-友達 1(本編最終章)-

イルミーネ国の物語

ー滲んだ太陽ー

あいかわらず、空には忌々しいほど輝く太陽の姿があった。
それなのに、あいつはこう言った。

「あんな・・大きなお日様を見るのは、初めてだよ」

驚きと同じくらいの嬉しさを滲ませたその声に答えるように、

「よし!もしそうなったら二人でこの星を支配してみるか!世界を手に入れてみせようか!」

と、オレは言った。


なぜか、あの時は何でも可能に思えた。
何も見えない未来があったから。
そのかわり、オレたちには明日がなく、一瞬一瞬を命を消しながら生きていた。
死ぬことは身近だった。毎日誰かに殺されながら、狂ったように笑っていた。
二人の間にだけ、真実があり、それ以外はすべて作り物の世界のようで。

目に見えるものを何も考えずに破壊して。

オレ自身がぶっ壊れていた。
だから、壊れ物しか受け入れない。
ひびのはいったグラスも、捨てられた犬も。

太陽がこの肌を焼いた。
気持ちのいい風が吹いてた。
ただ狂ったように笑っていた。

おまえが、いつもそばにいた。
おまえは、人という形の媒介にしては、人間的過ぎた。
どうして、オレもおまえも人間に生まれたんだろう。
それを改めて感じたほどに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オレは、今、空も見えない部屋の中で身体の重さを感じている。
オレには壊すものがなくなってしまった。
オレには明日がある。
でも、未来がない。
もう、壊すものがないんだよ。
自分以外に。
そうじゃなけりゃ、なんでオレは生きているんだ?

大きな太陽が近づいてきた。

この世の終わり。
それは恐怖なんかじゃない。
希望。

ずっと憧れ続けた光景。

そこに向かって、オレはおまえの手を取り、飛んだ。



「兄上、もう遅い。横になられたほうが」
「うん…」

トトは、窓に貼り付けていた自分の指の節を触った。
骨が浮き出していた。
振り返りざま、よろめいたトトをジュールが咄嗟に支える。
「大丈夫…?」
「ああ、いつものことだから」

そうして、トトはベッドに横になった。


トトが、このようになったのは、ほんの1ヶ月ほど前からだ。
どうしてだか酷い眩暈を感じて会議を欠席した。
眩暈は毎日酷くなっていった。
わずか1ヶ月で国王は別人のように痩せた。
15キロも一度に落ちたので、今まで来ていた服は何も着れなくなった。
何か口にしても、すぐに戻してしまう。
「あは…だってね、私の目の前はぐるぐるずっと回っているからだよ」
たまに、果実を少し口にした。

異常な事態にもイルミーネ王宮は沈黙を通した。
国王重病説は、いつの間にか消された。
政情の事を考えながら、それでもトトは自分が重病だとは考えていないようだった。
いつか…すぐにでも私はよくなる。
頭でそう考えていた。
しかし、木の節のようになった自分の指を見て、唇を震わせていた。

「サン、サン…どうしてきみが私のそばにいない」

トトは、自分が倒れた理由を…知っていた。
だが、他の者は誰一人わかっていなかった。アルキュード候を除いて。
まさか、友達と少しばかり距離ができたからといって、生きていけなくなるほどのショックを受けるとは…
まともな常識人なら誰しも考えるに及ばなかった。
それに、バストール国とイルミーネ国の関係は、変わらない。
表向きは。


1ヶ月前に起きた事件など些細なものだ。誰もがそう考えていた。
二国間の定期的な会談中、いつものようにバストール国王は同席したアルキュード候に対し、強い不快感を示した。 だが、アルキュード候を、バストール国王が殴り飛ばしたのはやりすぎだったのかもしれない。結果として、イルミーネ国王が二人の間に入った。

それでおしまいだ。
重臣たちからすれば、そう珍しい話でもなかった。バストール国王は昔から、こういう気分屋で粗暴な特性があったではないか、今更…。
殴り飛ばされたアルキュード候が哀れだったということ以外は、別段たいした問題でもないはずだ。




「国王陛下が…」
リーチェ公夫人はそっと目頭を拭った。
彼女は国王を心底心配している人物だ。
「…」
ジュールは黙っていた。
セバスチャンも。

皆、トトを配していた。
だが、どうすることもできなかった。



1ヶ月前。

・・・・・・・・・・・・

聖堂での出来事から数日がたった、ある日。
何かを予想していたかのように、バストール国王がイルミーネを訪れた。
そして、偶然にも二人で歩いている国王と王弟を見た。
当然、何をしていたわけでもない。
王の私室に続く回廊を歩いている二人。

トトが背の高いジュールを見上げた。
そして、ジュールもトトの瞳を見た。

それだけ。

「どういうことなのか、説明してもらうか」
私室に入ったトトをサングが問い詰めた。
いつものとおり、二人の時間にアルキュード候はいらない。
ジュールはサングが現れたと同時に立ち去った。

「何が?」
トトが不安気に首をかしげる。
「あいつはやめろ」
「何を言っているんだ?」
「誤魔化すなよ。ジュール・アルキュード候。それが今のおまえの男か」
「ほんと…何言って…」
トトの瞳が見開かれる。そして、足に震えが走った。
「おまえが男好きだって知っちゃいるがな、それが兄弟だろうが誰だろうが関係ないが、あいつはやめろ」
「私は、ジュールのこと…私は愛の醜さを知っている。もう知っている。愛は誰にも渡さない」
「おまえはあいつに惹かれる。惹かれている」
トトは顔をそらした。
「寂しさを愛情だと勘違いしているような奴に、いつだって、おまえは惹かれてきた」
サングの言葉がトトの胸を抉った。奥深くまで。
アンジュー公の毒が身体に蘇ってくる。
「違うよ。ジュールは違う。彼は本当に愛情深い人だ」
「…」
トトとは対照的に、サングはフッとため息混じりに笑った。
「あいつはそれで、おまえを必要としているというわけだ」
その言葉は、独り言のよう。
「ジュール・アルキュード候はオレよりもぶっ壊れている。知っているか」
「彼の苦しみは…」
「あいつを切り捨てろ。おまえがおまえでいたけりゃ」
サングが部屋を出て行ったあとも、トトはその姿勢のまま真っ青になり、一点を見つめたまま、沈黙していた。

サングの言う言葉に「違う」と言い返せない自分がいたからだ。


ジュールを愛するのは、とても難しい。
知っていた。知っていて惹かれた。そして、想いを伝えてしまった。
私たちは愛し合っていた。
もはや、この愛が終わる時には命さえ終わりそうなほど。
しかし、ジュールは誰よりも知っていた。
愛は諸刃の剣だと。

だから、あれ以来ジュールは何もせず、ただ私のそばにいる選択をした。
いつ壊れるかもしれない選択をして、愛しているという言葉を美しく変えてみせた。
きっと私たちが美しい愛の中でいられるのは、ほんの数刻だとわかっていて。

「愛している」

悲しくなるような台詞ではないはずなのに。
ジュールと愛を交わした途端に、私は一人ぼっちになってしまった。友さえ失った。

もうこんな身体は必要ない。

私は想いさえ残ればいい。

ジュールを、サングを、私は愛した。

愛しきったのだ。



サングが来てからというものの、トトは一人にしてほしいと願う事が多くなった。
ジュールに対してでさえも。
ジュールは、兄の身に何があったのか大体予測がついた。
バストール国王が何かに気づいたらしい。
ジュールは、バストール国とイルミーネ国の会談の日付を確かめた。
国の行事の記してある書類に目を通して、一番近い日付を指でなぞる。

「来週か」

二国間の争いの元になってはいけない。

アンジュー公の言葉が胸に突き刺さる。あの言いつけを守らずに、兄に会いに行った時から…おもらくは運命は回り始めていたのだろう。
しかし、その行為は思わぬ結果に繋がる。
バストール国王によって永久に絶たれた、イルミーネ国王の子供という証と肉親との形ばかりの絆…。

あの時は、永遠にバストール国王を許さないと誓ったが、そんなことは言っていられない。

「私の存在は、二国間の争いの元になる」

存在としても、感情的にも。
ただ、一言言えばいい。

「私は、イルミーネ国王陛下の忠実な臣下でありつづける」

わかっていたことだ。いつかはこうなると。

実際、言葉は嘘ではない。私はトトを愛しているが、それだけだ。

ジュールは唇をかみ締めた。

私はずるい逃げ方をしている。今は口先だけで「愛している」というだけの男だ。
気持ちを伝える前よりもトトからは距離を置いている。
アンジュー公なら…きっと私の行動を問いただしただろう。
あの人は、表面上穏やかであったが、愛に関しては暗い狂気を抱えていたから。
奪ってでも、傷つけてでも…それによって破滅することが愛の証だと、私に優しい言葉で訴えるだろう。
そうしなければ、永遠に一人になってしまうと、悲しい言葉で脅すのだろう。

ジュールは自分の内側で、アンジュー公に話しかけた。
「トトを愛した途端、私は一人になった。しかし、そのかわり捕らえられていた過去が少しだけ和らぎ、私は個人として生きられるようになった。だからこそ、あなたと私のように悲しい人間に関わらせたくない。トトが私を愛すれば愛するほど、私には向き合う勇気がなくなってしまう。望んでいるのは…ごく普通の幸せなのに」

いつか夢で見た。
トトが当たり前のように傍らにいる光景。
あの舞台に登場するには、私はあまりに多くのものを背負いすぎていまいか。

「もし、あなたがここにいて…」

当たり前の幸せ。
愛しているがゆえに、手にはいらない幸せ。

その昔、私は王位に手が届くところだった。
バストール国王にさえなれたかもしれない。
黙っておとなしく微笑んでさえいれば、ふさわしい貴族の令嬢と結婚していただろう。

だが、私は結果的にどれも手に入れなかった。
本当に欲しかったのは、地位や金や愛の狂気も、胸焦がす情熱でさえなく、ごく普通の日常だったのだ。
トトを愛し、はじめてそれがわかった。
でも、それは私にとって一番遠いものでもあった。

お小さい時から何でもよくお出来になるアルキュード候は、
「本当はいつもどうしたらいいかわからない。何を言ったらいいかわからない。どうやったら欲しいものが手に入るのかもわからない」

零れ落ちる雫が視界を暗くしても、ジュールの唇は同じ言葉を繰り返し紡ぎ続けた。

「私は、イルミーネ国王陛下の忠実な臣下でありつづける」

いつか、バストール国王の前で王位継承の放棄をした晩のように、何度も何度も声に出して読み返した。
自分の感情が凍りついてしまうまで、ジュールはそれを続けた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「無礼な!」
イルミーネ国とバストール国の定例会談の後。
唐突にアルキュード候が殴り飛ばされた。前には拳を握っているバストール国王。
数人がアルキュード候がバストール国王に声をかけようとしたのを見ていたが、どうにも不自然であった。
アルキュード候がバストール国王に嫌われているのは周知の事実だったから。
ともかく、倒れたアルキュード候の前に立ちはだかったのがイルミーネ国王だ。
「バストール国王、イルミーネ国王として尋ねる。何ゆえ我が臣アルキュード候に手を上げられたのか」
トトの発言を聞いたサングの顔色が変わった。
トトがこのようにサングに対峙したのは、初めてだったからだ。
瞳に理不尽な行為に対しての怒りが込められているようだった。
サングは、そこに何かを感じたようで。
「アルキュード候が裾を踏んだ。失礼な奴だ」
それだけいい残して、くるりと背を向けた。


すべてが終わったあと、トトは人を下げさせた。
そして、震える身体を自分で抱いてしゃがみこむ。
「サン…サン…」
「兄上…あなたに謝らなくてはいけない…私が間違った行動をしたために」
ジュールは腫れた頬もそのままに、トトの肩に手をかけようとしたが、振り払われた。
「…違う。これは私とサンの問題だ」
「…トト」
それきり、トトは誰も近づけなかった。
そして…魂の抜けた人形のようにやせ衰え、今に至る。



・・・・・・
こんな状態だからか。

トトは、ベッドの中で目を覚ました。
昔のことばかり思いだせる。

サングと出会った時、大きな太陽を見た。
南国の香りと絶対に揺るがない信頼がそこにはあった。

あの時、触れた彼の手は、私の運命だった。

それからは、彼とだけ過ごした。
まわりの声が確かにあったはずなのに、思い出せない。
生きるのがあれほど辛かったのに、何も思い出せない。
彼のけたたましい笑い声。
彼との日々こそ命がけだったのに、楽しかった。
私は、友を誇りとした。
私の魂、私の命。
何があっても私はきみを裏切らない。
そう誓ったはずなのに。

今、私のもとにはきみがいない。

私ほど、ご都合主義の人間はいないだろう。
少しまで、私は友の顔さえ思い出せなかった。
ジュールが私の心を捕らえていた。
だが、実際に私はサングに去られてみると、一人で生きることもできない有様だ。
私とは、実際どういう人間だったのだろう。
サングがそのままでいいといった人間を、私は演じてきた。
そこから抜け出てみると、私は自分がどのような人間かわからなくなってしまっていた。
ジュールが愛している私は、本物の私だろうか?
サングの求めている私は、誰なのだろう?

もう長い事付き合い続けている自分の影に、私は問いかけた。
「きみは一体誰なのだね?」
影さえ答えてくれなかった。

鏡には、首をかしげる私と、骨ばかりになった指があった。

続く

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