トトはそっと引き出しを開けて、泡だて器のようなものを取り出した。
この泡だて器のようなものは、先端の金属が枝のように広がっていて、丸いボールがついているところが普通の泡だて器とは違っていた。
トトはおもむろに、それを自分の頭部に持っていってスッと突き刺す。
金属の枝は広がって、トトの頭皮を撫でる。
これは、頭皮マッサージ機なのだった。
「ふう」
最高だ。
最高の時間だ。
トトはこうして頭皮を触られるのが大好きだった。
あまりに気持ち良すぎて、会議中にこれを取り出してマッサージをはじめたところ、奇妙な姿に何人かが思わず吹き出し、セバスチャン・デティオール卿は咳払いの後、静かな瞳で
「国王陛下…今は会議中です」
国王に注意を促した。
それでちょっぴり落ち込んでいたトトは、ストレスを解消するために頭皮マッサージを始めたのだ。(あまり反省していなかった)
そんな奇妙な恰好のトトの前に、王弟ジュールが現れた。
「?!なんですかそれは?」
「頭皮マッサージ機。実はアイオンさんからの贈り物なんだよ」
「あいかわらず、変…いや個性的な方ですね」
アイオンという人物とトト&ジュールが出会った不思議な話はさておき…。
「これいいよ、ジュージュも使ってみる?」
「私は頭が性感帯だから、遠慮しておきますよ」
「ああ、…そう」
「ところで、明日は収穫祭ですが、打ち合わせは済みましたか?」
「一応…。今年は、例年と違う形にしようと思うんだよね」
トトはマッサージ機を頭に刺したまま、スケジュールの書かれた紙をジュールに見せた。
「これは面白い!」
「でしょ!でしょ!」
「それよりも、その泡だて器みたいなものを取ったほうが…」
頭にアンテナを突き刺したエイリアンみたいなトトは、きょとんとしていたが、またそれを動かしてマッサージを始めたのだった。 そうとうお気に入りのようだ。
収穫祭の日。
古来の様式に則って、トトは洗面器に入れられた熱いお湯に木の枝をつけて
「ほっ!ほっ!」
と掛け声をかけながら、水滴を室内に飛ばした。
これは、本格的な冬を迎えるためのイルミーネの行事だ。
おそらく、昔はこうして加湿をすることで乾燥を防いでいたのだろう。
それを終えると、トトは支度をし始めた。
これから忙しくなるのだ。
まず、街の真ん中に設えさせた大きなモミの木に願い事を書いた紙を括り付ける。
これは異国の行事から参考にしたもので、今年はイルミーネの国民と国王が共に楽しめる収穫祭にしようと考え出したものだ。
毎年、イルミーネ王宮の収穫祭は国王一族と貴族たち、他国から来た来客を迎えて行われる堅苦しい行事で、トトはいつも収穫祭があるたび具合が悪くなるほどだった。
朝から正装をして、国外のお客様を迎える。その後は、来年が良い年になるように…という毎年変わらぬ聖句を教会で唱えた後は、王家の人々との退屈な歓談。夕方からはパーティが待っている。夜も明けるころ、身体を締め付ける重い服を脱ぎ捨てた後は、死んだように眠るだけだ。
そうして、トトはとうとう今年キレた!
「もう収穫祭などやめてしまえ!!」
「国王陛下、それはご自身の一存では決められませんよ」
堅苦しさの権化のようなリーチェ公大叔母に呆れはてられながらも、トトは心の中で決意をした。
「こんな収穫祭なんか、クソくらえ!!」
トトの行動は早かった。
その日のうちに会議を招集。
「収穫祭がいかに無駄か」についてを臣下に語ったのだ。
実のところ、臣下たちも国家的行事としての収穫祭にうんざりしていた。しかし、今までそれをはっきりと口にするものはいなかったのだ。
「たしかに毎年大変ですね…」
皆が黙りこくる中、マーベル卿というおとなしめの貴族が口を開いた。
それを皮切りに皆がぽつりぽつりと口を開き始めた。
「形を変えたらよろしいのでは?」
「そうですよ。取りやめにすることは…これで収入を得ている者もおりますし、第一リーチェ公夫人がなんとおっしゃるか…」
「う~む」
トトは考えた。
リーチェ公大叔母を説得するのは骨が折れそうだ。
それに収穫祭の収入を当てにする者が存在する限り、取りやめは残酷すぎるだろう。
それなら…皆で楽しく盛り上がって、ついでに儲けちゃいなYO!の作戦はどうだろうか??
…トトの脳裏に素晴らしい作戦が思い浮かんだ☆
「今年の収穫祭は、イルミーネという国を最高に売り出すいい機会になるかもしれないぞ!」
トトがモミの木が設置してある広場にやってきた時、もうすでに場は人で埋め尽くされて盛り上がってた。
「国王陛下だ!」
「わぁーーー!!」
皆が歓声をあげて拍手を送る。
小柄な国王トトはトコトコと歩いてきて、モミの木に取り付けられている階段を昇り始めた。
もちろん、普段着のままだ。これだけの人の中に入るのに、正装は重すぎる。
モミの木の真ん中あたりまで階段は続いていた。
そこで、トトは自分の願い事を書いた紙をモミの木に括り付けて、皆を見下ろした。
「今、私は願い事をここに付けた。私の願い事は毎回同じ…「皆が幸せになるように」」
「わぁーーー!」
歓声があがる。
「今年は、イルミーネの皆と別の国からいらっしゃった方々と共に祝える収穫祭にしようと思い、こういう形にした。さぁ、素晴らしいイルミーネを皆で味わおう!」
トトが手を大きく上げると、広場に集まっていた音楽隊が明るく賑やかな曲を演奏し始める。
「さぁ、美味しい食事と楽しいお買い物を、そして、今日は踊ってすごそう!!」
ルンルンとリズミカルにトトは階段を下りてくる。
一斉に街の店から元気な声が聞こえてきた。
国王の言葉の最中だけ静かにしていたのだ。
イルミーネの広場は、踊りを踊る人、屋台やレストランで食事をする人、買い物をする人で溢れた。
それは、庶民も貴族も、他国からやってきた貴族たちも。
ことに他国から来た貴族たちは、イルミーネの商人の確かさを知ることになった。
他の国では、商人が客の顔を見て値段を決めるようなところもあり、貴族にとって自らの手で物を買うというのは危険極まりなかったのだ。
その点、イルミーネ国は国民性なのか、そういういい加減なことはほとんど皆無であった。
しっかりと品物には値段がついており、それを改ざんするようなことはなかった。
山国イルミーネの毛織物や緻密な細工が入った家具などは有名であったが、他国に渡る途中で値段が不当に釣り上げられることも多く、貴族たちも手に入れるのが困難だったのだが、このたび直接商品を見て、適正な価格で取引をしようとする人々も多く現れた。
そして、今までの王宮で行われる収穫祭で出ていた料理は、一般的によくある”ごちそう”だったのだが、街で提供される料理はイルミーネらしい食材を使った庶民の食べ物であり、その素朴な味わいに感銘を覚えた人々も多かった。
広場では他にも手品やゲームが行われていて、子供も大人も参加することができた。 「すごいぃぃ!!」
「このおっさんすげーんだよ!!」
ひときわ声が上がっている場所があるので、トトはそこへ行ってみると…
大きな樽に向かって拳を打ち込んでいる男の姿が。
「ただいま、この方が1位です!この大樽を拳でどこまで飛ばせるか?力自慢のあなた、挑戦してみませんか!?」
大樽の前で威風堂々とした姿勢で立っているのは…
「サン!?」
「よぉ!トト」
「まさかこんなところにいるなんて思わなかったよ」
隣国の王様も今年の収穫祭を楽しんでいるようだ。
トトも親友に挑戦すべく、大樽に拳を当てていると、
「あ、我がマスターだ!」
「こんにちは、トト様」
従妹のレオーネとそのパートナーのセシリーが通りかかった。
二人の手にはワインのグラス。
「きみたちも楽しんでいるかい?」
「ええ、そこの酒屋がワインの立ち飲み&テイスティングをやっているんですよ!」
「どこどこ??」
トトがキョロキョロと見回すと、ジュールが同じようにワイングラスを片手に歩いてくるのが見えた。
「なんでぇ、酒かよ~」
サングがぼやく。
あまり酒を好んでいないのだ。
すると、
「まぁ、このおまんじゅう美味しいわ」
と湯気の出ている出来立ての饅頭を手に、ジュリエットがやってきた。
「ジュリ!それ!それ欲しい!」
奥さんに手を差し出すサングを見て、皆が笑った。
「私もそれ欲しい!」
トトもジュールにすがって、ワインのグラスに手を伸ばすと
「これは私の酒です」
ジュールに冷たくあしらわれてしまった…。
ジュールとレオーネに酒屋の場所を教わり、トトも満足そうな顔でグラスを手に広場を歩き回っていると、もう早いもので陽が落ちかけていた。
「あれ?私は何か大事なことを忘れている気がする…」 ワインでぼんやりする頭を働かせようとするが、どうしても思い出せない。
「国王陛下!!」
人ごみをかきわけて、リーチェ公夫人とデティオール卿が駆けてくる。
「もうすぐ陽が暮れます」
「?」
「陛下のご予定では、陽が暮れる前に教会の鐘を鳴らすことになっていましたが…」
「あ!!!」
収穫祭のメインイベントだったはずだ!
トトは、びっくり仰天して飛び上がり、すぐさま人をかきわけながら、街の真ん中にある教会へ走って向かった。
教会についたのはいいが、ここから鐘付き堂まで5階分くらい登らなければならない。
一段飛ばしで階段を走り登りながら、トトの頭に異国の歌が流れ始めた。
忘れんぼうの国王陛下♪クリスマス後にやってきた♪急いでリンリンリン~♪
「いやだ!!!そんなふうに歌われるのはっ!!」
ワインを飲んでいたせいで、必要以上に汗が流れる。
「で、でも…もうダメそう…」
足元はふらついているし、水分が急激に失われていくせいで、トトはゼイゼイと息切れを起こした。
「あ、でも、ここで倒れちゃだめだ。がんばれ私!!」
ようやく鐘付き堂の階段が終わりかけて、扉の向こうに鐘が見えてきた。
「がんばれ私、もう一歩だ!」
「国王陛下!」
司祭がボロボロになって這い上がってきた国王の姿を確認して、声をあげる。
「か、鐘を打たせておくれ…」
扉にしがみつくように倒れこんだ国王は足をもつれさせて、バランスを崩した。
ゴぁぁぁぁん!!!
陽が沈む直前に、イルミーネの首都に国王のつく鐘の音が鳴り響くと、皆は一斉に
「乾杯!!」
「乾杯!!」
と収穫祭を祝った。
誰もが最高の収穫祭だと思った。
皆、幸せになるように!
トトの願いは一日だけでも叶えられたのだ。
「こんな目にあうなんて…」
額を冷たい布で冷やしながら、トトはソファでぼやいた。
収穫祭は大成功のまま幕を閉じた。
最後に、国王が自らの頭で鐘を打つという事件を知っているものはほとんどいないまま…。
「兄上、せっかくのプレゼントが役にたちそうもありませんね」
残念そうな顔でジュールが差し出したものは、シルク製の腹巻。
ここのところ、トトがおなかを壊してばかりいるので心配して買ったものだが、今となっては氷枕を贈っておくべきだったと後悔している。
「ありがとう。頭は冷やさないといけないけど、おなかは温めないといけないから」
トトは、腹巻をパジャマの上に着た。
「なんか変だな?」
「普通は服の中じゃないかな、それじゃあ、おじいさんみたいです」
「そう・・?」
そうだ…とトトも引き出しから、プレゼントを取り出した。
「とても上品なお財布を見つけたんだよ」
それは、青い革製の財布。中はベージュ色でなんとも上品でジュールに似合った。
「わぁ、ありがとう!人がよく見てるもんなんですよね、お財布って。これは自慢できるぞ」
「私、お財布には妥協しないほうなんだ」
お互いにプレゼントに満足しあって、温かい布団にくるまった。
「今年の収穫祭はどうだった?」
「よかった。なぜ今までこうしなかったのかと思うほどです。今後は毎年こうしましょう」
「それはよかった。皆が喜んでくれたら、私は満足だよ」
ふと、トトは来年がどんな年になるのかを考えた。
なぜか、第一歩踏み出せた気がした。
トトは満足そうな笑みを浮かべながら、温もりの中へ溶けていった。
Merry Christmas!
皆が幸せであるように!

