「あー今日も疲れたな。たまには風呂でも入るか!」
汗だくの身体をタオルで拭きながら、ふと考えた。
日頃、シャワーを浴びるのが普通になっている。
一応、事務所兼住居として借りているアパートにはバスタブもあることだし。
帰宅後。
バスタブを覗いたら、案の定、湯が入っていた。
「なんだ、あいつ気が利くじゃないか!」
手で温度を調べてから、バスタブにザブンと漬かる。
ちょうどいい湯加減だ。
もう少ししたら、身体がじんわり熱くなってくるはず・・・。
ところが、その瞬間はいつまでたっても訪れない。
それどころか、
「寒いっ!!」
湯は熱いのに、なぜ???
そういえば、湯から妙な匂いが漂っている。
「これは、ミント?」
少し湯から出てみると、空気に触れたそばから肌が凍りつきそうだ。
こんなことをやる奴は一人しかいない。
オレは寒さに震えながら、弟の名前を叫んだ。
「ミラーーーーーーーー!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はーい、兄さん!お呼びデスかぁ~」
ごっきげんな声で、ミラーは脱衣所に現れた。
「なんだ、この風呂はっ!」
「うわぁ、さすが兄さんだ!ミラー君お手製の”びっくりどっきり風呂”にいち早く入るなんて!」
「家で妙な実験するなって、いつも言ってるだろ!」
「それより、寒かった?ねぇ、寒かったでしょ?」
「凍えそうだ・・・」
「やったー!実験大成功!」
ポコン♪
軽くミラーの頭を叩く。
「もう二度とこんなことするんじゃないぞ!いくつ命があっても足りそうにない・・・」
「大丈夫、そうしたら、いつの間にか3人目の兄さんが現れて言うんだ。
”オレは3人目だから”って寂しそうな瞳でさ!」
「オレはまだ1人目だぞ・・・」
ミラーは天才的なマッドサイエンティストであると同時に、日本のアニメオタクでもある。
2人目はどこへ消えたとか、突っ込む気にもなれない。
「ところでね、これから来客がくるんだけど、さっきの”びっくりどっきり風呂”はその人のアイデアなんだよ」
「・・・兄さんいつも友達は選べって・・・」
そうこうしているうちに、ベルが鳴った。
「やぁ!お待ちしてました」
「おひさしぶりだね、ミラー君」
ドアの前で、ミラーにハグしている人物には見覚えがある。
「兄さんも会ったことあるよね。ユウさん」
「ジャン、おひさしぶり」
ユウはこちらにも手を差し出してきた。
男にしては長めの黒髪の東洋人だ。
穏やかなアルカイックスマイルには、確かに見覚えがある。
ボストンで探偵事務所を営んでいるとかいう、蓮実祐介という人物だった。
「・・・たしか、月に行く前に一度会った記憶が」
「そう。あの時は、私に用が入っていて残念ながらお供できなかったけど」
ずいぶん前に、あるお宝が月に眠っているとかで協力したことがある。
途端に、背筋にぞっとするものを感じた。
そうだ!あの時、頭文字が”S”という団体に関わっていたのだ。
それからも”S”という団体に仕事を依頼されることは数回あったが、毎回ろくな目にあわない。
今回も”S”がらみかっ!!
そう思った瞬間、轟音とともにドアが吹き飛んで、ピンク色の髪の男が目の前を横切っていった。
「きみは足が速いな。ユウ」
「それほどでも。長官さん」
「で、でたーーー!!」
粉塵の中から現れた黒髪の男こそ、”S”の責任者だ。
「SSGの猫長官登場!そして、僕たちは無敵のトレジャーハンターJ&M!」
吹き飛ばされたドアの前で、ビシッとポーズを決めるミラー。
”スペース・セイフティ・ガード”。
略して、”SSG”と呼ばれる宇宙人とかのごたごたを片付ける国際的秘密機関だ。
やっていることはまともじゃないが、所属している人物たちもまともじゃない。
「おはようございます。今回もJ&Mに仕事の依頼にきた。受けてくれるな」
丁寧な挨拶をしながらも命令口調で、こちらにビシッと鋼鉄の鞭を向けるリヒャルト長官。
彼の鋼鉄の鞭は何者をも切り裂く威力がある。
この姿勢だと依頼というより、脅しに近い。
「うん、もちろんだよ。猫長官!」
ミラーが素直に頷く。
ミラーがリヒャルトを猫と呼ぶのは、単純にリヒャルトが猫に似ているからだった。
「では、ユウから説明をしてもらおう」
「実は、私がやっている仕事で”ある依頼”を受けてね・・」
ある日、ユウの探偵事務所に老人が一人現れた。
一見ホームレスかと間違えるほどの貧しい身なりだったが、顔つきは只者ではなかった。
「私はとても不思議な気持ちになったよ。まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのような錯覚さえ覚えて・・・」
ユウは遠くを見つめた。
そして、ぽつりと、あの老人はどこか義弟に似ている…と意味もなく笑いながら、話を続けた。
その老人は、名乗りもしないうちに仕事を依頼してきたのだった。
”とても大事なものを盗まれてしまった。
その宝物は、今は盗人によってある場所に保管されている。
どうしてもそれを取り返してほしい”
用件のみを伝えて、老人は立ち去った。
「せめて名前だけでも聞こうと、老人が出て行ったドアを開けて通路を見たんだけど、もうそこには誰もいなかった・・・」
それから、しばらく沈黙が続いた。
「・・・それって、俺たちの仕事か?」
その一言があるまでは。

