-収穫祭-

イルミーネ国の物語

「リンリンリーン♪」

毎年、この時期になるとイルミーネ国は華やぐ。
収穫祭が近いのだ。
収穫祭とは、大地の女神に感謝をこめて祝う祭りの事であり、普段は静かなイルミーネの街も
賑やかになっている。

ところで、イルミーネ国の王も収穫祭を毎年楽しみにしていて、好みに部屋を飾りつけたり、
王宮内に様々な楽しいいたずらを施したりして、ムードを盛り上げていた。

「リンリンリーン♪」
鼻歌を歌いながら、やってきた国王は誰をいないのを見計らい、懐からさっとキャンディーを取り出し
壷の中に隠した。
「イヒヒ…」
掃除をしている係の者がこれを見つけたら、驚き喜ぶだろう。
そんな事を期待して。

国王トトは、普段は、真面目でおとなしい人だと思われているが、実際のところ、楽しい事が
大好きだった。
今年も楽しい収穫祭にしよう。
トトは、そう思っていた。




「もう寝なくては」
王弟ジュール・アルキュード公は、兄国王をベッドに寝かしつけて、ほっと一息ついた。

収穫祭…。

今年はやめておこうかな。
二人は公の収穫祭のイベントの後、いつも二人だけで楽しんでいた。
ジュールの頭の中で、様々な出来事が駆け抜けた。
そして、目を閉じているトトを見る。
本当に寝ているのだろうか?
わからない。
寝ようと…努力しているのかもしれない。
それはわかっていた。

トトは、収穫祭がはじまる前週まで、激務に追われていた。
時間的拘束が長いというよりも、内容がハードであった…らしい。
らしい…というのも、実際ジュールはそれを人伝えに聞いただけで、トトは普段と変わらぬ…いや、
普段よりも妙に元気いっぱいだった。
そして、ここ数日、ほとんど寝ていないのも事実。

「兄上は、いつから私に何も言ってくれなくなったのだろう」

思えば、去年までトトは泣いたり愚痴ったり、少なくともジュールには何かを訴えるという行動
に出ていた。
今年…そう、今年の夏に入ってからだ…。
トトは、一人聖堂に閉じこもる事が多くなった。
たまに外に連れ出しても、どこかぼんやりしている事も多く…。

少し休養が必要なのではないだろうか。

でも、トトがそういう類の休養が耐えられない人だともわかっていたから、そばで見守っている
しかなかった。


「神様は、私を赦してくださるだろうか」
トトは、ふと目を開いてボソボソと呟いた。
「だいぶお疲れのご様子。もし、どうしても眠れないようだったら、お薬を飲むというのも…」
ジュールはトトの傍らに横になったが、トトは宙を見つめて薄目を開けたまま、ぼんやりとしていた。



収穫祭の前夜祭。
昨日の昼過ぎに、壷の中からキャンディーを見つけた掃除係は、これが国王のいたずらだと
わかった。
あえてニヤニヤとしながら、国王がその場所を通り抜けるのを、彼は待っていた。
幼い子供が2人いる彼には、とるべき行動がわかっていた。
こういう時には、本当に驚いた様子と喜びを現してあげよう。

ところが、国王はふらりと現われたかと思うと、壷の前を何事もなかったかのように通り過ぎた。
「陛下!」
つい口にだして、呼び止めてしまったのを、掃除係は後悔した。
「何…?」
振り返った国王の顔には、言いがたい苦悩が浮かんでいた。
「陛下…」


イルミーネの収穫前夜祭。
そこには隣国バストールの国王も訪れるはずだった。
だが、今年は招待を断ってきたという。

「どういうつもりなのか?」
それは、ジュールだけではなく、まわりの者たちも疑問に思った。
バストール国王サングはトトの親友で、毎年、イルミーネの収穫祭には現われて、皆を笑わせてきた。

「彼の気持ちはわかっている。そっとしておいてくれないか」

トトは、事情を知っているようだ。
結局、その日の夜、トトは他の皆と楽しんだ。



「・・・・」
ジュールは、普段は非常に感じのいい貴公子として知られている。
品格の人と渾名されたこともあるくらいだ。
だが、そんな彼がひとたび眉間に皺を寄せ、アイスブルーの瞳が凍れる色になった時、
この王宮内で彼に口答えする者はいなくなる。

「あの男がいない事実については何もお聞きしませんが…」

あいかわらず不快そうな表情で、ジュールはトトに言った。

「うん…私が悪いんだよ」
「そうではなくて」
「いや、そうなんだよ」
ジュールは、サングと不仲だ。
サングが来ないことを残念に思っているというより、その裏側の事情が見えないため、イラだって
いるに違いない。
「この件に関しては私が原因なんだよ」
トトは答えた。
「どんな理由があれ、あれがいないのが私には気に食わない。我が国をどう思っているのか」
なんだ、サングがいないのが嫌なのか…。
トトはそう思った。
だが、それが存在として必要なのか、沽券にかかわる問題なのか、よくわからない。
サングに言わせると「ひねくれ者」と表現される、ジュールの発言がトトは気に入っていた。
ジュールの人間的な暖かさを感じる気がして。
やはり、それもサングに言わせると「ひねくれ者の一味」ということになる。

ともかく、サング不在の一件についてはトトに責任があった。
自覚は十分すぎるほど。
数日前、トトはふとした瞬間に口を滑らせ、サングをものすごく不快にさせてしまったのだ。
冗談のつもりで言ったのだったが、冗談とは時と場合を考えなければいけない。
現在のサングの急所を突くような発言にとられてしまった。
時がたてば、誤解は解けるかもしれない。
でも、トトは、自分の発言で傷ついていた。
なぜ、あんな事を言ったのか自分でも全然理解できない。

実は、ここのところ、そのような事は珍しくなかった。

トトは、昔からの知り合いにも信頼を失いかけていると、自覚を持っていた。

でも、どうしてそんな事になってしまうのか、よくわからなかった。
酒も飲んでいないのに、自制が効かない。
私の掴むべき藁の一本はどこにある?
どこかに探さなければ、私の存在を。
うまく立ち回っているつもりが、崖っぷちで踊り狂っているような毎日。
トトは、頭を抱えて、前夜祭の会場を後にした。

それから、しばらく記憶がない…。

気がつくと、薄暗い小部屋の小さな椅子に一人腰掛けていた。
「…」
いつの間にか、ジュールが窓のそばに立っていた。
「気がつかれたか?」
「…ここはどこ?」
「会場の控え室の一つです。急にあなたがいなくなったというので、探しにきたら…」
「?」
「話しかけても、お返事をなさらないので、どうしたのかと」
「今は何時?」
「22:30」
「私は、いつからここにいるの?」
「1時間くらい…たったでしょうか。私がここに来てから」
そういうと、ジュールは窓から遠くを見た。

「話したくないなら話さなくてもいい。でも、またこのような事があったら、現在、取り掛かっている
物事から手を引くべきだ」
「…別に辛いわけじゃない。私は、まだ耐えられる」
「…」
ジュールは何か言いたげに口を開こうとした。
そのかわりに、溜息が出た。
「私は、泣こうという気にもならない。だから、悲しくも辛くもないはずだ。私は、泣けない」
「泣きなさい」

ジュールの言葉に、トトは首をかしげた。

「涙を凍らせてはいけない」

それでも、トトは泣けなかった。
そのかわり、その場所から動く事もできなかった。
なぜか、もう動けなかった。
歩み出すことも、泣き出すことも、忘れてしまっていた。
「手足が、もう動かないの」
無表情でトトは言った。

「だから、泣きなさい」
もう一度、ジュールは言った。
「凍らせたものを少しずつ溶かしていくように。この腕に寄りかかってもいいから」
それでも、トトは泣けなかった。
しばらく、ジュールの腕に顔を寄せてじっとしていた。

「顔が痛い…」
ポツリとトトは言った。
「身体が痛い・・」

突然、
「私の頭頂を見て!禿げてない?」
と聞いた。
「だい・・じょうぶだと…まて、少し前より…ううん、何でもない」
ジュールは、真面目にトトの髪を掻き分けて見る。
「うふふ…ククク…」
トトは笑った。

そうして、1時間くらいたった頃だろうか。
トトは、突然収穫祭で述べられる神の言葉を唱え始めた。
「私は、み言葉に従って生きようと思っていた」
唱え終わった時、トトはそう言った。
「だが、もうダメだ。私は人を憎む気持ちも、尊厳を壊されてしまう怒りも、それら全てを赦すどころか
どうする事もできない…もう身体が動かない」
「なんでそんなに高いところから人を見たりするんだ。身体が竦んでもおかしくない」
「今日のジュールはサングみたいなことを言うね」
すると、ジュールは事の他、不快そうな顔をしてみせた。
トトは、ジュールのサング的発言に感銘を覚えながらも、柔らかに笑った。

「でも、きっともう少ししたら、大丈夫…私は、理不尽が許せない。常識のない行動も許せない。
あからさまな不正も許せない。でも私は、こんな私が一番許せない…」
「おおよそ、大丈夫だとは思えません…」
「今日のジュールって…」
大真面目な顔のジュールを前に、トトは口元を押さえ、
「本当に面白いね!」
プププ…と笑いを堪えている。

「私は、何もかもを投げ出してしまう事もできるんだよ。未来も…」
トトは、ジュールが考えている以上に自らが抱えている問題を、大きく深刻に捉えていた。
まだ、この時点ではジュールにはその事柄がわからないばかりか、理由さえもわからない。
でも、トトが心の深い部分で絶望しているのは見て取れた。

「未来は、めんどくさい事にそう簡単には投げ出せない。本当に面倒な事に」
ジュールは、言った。
「まるで、今日はサングと話しているようだ」
ジュールは、打ちのめされた感じのトトを目の前に、何も言わずに不快感を押さえ
肩に手を置いて
「今日は、休んだ方がいい」
と促した。




次の日。
アルキュード公は、情報収集に回った。
しかも、人に直接聞くのではなく、臣下たちの集まっていそうなところを探らせるという、機密収集の
本格的な方法で。
その結果わかった事は…。
あるプロジェクトにおいて、国王が酷い侮辱を受けているという報告があった。
一年半ほど前からはじまったもので、その時のトトの様子はジュールも忘れられない。
疲れきっている様子のトトを連れて、気晴らしに遠出したのだが、その中でトトは
「皆に受け入れられようと努力している」と悩みを打ち明けて泣いた。

あの時は、たしか国王の知らないところで指示が通る状況だった…とか。
それが悪化していたのか…。

あの遠出の後、トトはいろいろと愚痴を言ったり、毎日泣いたりしていた。
それが、いつの間にか何も言わなくなり、心の支えを信仰に求めて…。

どうして、トトがそこまでがんばったのか、ジュールにはそのわけがわかっていた。
あのプロジェクトは、イルミーネでは前例がないほど新しい政策の一部であり、国の将来が
左右されるようなものだったのだ。当然、国王たるトトの力量が内外に示される事柄でもあった。
だから、トトは未来・・・という言葉を使ったのだろう。

だが、そんな重要な政策の中身は酷いものだった。
ジュールは、外交の仕事をしているため、内政については通常それほど深くかかわってはいない。
だから、今まで知らなかった。

内側での問題は山済みのままにされ、さらに悪いことに隠蔽されていた。
だが、トトは誰がどのように隠蔽しているのかも知っていた…。
報告書は語る。
国王陛下が、ある問題について指摘した時、某は…
なぜ、国王が携わっていない事実を知っているのか。
言いがかりと決め付けられ、一方の派閥を不当に支持していると非難をあびたのは国王本人。
これにより、国王はこの件に関しての信認権を失う・・。
さらに報告書は続く。
このプロジェクトに関しての資金の流用を知った国王は、理由を問いただした。
かなり厳しいやり取りであったと、付け加えてある。
この資金の使い道については、臣下が一致して決めたものであり、国王分の枠をなくせば
よりよい進行が見込まれると発言があった。

報告書を見るジュールの表情がみるみる歪んでいった。
「なんだこれは!」

報告書は、数十枚にわたっていた。
その中には、国王が臣下に対し、一方的に非難の言葉を浴びせたとの報告もある。
国王の署名ミスが続いたとの文面もあった。
ジュールは、それらを一つ一つ冷静に見ていった。

どれも、拗れ過ぎていた。
同じプロジェクトに向かっている者たちのやり方だとは思えない。
それにしても、はっきりしたのは国王が孤立しているという事実だ。


ジュールは、決意した。



「兄上」
ジュールは、収穫祭の準備をしているトトを呼んだ。
「明日は、いよいよ収穫祭本番なんだよ」
いつもと変わらぬ様子のトトに、少々面食らいながら、ジュールは意を決して言った。
「あのプロジェクトは止めるべきです」
「…そう言われても」
トトが悩むのは当然だったが、ジュールは続けた。
「あのプロジェクトを本当にやり遂げるおつもりがあるのならば、あのメンバーではダメだ。
後々まで問題が残る」
トトは俯いた。
ジュールは全てを知ったのだろう。
「前にも言ったよね。私は負けられないと」
「私も言いました。価値のある敗北もあると」
二人の視線が交差した。
「もう一度、計画を練り直して、メンバーを総入れ替えしないかぎり、あなたの代では変わらない。
そこまで言わせるつもりですか」
「う…」
トトが急に顔を歪めた。
だが、涙は流れなかった。
嗚咽を漏らしながら、トトは・・「私は」「私は」とくり返し唱えた。

ジュールの脳裏に、報告書の事実と、「皆に受け入れられるように努力…」というトトの言葉が交差する。
「厳しい事を言ったと思う。でも、事態がこれからも変わらない場所で一人で戦い続けるのは、無駄だ」

厳しい事を言ったというわりには、さらに厳しい言葉を並べられて、トトは逆に落ち着いたようだった。
急にしゃがみこんだ。
「トト!」
ジュールには、トトが倒れたかに見えたのか、あわてて駆け寄る。

「また、立てなくなって…」
そう言いながら、トトは涙を零した。
「泣かなくても・・」
「ジュールが泣けって言ったんだよ」
涙声でトトが言う。
「そうだった…」
ジュールは、トトを自らの白いローブで包んで、抱きかかえベッドに横にした。

「今日は、どこにも行かなくていいよ」
ジュールは、トトの額をそっと撫でた。
「私は、今日のうちにプロジェクトチームを解散させる」
ぎょっとしたのはジュールだ。
「何も今日のうちとは…」
「私は、決めたら早いんだ」
涙を拭き、トトはさっと飛び起きた。

「気を失いそうな、最後の仕事」


そうして、本当にその日のうちに国王はプロジェクトを解散させた。




そして、収穫祭当日。
ストレスからか体調を崩しかけているトトは、早めに会場を後にした。
だが、前もっていろいろと準備をしておいたおかげで、今回の収穫祭は成功に終わった。
王宮内にて、トトのお菓子隠し作戦も喜ばれたらしい…。

「さぁ、ジュール。私たちの収穫祭だよ」
トトは、私室にジュールを呼んだ。
「ご体調は?」
と心配するジュールに、トトは「たぶん・・・」とだけ言った。

だが、その言葉とは裏腹に国王の私室には、豪勢な食事が並んでいた。

「これを・・・どうしても…」
と言いながら、海老とアボカドのサラダに手をつけるトト。
お腹が減っていたらしい。
だが、二人の定番とも言えるワイン数本空けは、今回ばかりは見送られた。
小瓶を開けて、乾杯。

「ジュール、私には夢があったんだよ」
「どんな?」
ジュールも前日までの緊張した表情ではない。
「もう一度、ジュールとダンスをする事」
「それなら、いつでも…」
ジュールが続きを言う前に、トトが手を取る。

「ねぇ、覚えている?」
「いつのこと?」
「昔、こうしてジュールと初めて踊った時のことを」
「急に逃げられた」
苦笑しながら、ジュールはゆったりと身体を揺らした。
「あの時の事も、私には大事な思い出」
トトは、うっとりとそう言ったが、急に立ちくらんだ。
「兄上!」
ジュールがトトの手をひく。
「大丈夫。もう、あの時みたいに逃げないよ」
「そう…もう離さない」

トトは、自分を支える強い腕の存在を感じた。






「翼を持って、飛ぶ鳥は…」
トトが気がつくと、ジュールが朝靄を眺めていた。
「地面に穴を掘るのは苦手」
「なにそれ?」
トトもうっすらとした外も景色を見つめながら、布団をかけ直した。
「嘴では、地面に開けられる穴は小さいって事。私もあなたもね」
「ふぅん・・・」
「だから、羽ばたいてごらん。皆が心配しても、そこがあなたの生きる場所」

もう一度、眠りにつく時トトは、とても広い世界を飛んでいる夢を見た。
怖いけれど、とても爽快な気分を感じていた。

それでも、目覚めたら暖かい腕がきっとそばにある…。

そんな予感を感じながら。

END

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