イルミーネ国も年の瀬で、王宮内でも大掃除が始まっていた。
そんな中、国王トトは自室でぼぉっと座っていた。
国王はこの部屋に閉じ込められていたのだ。
なぜ、そんなことになったかというと…。
去年、トトは珍しく大掃除に積極的だった。
自ら雑巾を片手に、王宮の窓に立ち向かっていったのだ。
だが、イルミーネ王宮の窓はどれも背が高く、小柄なトトは手が届かなかった。
しかたなく、窓の桟に足をかけて半身を乗り出して拭くことにした。
そのうち、トトはバランスを崩した。
トトの手から雑巾が遥か下に落下していった。
「そういえば、ここは3階だったよ」
落ち着いた声でそう言ったものの、あれを取りに行かなければ続きが拭けない。
「面倒だなぁ」
しばらく、それをじっと見ていた。
しかたない拾いに行くか…なんて思いながら。
ところが、その様子を意外な場所で意外な人物が目撃していた。
トトの大叔母のリーチェ公夫人である。
彼女はアルキュード公ジュールと中庭の大掃除について、話し合っているところだった。
「こ、国王陛下っ!!」
悲鳴を上げて、夫人が卒倒した。
「公爵夫人!」
ジュールもこれには驚いて、夫人が見ていた方向を見ると…
なんと、彼の兄のトトが3階窓の淵に立ち、絶望的な様子で下を眺めているではないか!
「兄上!!」
ジュールも悲鳴を上げて、中庭を走り抜け王宮の3階まで一気に駆け上がった。
ジュールが息を切らせて3階まであがってくると、トトは面倒くさそうな顔付きでこちらに歩いてくるところだった。
そして、こう言った。
「なんだ~ジュージュが下にいるのを知っていたら、拾ってきてもらえばよかったよ…」
そんなわけで…人騒がせな国王は、大掃除時には軟禁されることになったのである。
トトは、暇そうに足を掻いた。
皆が部屋の外でバタバタと走り回っている音が聞こえてくるのに、何もすることがない。
大掃除の間、トトは自室から動けない。
この部屋の掃除が始まると、アルキュード公ジュールの部屋に移される運命だ。
そうすると、軟禁ではなく監禁扱いになる。
何しろ、心配性のジュールの目がそばで光っているのだ。
せめて、何かをしよう。
そうトトが思いついたのは、お昼過ぎのこと。
キョロキョロとあたりを見回し、巨大な洋服箪笥を開ける。
これは6代前のイルミーネ国王から使用されているとても由緒ある品物で、当然のごとくトトも使用していた。
洋服の整理でもしよう。
かなり昔の夏服を取り出してみる。
たしか、これは10年前に着ていた。
もっと奥に進んでみよう…。
この巨大箪笥の中は、有に成人が10人くらい納まるスペースがある。
小部屋ほどの大きさの内部には、いくつもの引き出しと扉がついていた。
実は、トトはこれのすべてを開けたことはなかった。
いつも来ている服は、手前の引き出し2段に入れてある。
そこから先は未知の世界だった。
昔、一度片付けようと思ったが、あまりに大きい箪笥だったのであきらめてしまったのだ。
いくつ目かの扉を開けると、ありえないほど古い服が出てきた。
「くさっ!」
少なくとも父のものではない。その前の代のものか、もっと前の国王の服か?
礼服のような豪華な金縁がついた群青色の上着だ。
見かけはりっぱだが、とても服として使用できる状態じゃない。
黴臭い酷い悪臭を鼻腔に吸い込んだトトは咽ながら、箪笥の外へ脱出した。
ごほごほと咳き込んだ後、マスクをつけて手袋をはめ、再突入を試みる。
そのうちドキドキしてきた。
そっと奥のほうの引き出しを引いてみると、今でも着れそうな毛糸のセーターが出てきた。
「ほ!お宝発見!」
これなら着られる。色も美しい若草色だ。
私の年齢にもちょうどいいし、たぶん似合うよ!
そう思いながら、それを引っ張り出し鏡の前で合わせてみる。
たしかに、トトによく似合った。
もう一度、それを眺めてみる。
すると…
何か小さなものが袖についていた。
うにょにょと動くそれを見つめると、それは小さな虫だ。
「?」
ためしに腕の部分を捲りあげてみると…それが2,3匹いるのが確認できた。
「ぎゃーーー!!!」
埃や塵や悪臭なら我慢できる。
だが、生物が肌に接するという不快感は度を越していた。
あわてて、今の自分の着衣についていないか確認する。
トトは気合を入れるためにキュッとバンダナで髪を留めて、再度、箪笥に突入した。
もし、先ほどの引き出しの奥に、虫の親がいて(トトの想像:体長90センチ以上の大ムカデ、色は茶色で緑色の目が3つ)それが牙を剥いて襲い掛かってきたらどうしよう!
ガラガラ蛇のように「シュー!」と威嚇音を出しながら。
右手には武器用の長い箒、左手には捕獲用の麻袋。
トトは、自分が危険な洞窟を冒険するトレジャーハンターだと想像した。
虫がついた服をしまいこんでいる不潔な国王…なんて現実はあまりに悲しすぎる。
高鳴る動悸を抑えながら、次の引き出しを開いてみる。
やはり、小虫が1,2匹見つかったがそれ以上は見つからなかった。
ともかく、生理的嫌悪感から、その中の服はすべて麻袋の中へ入れた。
次々と引き出しや扉を開けるが、未知なる化け物はまだ姿を現さない。
麻袋がどんどん大きく重くなる。
そのうち、箪笥の中に服以外のものを発見した。
薄汚れているが、楽譜のようだ。
題名は「私は大作曲家!」とある。
だが、3小節で終わっているところをみると、大作曲家になりそびれた誰かの作。
ということがわかった。
「私のご先祖にも面白い人がいたらしい…」
ところが、次の引き出しを開けると、ごろりと何かが転がり落ちた。
虫!
と思い、飛びのきながら箒を構えるが、転がっていたのは木製の棒だった。
それを手にしてみると、とても見覚えのある何かに似ていた。
「…?!」
その引き出しには手紙が。
ー愛しのマルコ。僕の分身を捧げますー
ご先祖の身体の一部など見たくなかった。
…だが、わりかしいい出来の張形である。
「でも、マルコって男の名前じゃないか…」
やはりご先祖は私のご先祖なのだ。と、少し嬉しく思いつつも(6代前までのイルミーネ国王は全員男性だった)こんな末代までの恥を残されても…と顔を顰めた。
しかたなく服に包み、麻袋の中へ。
そんなことを繰り返しながら探検を続けていると、突然後方から声が。
「国王陛下、お茶をお持ちしました」
老侍従長の声だ。
「待ってて、今箪笥から出るから」
んしょ…と麻袋を手に箪笥から出たトト。
「何をしておいででしたか?」
老侍従長は尋ねた。
「いらない服を整理していたんだよ」
トトは麻袋を少し開けて見せた。
「これは、先々代国王陛下の御礼服ではありませんか!このような貴重なものを御捨てになられるとはっ!ご先祖に申し訳が…」
老侍従長は、伝統を大切にする…いわゆる堅物である。
化石のようなその顔を目の前にして、非難を受けたトトは、その煌びやかな礼服を取り出してみせた。
「じゃあ、あげるから持っていっていいよ!その代わり、黴と虫がうようよしているけど」
そう言うと、老侍従長も「うっ」と顔を顰めたので、トトはため息をつきながら礼服を麻袋にしまった。
「ところで、ここ私一人じゃ片付けきれないんだ。人を呼んでおくれ。あと2人くらい」
「それは、できません」
「なぜなの?」
「その箪笥は大変貴重な品物でして、我々のうち誰も中に入ることを許されてはいないのです。
もう、1世紀以上・・・」
「え!じゃあ、この箪笥は100年以上も片付けていないって事?!」
虫がうようよしていても、わからないでもない。
「じゃあ、この箪笥の中は私だけでどうにかするから、ゴミ袋をもっと持ってきてよ」
そういうと、トトは再び箪笥の中に入った。
ある程度、奥に入ると、もはや博物館に飾ってありそうな服ばかりになったので、容赦なく麻袋へ入れていく。それらも、もれなく黴か虫に冒されていた。
そして、最後の扉になった。
これまで虫の親は出てこなかった。
どうやら、虫とは小さなものだけしかいなかったようだ。
そういう意味で、トトの緊張感は途切れかかっていたのだろう。
最後の扉をすっと開けた時、そこから飛び出してきたものに対応しきれなかったのだから。
ドターン!バターン!
箪笥の中を何かが暴れまわる音が聞こえ、同時に「ギャーーーーー!!」という悲鳴がしたかと思うと、四つんばいになりながら、トトが転げまわって飛び出してきた。
老侍従長は、ゴミ袋を持ったまま、硬直して動けない。
ドタバタという足音に続いて出てきたのは
「ネズミ!」
国王の部屋にお茶を運んできた女官が悲鳴を上げて、ティーセットを床にほおり投げた。
その騒ぎにアルキュード公ジュールが気づき、「また兄上が何かを?!」とプリプリしながら 、国王の私室に入ってみると、床は破壊されたティーセットで汚れ、老侍従長は固まっていて、女官は泣き叫び、国王は腰を抜かしてガタガタと震えていた。
「一体、何があったのです?!」
「あの箪笥から、ネズミ」
老侍従長が、恐る恐る指差す。
すると、トトは泣き叫びながら
「虫がっ!巨大な虫が私に襲い掛かってきたんだよ!!」
女官は、悲鳴を上げながら
「私の足元を抜けていった!」
とパニックを起こしている。
「え?」
ジュールは首をかしげた。
たぶん、ネズミが飛び出してきたのだろうが、トトの言う虫とはなんだろう?
「兄上、虫がどうかなさったのですか?」
「私、虫のついた服を整理していたの。そしたら、巨大な虫に襲い掛かられたんだよ!」
「虫のついた服…だって…」
ジュールの顔色が青ざめる。
なぜなら、彼は他人が思うよりずっと虫が嫌いだったのだ。
虫のついた…と聞いた途端、ジュールの中の何かが切れてしまった。
彼は、いつもの冷静さはどこへやら、突然国王のベッドのマットレス(キングサイズ)に手をかけると普段からは想像できないようなものすごい怪力で、それをバルコニーへ放り投げ、いきなり
「いやぁぁぁぁーーーー!」
と、まるで異国の剣術師が物を斬る際にあげるような声を発しながら、箒の棒で叩き始めた。
誰も目の前の光景を信じることができず、ネズミが飛び出してきた以上の奇異を持って、それを見守っている。
しばらくすると、国王の私室にリーチェ公夫人がやってきて、そこで起こっている信じがたい出来事に目を見張った。
「私は冷静さを欠いていた…」
ジュールがソファで落ち込んでいる間、トトは麻袋に入った服を処分することを命じた。
「ついでに、この箪笥も処分しておくれ」
「いけません!」
リーチェ公夫人が反対を唱える。
「なぜです?」
「この箪笥は、6代前のイルミーネ国王陛下から御使用された大変貴重な品物。イルミーネの国宝といっても過言ではありません。それを捨てるなどと…」
「だって、中は虫だらけだし、ネズミの侵入した穴は開いているし、第一中身を捨てるんだから、これはもう必要ないじゃない」
「なら、せめて国家歴史博物館に御寄贈されるべきです。これには歴史的価値がありますから」
「歴史博物館に寄贈なんて失礼だよ!せめて、害虫博物館にしたら?誰だって、この中に一日いれば、害虫博士になれるんだから!そうじゃなかったら捨てるべきだよ!」
トトの皮肉にも夫人は首を縦には振らず、結局、箪笥は防虫剤を施された上でネズミの巣食った穴を修復された後、歴史博物館に寄贈されることとなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~後日談~
「へぇ、その服売ればよかったのに」
イルミーネ王宮に来ていたバストール国王サングが言った。
「あんな虫のついた服なんか売れやしないよ」
「ふ~む」
再び、ティーカップに口をつけるサングに、こそっとトトは耳打ちをした。
「ところで、ジュージュって意外とすごいところがあるから、サンも怒らせちゃダメだよ。
ほんとにほんとに、そりゃもうびっくりなんだ」
「はぁ?」
あの青白い顔をした男が、何かしたのか?
「なにしろ、ベッドを放り投げたんだ」
「本当か!なぁ、そこの…雪だるま!」
「誤解のないように言っておきますが、私はマットレスを干しただけですよ」
ムッとした様子で、ジュールは紅茶に砂糖を入れた。
トトは紅茶にミルクを入れながら、ため息混じりに
「まさか、服に虫がついているなんて、信じがたい悪夢だよね」
ところが、サングはわはははと笑いながら答えた。
「オレなんか、ポケットからキノコが生えちゃったことあるぜ!あくまで昔の話だけどな!」
「それはすごい!」
そういえば、サングと知り合ったばかりの頃、どちらがより汚いかで競い合ったことがあった。
靴下を何日履き続けているかとか、髪を何日洗っていないかとか…。
今から思えば不思議なことだが、思春期の頃は、不摂生が自慢になることもあるのだ。
「なんて不潔な!永久にあなたとはお近づきになりたくありませんね!」
ジュールが、あからさまにサングから身体を避ける。
「今は違うって!誤解すんなよ、今はジュリに管理されてるから」
「ぷぷ・・・」
今回、虫の沸いた張本人は、他人事のように笑いながら二人を見ていた。
ところで、その後、トトは自分用の小さな箪笥を買って、防虫剤を入れたそうだ。
END

