-不慮の怪我-

イルミーネ国の物語

午前中から猛烈にイライラしながら、トトは夕方まで過ごした。

それというのも・・・

「イルミーネ商店街のテーマ創り」

トトが新聞で、このコンクールの存在を知ったとき、締め切りまで1日と数時間だった。
イルミーネ国の商店街をイメージしたイラスト付きロゴを作成するという、町興しの一環だった。
トトは、国王でありながらこうしたイベントに参加するのが大好きで、匿名でよく投稿していたのだ。
今回も、ぜひとも参加しようと思っていた。

だが、いかんせん時間がなさ過ぎる。
しかし、トトは持ち前のやる気でもって、会議の合間に短時間でそれを仕上げた。
何も考えずに、自分を信じるしかない・・・。

ところが、その日の夕刊にて通過したデザインの一覧を見たトトは驚愕した。

「入っていない!かすってもいない!!」

短時間で仕上げたとはいえ、それなりに自信があったものだから、トトのショックは想像以上であった。

「これは、なにかの間違いなんだ」

国王トトのデザインは、公式の書類でも採用されている。
それだけに、打ち砕かれた自信。

「き、きっと・・・もう少ししたら私のが上がってくるに違いない。明日になったら・・・せめて当選候補くらいには・・・」

トトは、国王であるということ以上に、自分がアーティストであることを重要視していた。
国王は生まれでなるものだが、アーティストはトト本人の適正だったからだ。

当選の結果および当選候補は、次の日の朝刊に載る予定だ。



・・・・・・


トトは、結果が待ちきれなくて、街に下りた。
もうどうしていいかわからなくて、じっとしていられなかった。

しばらく意味もなく歩いていると、道の向こうから声をかけられた。

「これは、ひさしぶり!」

バストール国のカルパッチョの店で何度か会ったことのある人だ。
しかし、前にあったのは1年以上前か。
どうやら、ジュールと一緒に行ったときのことを覚えていてくれたらしい。
カルパッチョのお店は、王弟ジュールの実家のようなところだ。
夜になるといつも、お酒が好きな連中が集まってくる楽しいお店だった。
彼もその中の一人だった。

「少し前に病気をして、あの店には行っていなかったのだけど、元気かい?」
「え、ええ」

この人がイルミーネにいるとは知らなかった。
トトは、イルミーネ国内では庶民にまぎれてお忍びの格好だが、バストール国ではそんなことも気にしない。なにしろ、あの国は国王そのものが街でよく遊んでいるのだ。
誰も、王様がどうとか気にしない過ごしやすい場所なのだった。
この人も、きっと私が王様とか気にしてないんだろうな・・・。

トトはそう思って口をきくことにした。

「僕は、もう一杯やってきてしまったのだけど、これからもう一件付き合わないかい?」
「はぁ」

この人は、前に会った時もお酒を飲んでいたが、全然酔っていなかった。
もともとお酒が強いんだろう。変な酔いかたはしない人だし、楽しくお食事することができる。
だが、私には”あの作品に変わる何かを作らなくては”という焦りがある。
何をしたらいいのかわからないし、何も考えられないんだけど・・・
この屈辱を拭い去るのは、もう一度挑むことしかない。

「少しなら・・・」



・・・・



「・・・大丈夫」

ワインはグラス1/3ほど飲んだ。
そんなに飲んでない。それほど、酔ってもない。
たくさん食事もして、お腹も満足だ。
久々に楽しかった。

でも、作品のことは忘れられない。
早く帰りたい。
そうして、新たなイベントを探して投稿しないと!

気を取り直して、トトは早足でイルミーネの塔の城を目指していた。
こうして、軽く走っていると気分が軽くなる。

「よーし、新たにやる気を出してがんばるぞぉー!!」

今の私は一流のアーティストであり、やる気も十分!
もういいことしか起こる気がしない。

やがて景色が開けてきて、町外れにやってきた。
向こうに塔の城が見える。

ここから階段を下って・・・。


「今の私を止められるものなんか何もない!私は今、飛ぶ鳥!!」


トトは、弾みをつけて階段を駆け下ろうとした。

ところが。

ものすごい勢いで駆け下っていたら、スピードが止まらなくなってしまった。

「え、ええ??!!」

知らず知らずのうちに身体は前のめりになり・・・。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」




その頃、王弟のアルキュード公ジュールは、国王の部屋に向かっていた。
時刻は8時過ぎ。
そんなに遅くない時間だ。

ちょうどその時、セバスチャン・デティオールとリーチェ公夫人が連れ立ってやってきた。
二人は、国王に書類を持ってきたのだった。
偶然、そのためだけに居合わせただけだ。

ジュールもそれがわかって、にこやかに国王の私室のドアの前で挨拶をした。

3人がちょうど揃ったところで、廊下の向こうからズズッっと何かを引きずるような音が近づいてきた。

「なんでしょうか?」

それはどんどん近づいてくる。

「不審な者では?」

リーチェ公夫人が眉を顰めたとき、それは姿を現した。
ボタボタを血を流しながら、這うようにこっちへ近づいてくる。

「!?」

それが、3人の前でがばっと顔を上げた時、リーチェ公夫人は声もなく卒倒し、セバスチャンは、やはり声もなく口をあんぐりと開けて、ジュールは・・・

「兄上っーーー!!!」

「わ、わ・・・ふぁし・・・転んでしまった・・みたい」




トトは夜中に目覚めた。

なぜか、前歯が痛い。
トイレに行こうと起き上がって、洗面所で鏡を見た時だった。

「・・・!」

これは夢だ。
悪い夢だ!

トトの顔は傷だらけだった。
頬と鼻は擦りむけて、大げさに赤く腫れている。
前歯は一本完全に半分にへし折れており、顎に当てられたガーゼが真っ赤に染まっている。

いつも紅色をしている頬も、きめ細やかだと褒められたミルク色の肌も、台無し。

赤鼻をぶら下げて、歯っ欠けの口。
ただの「変なおじさん」
と化している自分の顔をしげしげと見つめているうちに、 昨夜の出来事が甦ってきた。

・・・

階段から踏み外して、前のめりにつんのめり、顔から落ちた。
そのまま、ごろごろと何段か転げ落っこちた。

何回転したのかもよく覚えていない。

ただ、すごい衝撃が自分の身体を襲ったと把握した後、顔を上げて、
「死んでない!」と強く思ったのだった。
ともかく、どこかを強く打ったのはたしかだ。

バッグを抱えて、よろよろと起き上がり、歩いてここまで帰ってきた。
その道中については、全然思い出せない。

城に帰ったら、セバスチャンとリーチェ公夫人が立っていた。
そして、ジュールが悲鳴を上げた。

「どうしてこんな目に!誰かに暴行を受けたのか!」

ジュールがあわててガーゼを持ってきて、顎に当ててくれたのは覚えている。

「陛下、犯人の顔は?」

セバスチャンがずいっと進み出た。

「ころんじゃったのかな?も・・よくわからない」


そこから記憶が飛んでいる。


気がついたら、ベッドの上だったのだ。
どうやら、シャワーを浴びたらしい。
顔も髪も綺麗になっている。

そして、隣を見たらジュールが横になっていた。

「大丈夫?」

寝ていなかったらしい。
思い出してみると、昨夜は服を着たまま、身体を洗い流してくれたのだった。
その時、珍しく声を荒げたジュールは、トトを叱り飛ばした。

「どうして、こんな怪我をしたんだ!」
「ちゃんと考えて行動を・・!」

終始無言でぼんやりと立っているトトの血にまみれた身体を拭いてくれたのだった。




「ごめんなさい、よく思い出せないんだ。私は階段で転んだのは覚えているんだけど・・・」
「私が着いていてあげればよかった・・・」

ジュールは昨夜とは違って、静かな声で言った。

「酷い怪我だ」

まさか「私は飛ぶ鳥!」とか思って、舞うように階段を駆け下りていたら、こんな惨状に・・・なんて言えない。




「今日は、歯科医に行かなければなりません」

ジュールは言った。
歯科は王宮に呼べないので、こちらから訪ねていかなければならないのだ。

トトの折れた歯は酷いことになっていた。
神経が飛び出して剥き出しになっていたので、まずは神経を抜いた。
これで、痛みは軽減されたはずだ。
しばらくすれば、差し歯も出来てくるだろう。

次に、ぱっくりと切れた顎を治療することに。
これも、設備の関係で個人医院に赴いたトトだったが、お隣で泣いている2歳くらいの男の子を見て、神妙な顔をした。
彼は、トトと同じように顎にガーゼを当てられていたからだ。

そして、彼が入っていった病室からは劈くような悲鳴と泣き声が聞こえた。

「・・・消毒しているだけですよ。大丈夫です」
真っ青な顔をして震え上がっているトトの横で、冷静な面持ちのジュール。
そういえば、ジュールは医学を学んでいたのだった。

続いて、トトの番になった。

「これは酷いですね。傷口を開いて洗って消毒します。少し痛いと思いますが・・」

トトを診察した医師は、静かに言った。

”私は我慢できる!あの子に大人の余裕というものを見せてやる!”

先に泣かれてしまったせいで、トトの中に変な根性が腰を下ろしていた。
(あの子がいなければ、泣き喚いていたのはトトだったのだ)
そうして、治療が始まった。
初めは、顎以外の部分を洗って消毒。
思ったよりも沁みなかった。

そして、顎の治療に移った。
トトはベッドに寝かされて、身動きできない状態にさせられた。

「痛いですよ」

そんなことは言わなくてもいい!!
気を使ってくれた看護士の発言に、トトは叫びそうになった。
傷を洗われた後、消毒薬をつけた脱脂綿を傷口に入れられて、グリグリと動かされる。

「痛いですね??」

再びの看護士の気を使った発言だったが、トトはそれどころではなかった。

”当たり前のことをほざいてんじゃねぇ!てめぇ!!”

理性がぶっ飛ぶほどの痛みに、危うく二重人格になりかけながらも、”大人の余裕”を気取るために
「多少は・・・でも大丈夫です」

などと答えた。


念のためにレントゲンを撮った後、トトはまたあの男の子に遭遇した。
また、泣いていた。

「あれは泣くよ・・・」
「まぁ、小さい子は血を見ただけでも泣きますからね」
「そんなもんじゃないよ!あの痛みは酷い。私だって、あの子がいなかったら、泣き喚きながらこの辺を走り逃げまわっていただろう」
「・・・」

もろにその光景が想像できて、ため息をつくジュール。
もし、兄がそんなことになったら、謝るのは私なのだ・・・。



痛み止めと化膿止めをもらい、帰路についた二人。

「本当にごめんなさい」

トトは、道すがら謝った。

「こんなに迷惑をかけてしまった。心配も・・・」
「ふー」

ジュールはしかたなさそうに下を向いた。

「どうして階段を飛ぼうとしたのかは知らないけど、あなたは転びやすいのだから気をつけないと。この前も王宮の階段から落ちたばかりではないですか」
「・・・私がコンクールに参加していたのは知っているでしょ。なんか焦っていたんだよ。いろんなものが頭の中を駆け巡って、走り出さずにはいられなくて・・・」

「走りだす前に、よく足元を見てくださいよ・・・」
「う、うん」

そういえば、今日の会議は延期になった。
その他にも、トトの怪我のせいで、多くの予定が変更になった。

私は、どこか浮き足立っていたのだろうか・・・。


・・・・

王宮に帰って、新聞を見てみると、やはりトトの作品は載っていなかった。

「残念だったけど、また次回がんばればいいよ、ね」

ジュールはそう言ったが、トトはしばらくぼんやりとしていた。

「私のやり方って、余裕を残さないといけないみたい」
「何に焦っていたのかは知らないけど、焦る必要なんかなかったのに?」
「どうしてか、すごく焦ることがあるんだけど、そういう時ってろくな結果にならないから・・・もう少し落ち着くことにする」

トトは、黙って目を閉じた。
傷の痛みも薬で軽減しているから、今日は眠れるだろう。




それからしばらくして・・・。

「おおっ!!」

早朝からトトの叫び声がした。
また寝ていたジュールは、その声で飛び起きる。

「また、兄上が何か!?」

身体を起こしたジュールの目には、新聞を広げているトトの姿。

「もう一つのコンクールで私の作品が、佳作に選ばれたんだよっ!!」

興奮ぎみにそう言った後、トトは静かに息をついて言った。

「ううん。嬉しいけど、まだ私は駆け出しだから・・・いい勉強をさせてもらったと思おう」



どうやら、例の怪我はトトに沈着というものを学ばせたらしい。
相変わらず歯が欠けたままのトトだったが、差し歯が入る頃まで、このくらい落ち着いていてほしいものだ。
ジュールは、困ったような笑みを浮かべていた。

END

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