それは、大変寒い12月の夜の事。
SSG内の長官室にて、リヒャルトはじっと書類を見つめ、考え込んでいるようであった。
「もちろん、出張にはオレを同行するんだろ?」
「おまえの意見など聞いていない」
同じく部屋にいるピンク色の髪の大男に鋭い言葉を浴びせながら、彼はふと顔をあげた。
「なぜ、キサマがここにいるっ!!」
その後は…ご想像におまかせしよう。
ところで、次の日。
「ええー!なんで私なんだい??」
SSGの中にある占い部屋。
通称「兎兎ちゃまのお部屋」で、占い師兎兎は悲鳴をあげた。
手にしたチョコミントクッキーがポロリと床に落ちる。
怪しげな水晶球を置いたテーブルの向かいに座って、リヒャルトは静かな声で言った。
「頼む…おまえにしか頼めない」
「…なんでだよぉ??」
口を尖らせ反論しようとする兎兎に、さらに畳み掛ける様に
「私が代理を頼めるものは、おまえしかいない。実は一人候補がいたのだが、
残念ながら、彼は自分の任務で手が離せないと返信が帰ってきた」
「ふーん」
たぶんリヒャルトが考えた人物は、少し前にSSGに迷い込んだ猫耳をつけた黒髪の男の事だろう。部外者ながらもずいぶんと信頼していたようだった。
「中の戦闘員から選出しようとすれば…」
「争いが起きるかもしれない。なんと言っても、ここは実力勝負の世界ですからね」
兎兎の背後から金色の大きな影が現れた。
「その通りだ」
「だからと言って、なぜ兄上なのですか?他にも非戦闘員はいるでしょう」
アイスブルーの瞳をキラリと光らせながら、兎兎の弟であり、機械部部長の潤一はリヒャルトに問うた。
「ドクターに代理を任せろとでも?」
医学博士コッペリウスは、大変優秀な人物だが、彼は人間と話すよりも骨格標本と話すほうが好きという男なのだ。
さすがに、リヒャルトの選出基準からは外れていたらしい。
「まぁ、情報部のマックスもダメですね。暇がない」
ふと思い出したように潤一が呟いた。
もし、ここにマクシミリアンことマックスがいたら「それは一体誰のせいだ!」と言っていただろう。
マックスを暇なしにしているのは、他ならぬ潤一が遊び半分で作成したコンピューターウイルスが原因なのだから。
「なぜ私が選出から外れたのかは聞きませんよ」
「そのほうがいいだろう」
「ジュージュなんかに頼んだら、条件は?とかなんとかかんとかめんどくさいからだよ」
兎兎がポツリという。
それに、仮に兎兎が長官代理になったなら、その選出に有無を言わせない力を持つのは潤一くらいしかいなかったからだ。
「しかし、兄を長官代理にするには一つ条件があります!」
ほら出た!と兎兎がクリクリと瞳を動かした。
「なんだ?」
「あのピンク男を貴方に同行させる事」
潤一の出した条件に、リヒャルトは思わず立ち上がった。
「ふざけるな!これは国家間の大事な会議なのだ。あんな男を連れて行けるか!」
「腐っ…ツンデレ☆」
部屋の外をドクター・コッペリウスが骨とともに通り過ぎたようだ。
「・・・・」
「・・・・」
「…と、ともかく!あんな奴は置いていく!」
「貴方がRQを同行しないというなら、この取引は成立しません」
「くっ」
長官代理(候補)をまったく差し置いて話は進んでいる。
兎兎は、ココアにマシュマロを入れながら、ふんわり蕩けていくそれを眺めていた。
「正直、私でもRQを御するのは至難の業なのです」
と潤一が言えば
「私にあの男をコントロールしろとでもいうのか!しかも各国要人たちの前で!」
とリヒャルトが反論する。
「本人に聞けばいいんじゃない」
ポツリと兎兎が言った。
「めんどうだけれど、しょうがないね」
長官室に、好みの本やマンガを持ち込んで…。
お菓子とお茶があればOK。
兎兎はさっそく椅子に座って、スケジュールを見る。
「ふむふむ…6:00から早朝トレーニング。私はまだ夢の中だよ。朝食7:30から。まだベッドから出てない…。宇宙工学の講義9:00から。やだなぁ、まだ寝てるよ」
「兄上、これを機に生活を改めましょうね」
近くの椅子に座っている潤一をチラリと見ながら、兎兎はつまらなそうに頭をかいた。
「でも、わりかしスルリと口車にのってくれたね」
「あれは、口車というか…」
あの後、すぐに当のRQが現れ、
「オレとハネムーンに行きたいんだってな!いつでもOKだぜ」
などと言いながらスーツケースを持って現れなければ、話に決着がついていたかどうか・・。
やけになったリヒャルトが、
「ドクターにこの髪を元の金髪に戻させる!」
とピンク色の髪をつかみ上げ、RQを引きずっていった。
「ああするより仕方なかったとは思いますが」
「…本当はああ言ってもらいたかったのかもよ。彼はツンデレだからね」
そう言うと、兎兎はさっそく「長官の代理人印章」を服に付けて、トレーニング場に向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そういうわけだから、明日と明後日はよろしく頼むよ」
ペコリとお辞儀をした兎兎に、意外にも隊員達からの反発はなかった。
兎兎というより…後ろに立つデカブツが…潤一の凍れる瞳が恐ろしかったのかもしれない。
その日の夜。
「ほら、明日は5時起きなんだから、早く寝ないと」
と叱られる長官代理がいた。
「B~、私はまだこのゲームで遊んでたいんだよ」
「ダメ。明日ぼんやりしてしまうでしょう」
それでも、なかなか兎兎はゲームをやめようとはしない。
「それがそんなに面白いとは思えない」
潤一がPCの画面を覗くと、兎兎によく似た人物が狂ったように踊っていた。
自分のキャラクターの生活を見て楽しむゲームらしい。
「ジュージュにはこの面白さがわからないのかね?そうそう、コッペリウスなんか夢中になりすぎて2週間も徹夜した上、すっかり向こうの世界の人になりかけたんだから!」
「・・・」
額に手を置いた。
もともと、あっちの世界に片足を突っ込んでいるDr・コッペリウスに、兄は毒されてしまったらしい。
「もう!明日は早いんだから、今すぐに寝ないといけないよ」
「うう…」
ブツブツ言いながらも、兎兎はベッドの中へ。
翌朝。
案の定、兎兎は寝坊をしかけた。
「‘*‘=@」
意味不明な言葉を発している兎兎を連れて、潤一はトレーニング場へ。
隊員達はキチンと整列していた。
…が、兎兎以外にも寝坊をした者が遅れて入ってきた。
「@_@=*」
彼もまた意味不明な言葉を呟きながら整列する。
「彩。遅刻したからには規定どおり、トレーニング場の掃除だ」
と潤一。
「…僕は眠い」
遅刻した彩はボソリと言いながら、黒目がちの瞳で兎兎をじっと見る。
「20秒の遅刻なら、まぁ…パーティとかみたいに」
とりなそうとする兎兎を潤一が遮った。
「ここはパーティ会場ではありません。1秒でも遅刻は遅刻だ。彩、言うとおりにしろ」
「はぁ・・」
「長官も大変だねぇ。私は厳しいのは向かないんだよ」
トレーニングをしている隊員達を見ながら、兎兎は言った。
「厳しくしていないとナメられる。上官というのはそういうものです」
潤一は毅然と言い放った。
一方、その頃。
「別におまえに手伝われなくても私一人で…!」
「何、言ってるんだ。気をつけねぇと見えるぜ。昨日の…痕」
リヒャルトにネクタイを巻きつけながら、RQはニヤリと笑う。
「ッ////」
だから、こんな男とは来たくなかったのだ!
本当だったら、昨夜は会議用のレポートをもう一度読み返して校正をかけて…。
「校正なら済んでる」
そう言って、RQはレポートを投げてよこした。
「ほぼ完璧だ。あとは本番でどうにかしな」
「わかっている!」
悔しいが、この男バカのようで誰よりも完璧な筋書きを作成するのだ。
「恋愛も筋書きが大切だからな」
頭を指差しながら、RQは笑う。
「まぁ、全て筋書き通りはつまらないが」
「勝手に言っていろ!」
プンプンと怒りながら、リヒャルトは会議の席へ向かった。
しかたなくRQを伴って。
ところで、ここはSSG。
宇宙工学の講義を受けながら、兎兎はノートに4コママンガのネタを描いていたようだ。
「だって、途中までは面白かったんだけど、全然わからなくなっちゃったんだよ」
この機会に、兄に理論的なものの見方を教えようとしていた潤一の目論見は外れた。
昼休みの休憩の後、また武器術を使ったトレーニングがあり(ここでは、兎兎も張り切って棒を振り回していた。ようやく目が覚めてきたらしい)
その後、一般常識の講義。
これは長官は参加しないので、兎兎はバラのジャム入り紅茶でも飲んで、しばらくのんびりしようと考えていた。
ところが。
兎兎が部屋に戻るやいなや、事務総官のカロムが両手に抱えるほどの書類を持って、長官室に現れた。
「今日、新たに発生した経理上の書類なんだけどサインをしてくれない?」
「こんなに??」
「これでも、今日は少ないほうだよ」
渋い顔をする兎兎に、カロムは「私も手伝うから」と言って、作業に取り掛かった。
兎兎の目と腕が限界をむかえた頃、書類の束はやっと終了に近づいた。
「これで終わり?」
「よくがんばったね、私とあなた。終わりだよ!」
カロムも一息ついて、確認済みの書類を抱えて去っていった。
夕食の後、機械部の仕事から潤一が戻ってきた。
「兄上、大丈夫ですか?顔色が悪いようですが」
「私、こんなに無理をしたのは久しぶりなんだよ。リヒャルトはちょっと変なのかもね…」
今にも倒れそうな兎兎を支えながら、潤一は今日最後のトレーニング会場に向かった。
そして、夜中1時過ぎ。
「私、疲れすぎて眠れないかもしれないよ」
兎兎は布団の中で呟いた。
「こういうのは慣れていないから、それもあるのでしょう。
目をつぶるだけでも、だいぶ疲れが取れると思うよ」
「・・・」
潤一に優しく頭を撫でられて、兎兎は落ち着いたようだ。
しばらくすると、いつもと変わらぬ寝息が聞こえてきた。
次の日。
朝のトレーニング時、兎兎はうつろに瞳を揺らしていた。
やはり寝不足だったのだ。
「皆、がんばるんだよ」
その場に立っていたものの、かろうじて出た言葉はそれだけだった。
潤一は、兎兎が限界ギリギリで立っているのがわかった。
慣れない事をやるのは、どんな人間でも難しい。
それが、鉄の精神を持つリヒャルト長官と同じ仕事ならなおさらだ。
潤一自身も、昨日まで兎兎を見守っていたので寝不足の上、疲れていたが最後まで兎兎を見守り続けるつもりだった。
…だが。
「うっ…うっ…」
トレーニング場に嘔吐寸前の息遣いが聞こえたかと思うと、突然、柳のような細い男がドア付近で倒れこんだ。
「マックス?!」
情報部長のマクシミリアン。
しかし、彼は戦闘員ではないので普段トレーニングには参加していない。
「なぜ?」
怪訝そうな顔の潤一を見て、マックスは「ヒヒヒ…」と不気味な笑みを浮かべた。
普段は女好きする甘いフェンスと言われる雰囲気が、すっかりぶち壊しだ。
「ハーハハハ!ついに仕返してやったぞ!潤一おそそるるにたりず!!」
「なんだと?!」
目を見開く潤一をキッと見据えながら、マックスは高らかと宣言した。
「あのウイルスを改良して機械部に送り返してやったのさ!さぁ2週間以上の徹夜をするのは、おまえの番だ!」
「くっ!甘々男がっ!!」
この二人、どこか面影は似ているものの、仲はライバルのような…微妙な関係なのだ。
潤一がトレーニング場を飛び出して行ったと同時に、マックスは気絶した。
すると、今までトレーニングを始めようとしていた隊員達が雑談を始めたではないか。
昨日までは、全員が潤一怖さに真面目に励もうとしていたらしいのだが、残ったのが小さな小さな占い師では説得力がなかったのかもしれない。
「皆、ちゃんと…」
兎兎がフラフラとしながらも、注意を促すのだが誰も聞いていない。
隊員達の間に入って注意しようとした兎兎の頭を誰かが掴んだ。
新入りのダントンだ。
大柄の彼は、兎兎を見下げながら二ヤリと笑った。
「こんなチビが長官代理だって?」
「ぶ、無礼者!」
兎兎はダントンの手を振り払った。
「無礼者だってさ、こいつ何か?自分の事を王様のつもりかなんかと思ってるんじゃないか!」
怒りを堪えている兎兎を指差して、彼は笑った。
「私の言う事を素直に聞いた方が、おまえの身のためだ…」
静かに言う兎兎に、後ろで見ている彩は「ふ~」と溜息をついて、一人で柔軟体操を始めた。
何人かがそれに続く。
「おいおい、皆こんなチビの言うことを聞くのかよ?」
ダントンはへらへらと笑いながら、再び兎兎の頭に手をかけようとした。
「私は大概の事には寛大に接しているつもりだが、二度も他人から無礼な態度を取られる事を
よしとはしない!」
突然、ダントンの視界から兎兎が消えた。
「あのチビ、どこいきやがった?!」
ふと気づくと兎兎はダントンの肩に乗っていた。
恐るべき身軽さとスピードだ。
「ケケー!!」
叫んだかと思うと、ダントンの額の毛を根こそぎ毟り取った。
「ギャーーー!!」
あまりの激しい痛みにダントンは泣き叫ぶ。
「うほー!これでおまえは永遠にM字おでこだ!」
ついでに顎に一撃入れると、ダントンは完全に沈んだ。
他にも複数人いた新入りたちは、その様子を見て息を飲んだ。
さらに、彼らを恐怖のどん底に落としいれる人物が颯爽と登場した。
「ハーイ!皆さん。私は最近友達が妙に増えているコッペリウスです!」
ちょっと3Dゲームっぽいカクカクした動きをしながら、ドクターは現れた。
やはりゲームの世界から抜け切れないらしい。
そして、倒れているダントンのそばまでくると興奮したようすで
「おー!こんなところに実験体が落ちているぞ!!さっそく運ばなければ!」
ウキウキとダントンの足に手をかける。
グキッ!
嫌な音がして、彼の足の関節が外れた。
新入りたちは真っ青になって後ずさる。
「運ぶのに邪魔なんだよ」
衝撃で目が覚めたダントンにさらに嬉しそうに話しかけた。
「目が覚めたら、まったく違うキミになっているはずさ!
私は、最近改造人間研究も手がけていてね!バッタ人間第一号を名誉に思いたまえ!」
「ひゃ!」
情けない悲鳴をあげながら、ダントンは必死にもがいた。
「おやおや、まだ生きがいいね…実験に使ったらリヒャルトに怒られるかな?」
バタンと音を立てて、コッペリウスはダントンを解放した。
その後、他の新入りも必死にトレーニングに励んだのは言うまでもない。
「困ったことがあったら、いつでも言いたまえ。
うるさい奴がいれば、私が声帯をいじってあげるからね」
思いやりがこもった残酷な発言をしながら、コッペリウスは兎兎に微笑みかけた。
「ありがとう」
その後は、潤一以外の他の人間の協力で、兎兎は何とか乗り切った。
「無理な事を頼んでしまった。礼を言う」
次の日、戻ったリヒャルトはまず初めに兎兎を訪ねて、そう言った。
「ううん、私は大丈夫。それより協力してくれた皆にも…」
「もちろんだ」
「それにしても、2日間だったけど、長官って大変なんだねぇ」
すると、リヒャルトはふっと頬を緩めた。
「大変…そうかもしれないが、私は最低限しかしていないと今でも思っている。
私はSSG長官なのだから」
「そっか、リヒャルトは皆が好きなんだねぇ」
「そ・・・いうわけではないが」
違う方向を見たリヒャルト長官の表情に照れが見えて、兎兎は声をたてずに笑った。
「それで、会議は無事終わったの?」
「あ、ああ。これで、あの男さえいなければ…」
「オレとも充実した時間を過ごせただろう!」
いきなりドアが開いて、RQが堂々とした面持ちで立っていた。
「そうなんだ?」
「ち、ちがう!そうではなくて!あいつが…私は身持ちが固いんだ!」
「??何言ってるの?」
兎兎の目の前で…突然、腕を振り回しながら、リヒャルトはRQを殴りつけた。
「いてっ!」
「おまえが余計な事をしなければ、私はあそこで舌を噛む事はなかったのに!」
「ああ、痕、気にしてたのか?たかが痕なのに」
ボコッ!
リヒャルトの拳の二発目が炸裂した。
「兎兎!私は…私は…身持ちが固いんだ!」
兎兎に言い聞かせるようにして、リヒャルトはプンプンと去っていった。
「そんなの一番オレが知ってるさ」
殴られた頬を擦りながら、RQが呟く。
「完遂ならず…キミも苦労するね」
「焦らされてるのさ!」
RQが叫ぶ。
「プッ!マっゾ!」
また、そばをコッペリウスが通り過ぎたようだ。
一方…。
潤一は、歯軋りを立てた。
もう何度目だろう。
歯が磨り減ってしまいそうだ。
「いちごミルクしか飲めないくせにっ!柳男・・・」
自然とマックスへの罵詈雑言が出てしまう。
このウイルスを排除するだけではもの足りない。
もっとさらに最強のウイルスを送り込んでやる!
機械部長と情報部長の陰湿な争いはしばらく止みそうになかった。
END

