
-ここに帰ってくれば、こんなに落ち着いていられるんだ-
「同感」
安心したように横になっているジュールの腕にしがみつきながら、トトも瞳を閉じた。
-二人っていいね-
明日になったら、またここから始めよう。
痛い思いしたって癒してくれる腕があれば、何度でも挑戦できるから。
END

