-あの二人はデキてるから…-
その場所には似つかわしくない噂をされている二人組がいた。
SSGの寮内。
彼ら、SSG(スペース・セイフティ・ガード)は地球内にやってくる宇宙生物のごたごたを、秘密裏に処理する組織である。
その任務は敵対宇宙人に狙われる友好的な宇宙人の保護から、凶悪宇宙人の撃退、未知なる力や知識を利己的に使おうとする地球人への牽制等、幅広い。
それらの任務を最前線で行うのが、実働部隊である。
実働部隊もその任務によって2つに分かれている。
1つは、地球内で敵対宇宙人に狙われている友好的な種族を守る任務についている
“ガード”
彼らは、単独、もしくは3人ほどで対象を守っている。
そして、もう一つは軍隊のように6つに分けられた戦闘部隊。
彼らは各部隊につき数十人で行動をしていて、主な任務は凶悪宇宙人の撃退、そして彼らと手を結んだ地球人への(生殺与奪権も与えられた上での)対処だ。
“ガード”が守りなら、“戦闘部隊員”は攻撃を担っている。
SSG内の寮は戦闘部隊員の入居率が高い。
戦闘部隊員は、ガードのように対象物に張り付いている必要性はなく、任務があれば直接SSGの基地から現場に向かう事となっている。
「おかえり!」
今日は、第3部隊が出動していた。
対象の宇宙生物が、何度も当たった事のある知能も戦闘力も低い生物だったため、誰一人の犠牲者もなく、全員無事に帰還。
「今回は、それほどでもなかったよ」
「だからって気ぃ抜くなよ」
寮に戻ってきた仲間たちを他部隊のメンバーが迎える。
その中で、一人で黙って部屋に戻っていく者がいた。
「あ、彩!」
気づいた一人が、すぐさまその影を追う。
「あーあ、またかよ」
「あいかわらず仲いいねぇ、あいつら」
「同じ部屋にいるんだろ、もうデキてるんじゃねぇ」
「…いや、そんなの基本だろ」
第3部隊に留まらず、当たり前のように寮内で言われている事。
“リュー・ウェンと彩はデキている”
だが、その噂をビジュアルで想像して楽しいかどうかは別だった。
リュー・ウェンは青空の下、工事現場で働いている若者…という印象がぴったりの青年だった。
東南アジア系の彼は、小麦色に焼けた肌と真っ黒い大きな瞳をしていて、たしかに、時折その顔全体に浮かぶ笑顔は魅力的だったが、真っ白い歯をむき出しにして大きな口を横に開くさまは、二枚目ではなく三枚目のほうがあっていた。
一方、彩のほうもここに来た当初こそ、「日本人形のような繊細な美人」といわれていたが、しばらくすると、その黒檀のようなつややかな黒髪をピンク色に染め上げた事で、美人度を下げた。さらに、ピンク色の髪の男がSSG内にも他にいる事を知ると、気を使ったのだろうか、髪を水色に染め直した。
その後も、金、白、紫、赤、緑と髪の色は変化し、今はその後遺症でぼろぼろの髪を伸ばし放題にしているという始末だ。
さらに彼は、着るものには髪ほどの気を使っていなかった。
スーパーの投げ売りセールで買えるような、黒いシャツ(アイロンをかけた風もない)、黒いGパンをはいていた。何着持っているのかは誰も知らないが、少なくとも彼の普段着はいつもそれだった。
二人は一体、お互いのどこに惹かれているのだろう?
誰もがそれを疑問に思っていたが、二人が異常とも言えるほど仲がいいのも事実で…。
二人が廊下から消えた後
「彩、今回疲れてるからな。発見したブツのうち1頭をほとんど一人で捌いていたから」
と誰かが言った。
「じゃあ、リューはお預けだな。可哀想に」
「ん?リューは下なのか?」
いつも話題に上がる疑惑。
「え、オレは彩が下だと思っていたぜ」
「そんなもんか?」
ちょうど話が盛り上がってきた時
「もう就寝時間だろう!」
鋭い声が響いた。
泣く子も黙るSSG長官のリヒャルトだ。
「「はいっ!」」
隊員達は、いさぎよく返事をして各自部屋に入った。
そして、そこにいた全員がドアを閉める瞬間、同じことを考えた。
-もしあの二人のどちらかが、リヒャルト長官のように
“仕事ぶりも人格も、男が惚れ惚れするような男であり、禁欲的かつ思わず誰もが振り返ってしまうほどのフェロモンを撒き散らしている美人”
だったら、なんの疑問も沸かないだろうに-
…と。
一方。
一足早く自室に戻ったリューは、共有スペースに置いてあるこたつに入って巨大な本をめくっている同居人に声をかけた。
「彩、さっきは…」
途端、
「なんでこんなにデカいんだー!!」
こたつに入っている彩が叫んだ。
「な、なにが????」
思わず反射的に身構えるリューに、彩は手にした本を見せつけた。
「は、は??」
「見ればわかるだろう、春画というやつだよ」
“シュンガ”
聞いた事ある。たしか、昔の日本の性風俗画だ。
「主張したい事はわかるが、こんなにデカいなんて思われたら男の沽券に関わる!」
「こ、股間・・?」
「よく言った!えらいぞ、きみ!」
彩は、パン!と手を叩き、うはっ!と笑った。
「・・・・さっき皆がいたから、少しは話せばよかったのに」
リューの言葉に、彩はきらりと黒い瞳を光らせて
「きみねぇ。僕とマンゴーを比べてマンゴーを取ったことのあるきみが、僕が知り合いとエロ本を比べて後者を取る事を選択ミスだというのはどうかと思うね」
「…まぁいいや」
リューは溜息をついた。
同居人の変人ぶりは今に始まった事じゃない。
初めて見たときは、繊細で神経質そうな日本美人だと思ったものだ。
艶々とした黒髪、切れ長の黒い瞳、輪郭も鼻梁も唇も線で書いたように細かった。
こんな壊れてしまいそうな男と仕事をするのか…との思考は、さらに同室という現実に直面した。
-どうする-
ここは、男だけの軍隊のような世界だ。
このおとなしそうな同居人は、もしかしたら猛者に食われてしまうかもしれない。
そういった模様は、自身が軍隊で見てきた。
-こいつを守らなければ-
浮かんだ感情は、自分でもよくわからない。
それから数日しても同居人は黙っていた。
無口そうな不器用そうな…そんな印象。
おとなしく日本茶を飲んでいる時だけ、ほっとした顔を見せる。
-あの頃は、綺麗だと見とれていたはず…-
「髪に、トリートメントをしたほうがいい気がする」
過去、見とれていた黒髪は無残に千切れ、モップのブラシのようになってしまった。
対する彩の返事は残酷なものだった。
「僕は、もう少ししたら丸刈りにするつもりだ。頭にタトゥーを入れてピアスをする計画をたてている」
「やりすぎだろ!!」
「一生に一度は楽しみたいものだ」
彩は、赤い唇をニヤリとさせた。
「一生に一度の楽しみを何度やったら気がすむ。頭を七色に染めたところで十分じゃないのか」
「その結果がこれだ。もう一度楽しめという天の啓示に違いない」
「丸刈りになったら、絶交するぞ」
リューは、5%くらい本気だった。残りの95%は誤魔化しだったが。
だが、彩は…
「ま、まってくれ、丸刈りにはしない」
と真っ青になって首を振った。
そして、こたつぶとんに顔を埋めて
「僕は、この生活が気に入っている…」
と言った。
その後
「きみは、髪フェチなのか?」
などと聞いてリューが茶を噴出すまで、こたつで古典的なエロ本を真面目に読んでいた。
隣のベッドで、彩が目を閉じている。
だが、きっと寝ていないのだろう。
リューは、彩が見かけと同じくらい神経質な事も知っていた。
“リューの寝息が聞こえないと眠れない”
と前に言っていた。
-彩とはどうだ?うまくいっているか?-
ニヤニヤして聞く同僚の声を思い出す。
-デキてんだろ、あいつら-
噂が広がるごとに、否定して回っていた。
だが、普段の自分のキャラクター性からして、信じてもらえなかったらしい。
-冗談だろ?-
ギャグを言うのも、ムードメーカーでいようとするのも、まわりに気を使っているからなのだ。
-なんで誰もわかってくれないんだ、ちくしょー!-
「眠れないのか」
彩が目を閉じたまま、聞いた。
「そうだよ、でも、もう寝る」
「おやすみ」
彩は、こちらが眠らないと眠れない…。
意地でも寝なければならない。
「昨日は激しかったなぁ」
リューは食堂で同僚から声をかけられた。
「なんの話だ?」
「…ふふふ…誤魔化すなよ」
「は?」
「彩が“デカい”って言ってたの聞こえたんだぞ」
ぞろぞろと人が集まってきた。
「そんなにデカかったの、おまえ??」
「~~~」
これだから、男だけの集団はっ!!
「あれは、彩の本の内容だ!」
「またまた、バレバレの嘘つくなよっ!」
「嘘じゃねーって!」
そんな時、ちょうど疑惑の人物が通り過ぎた。
「あれ、彩だぜ」
妙にへっぴり腰をしている彼は、腰をさすりながら朝食のプレートを手にする。
「彩、大丈夫か?どうした?」
そういえば、朝起きた時からふらついていた。
彩は振り返るなりリューに向かって言った。
「すまない、昨日ヤリすぎた」
「…」
当然、この発言はまわりも聞いていたわけで…。
「ジャスト…タイミング…」
思わず、リューはそう言ってしまった。
とんでもなく、嫌なタイミングだ。
呆けたような顔の彩の腕をひっぱり、遠くのテーブルに移動しようとするリューの背中に野次が飛ぶ。
「せめて任務には差し支えない程度になー!」
「何を、どう、やり過ぎんたんだよ!?」
テーブルについたリューは、こそこそと彩に聞いた。
「昨日、ずっと例の本を読んでいただろう。同じ姿勢で座りっぱなしでケツを痛めてしまった」
「そうなのか…なんだよ、チッ!」
「そんな不機嫌そうな顔をされても…僕は、あんな夜が何度も続いたら痔になってしまう!」
じゃあ、ドーナツ型のクッションを買えばいい…という前に、まわりの目がこちらに集中しているのに気づいた。
「なんだ、やっぱリューが上なのか」
「賭けはオレの勝ちだな」
「オレはてっきり彩が上なのかと…」
口々に聞こえてくるギャラリーの声。
「てめぇら、人を賭けに使ってんじゃねぇ!!」
リューはその場にあったものを手につかんで投げつけた。
それが、皿やフォークだったらこの発言は本気に取られていたかもしれない。
散らばったのはレンズ豆。
サラダの上に乗っていたものだ。
「クソっ!どこまでもギャグにしかならねぇ!」
リューの素直といえば素直すぎる発言に周りに失笑が漏れる。
ところが、笑い声の打ち消すような声がした。
「何をしている!」
リヒャルト長官だ。
[-食事の時は静かに-]という張り紙の前に立ち、こちらを睨んでいる。
朝から見とれるほどキチンと黒い軍服を着こなしているその姿に隙はない。
だが、その背後から、禁欲的な長官とは真逆の服装の男が現われた。
黒いスパッツに、ビーチサンダル。上半身は…何も着ていない。
「痴情のもつれってやつぅ??」
半裸のデカい男は、ファンシーなピンク色の長髪をかきあげながら、楽しそうにまわりを見回した。
「いいなぁ、冷やかしなんて。冷やかしは、当人達を燃え上がらせるだけだぜ~」
そう言って、リヒャルトを後ろから抱く。
「ひゃっ…!やめろRQ!」
予想外の人物の登場と行動に、リヒャルトの鉄面皮が崩れた。
まわりのギャラリーの顔が引き攣っている中、完全に頭に血が昇っているリューは二人を指差して、叫んだ。
「ほら見ろ!あれが本物だ!」
「あははははは~~!!!」
さっきから彩の笑いは止まらない。
文字通り、腹をよじらせて笑っている。
「リュー…きみは本当に面白いなぁ!」
「…だってさぁ!」
「リヒャルト長官の氷の美貌にヒビが入っていたぞ!」
「・・・・オレだって、言った後ビビッたさ」
あの後、リューの言葉に舞い上がったRQが、本当に舞い上がって食堂の天井に穴を開けなければ、懲罰房に入っていたのはリューの方だっただろう。
「それにしても、僕達がデキているとは、話が出来すぎだなぁ」
「よく言うぜ、物好きにもほどがある」
相当呆れ果てている様子のリューとは対象的に、彩は楽しそうにニヤリと笑った。
「面白い。この際、それで通してみるか」
「やだね!オレは。冗談じゃない」
「真面目に否定する事もないだろう。そういう関係ってのもロマンチックだ」
「RQみたいな事いうなよ。ともかくおまえがよくてもオレが嫌なんだ」
彩は「なんだつまらない」と呟き、「年下の男の子特集」という雑誌を開いた。
「なんだ、おまえ年下趣味か?」
「ついでにいえば、年下は男じゃなければ萌えない」
「物好きだな」
彩の不思議な性的嗜好は知っていたが、ここまで直接的に言われたのは初めてだった。
「じゃ何か、年上は女がいいと?」
「まぁな。これだけはどうしようもない。好みだ」
「へぇ」
彩がバイセクシャルでも、別にどうという感想はなかった…が。
「僕はほとんどの男に対して上のほうが好みだが、きみが相手なら下だな」
などと言い出したので、リューは慌てて
「オレは、おまえと上下の関係にはなりたくない!」
と叫んだ。
「なんだ、残念」
彩はまたそう言い、こたつにのっそりと横になって「年下の男の子特集」をほおり投げ、かわりに「毛全集」という分厚い本を開いた。「占い師の兎兎に借りたんだ」と呟きながら…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時々、彩という人物がわからなくなる。
繊細なのか、図太いのか、神経質なのか。
でも、気が合うのも確かなのだ。
鏡に自分の顔を映しながら、リューは過去の出来事を思い出していた。
ここに来てしばらくしたある日、先輩たちに悪ふざけを強要されたオレは、デザートのメロンにマヨネーズをかけて食べる羽目になったのだが…。
「なんて素敵なんだ、きみは!」
寄ってくるなり、メロンに・・・よりによってマスタードを塗りつけていた彩が忘れられない。
まるで宝物を発見したような眼差しで。
メロンにマヨネーズは実験的な取り合わせだったが、なかなかいけた。
悪ふざけを強要されてはいたものの、実際に興味があったのも確かなわけで…。
(でなければ、どんな喧嘩を買ってでもやりはしなかった)
“もしかして気が合いそうかも!”
なんて、その時に感じた。
それにしても・・・・だ。
物静かで、繊細で神経質で不器用な日本美人は、同室になってお互いをさらけ出せるようになってから、急激に変人ぶりを増した。
だが、あいかわらずまわりの連中は、彩の見かけ以上の変人ぶりには気づいていない。
彼は「ちょっと個性的だけれど、おとなしくて、人付き合いがうまくなさそう…でも一匹狼ってほどの牙もない、孤独を愛する男」として一般的に評価されているようである。
そして、この鏡に映る男とデキていると思われている…。
「はぁ…」
リューは自身を見て溜息をついた。
「このオレとねぇ」
すると、共有スペースから「うわっお!」と彩の叫び声が聞こえた。
「どうした!」
「僕の足が気がつかないうちに、火傷を負っているんだ!」
彩の足の小指が赤く腫れている。
「さてはこたつでうとうとしてただろ。冷やしてやるから、あっと…薬も」
言った途端、リューははっとした。
彩も気がついたらしい。恐ろしく真剣な眼差しで、リューを捉える。
「見たのか…」
「い、いや…」
「もう一度聞く。見てないな!」
「み、見たところで…」
「見てないな!」
どうしてそこまで寝顔を見られることを嫌うのか。
そこまで変な寝顔なのか、それとも人間を信用していないのだろうか。
前者ならまだ救いようがある。しかし後者だとしたら…。
「見てないよ」
リューは答えた。
「…ならいい」
そう言いながらも彩の表情は不安と疑念に捕らわれている。
「オレはもう寝るから、すぐに寝ることもできるぞ」
「うん」
リューはベッドに入った。
しばらくして、彩がベッドに入る音が聞こえた。
-まだ、信じてもらえてないのかな…-
リューの心に一抹の不安が過ぎる。
-だが、こちらの姿が見えないとはいえ、オレが部屋にいる時、あいつは寝ていたのだ-
わずかなプラス思考が芽生えた。
-それに、あいつの本性を知っているのもきっとオレだけなんだろうな-
そう思うと、妙に心が弾んだ。
この感情が、どんなものかはリュー自身にもわからない。
続く

