-別れの時-

イルミーネ国の物語

ジュールは一瞬、耳を疑った。

たしかに今、トトは
「お別れなんだよ…」

と言ったような気が…したのだ。

「え?あなたが何を言ったのか理解しかねます」

ようやく、それだけを口に出して言うことができた。

「だからね…私はもうジュージュといられないかもしれないんだ」

実に悲し気な表情でトトはそう言った。

今まで泣いていたかのように、鼻の頭が赤い。

「せめて、理由を言っていただけませんか」

トトは黙っている。

やっと口を開いたのは何分後だっただろうか。


・・・

「そんなことで、私を捨てようとしたんですか?!」
「捨てようと‥じゃなくて見捨てられるかと思ったんだよ!!」

二人の間からは先程までの悲し気な雰囲気は吹き飛んで、かわりに驚愕と呆れたため息と、なにやらわからぬ必死さがあった。

「私はお酒が飲めなくなってしまったんだ!」

トトの口から発せられたそのセリフのせいである。

よく見ると、泣いていたかのような鼻の赤さは腫れているだけとわかった。
どういうわけか、トトはアルコールを摂取すると顔が赤く腫れあがるようになってしまったとのことである。

「これは一般的にはというか、広範囲的には酒さ皮膚炎ということでしょうか」

医者の免許を持っているジュールがポツリと言う。

「そういわれたんだけど、別に何を食べてはいけないとか言われていないんだよ。それなのに、ビールを3口飲んだら、こんなになっちゃったんだ…」

トトは情けなさそうに自分の赤い鼻を触る。よく見ると他の部分にも湿疹が出ている。トトはミルク色の滑らかな肌が自慢だったので(それ以外、これと言って容姿の中で目立った特徴のない人だったからなおさら)、心底がっかりした顔で、「とても辛い」とこぼした。

「刺激の強いもの、アルコールもダメですよ」

ジュールは医者らしく言った。

「実は激辛冷麺を食べた後でも、こうなったんだ」
「だからダメだって、人体実験は」

ジュールは、自らの人体実験を趣味としている知り合いがいるにもかかわらず、トトにはそういうことをしてもらいたくないようだった。

「そういうわけだから、私からは食という楽しみが消え去ったんだ」

食…というには大げさである。
単に刺激物とアルコールが摂取できないだけなのだ。
でも、それがトトにはとても辛いらしかった。

「そのかわりに、私はフライドポテトにケチャップをたっぷりかけて食べることにする」

と、変な宣言をしてトトはため息をついた。

「いい機会かもしれません。私も血糖値と肝数値が気になるので、しばらくあなたと一緒に禁酒します」

「え?!」

「こうなったのも、今までの不摂生だと思って、二人でがんばろうね。トト」

ジュールは極めて優しい口調でそう言ったのだが、トトは

「ジュージュ、それっておじさんの贅沢病じゃん!まずいよ、血糖値とか肝数値なんて!!」

と一歩引いたのを見て、ジュールもショックを受けたようだ。

「あなたには言われたくないですよ!!それで言ったら、あなたのフライドポテトにケチャップはもっともNGな食品です」
「私は、血糖値も肝数値も問題がないからいいんだ」

しれっと言った上で、トトは首をかしげた。

「はて、なんでこんな話をしていたのだろう?」
「あなたが突然別れを切り出したのです」

そうそう。元はと言えばこれは別れ話だったのでは?

トトがお別れするのはジュールではなく、刺激物とアルコールだったということでどうにも決着がつきそうであった。

・・

「それにしても、私は酒というイメージしかないんでしょうか?あなたの中で」
「そういうわけじゃないんだけど、ジュージュとお出かけした思い出とか、楽しかった思い出には、お酒がつきものだったなぁって」

トトは遠くを見つめて、考えていた。
ジュールの第二の家ともいえるバストール国のカルパッチョの店であった様々の思い出。ジュールと遠くまで出かけて美味しい料理とお酒を飲んで酔っ払った思い出など…。

「でも、二人でいることは変わらないんだね」
「そうですよ!だからなんで別れるなんて言い出したんだ」

今度ばかりはジュールは笑った。
(私は酒か…と落ち込んでいたのでなおさらである。)

「ほらさぁ、お酒を飲めない人とは付き合えませんなんていう人もいるからねぇ」
「そんなに心狭くないですよ。大体お酒以上にあなたとの付き合いのほうが…なが…くはないけど、濃度は酒よりも強い…はずです」

なんとも歯切れの悪い表現をしながら、ジュールはトトの頬に手を当てた。

「あなたが病気になるほうが問題だ」

コクリと頷いて、トトはポツリと言った。

「また飲める日は来るんだろうか?」
「来るかもしれないけど、もう昔みたいに飲まないほうがいい。その時々、身体には適量というものがあるから」

これはジュールらしからぬ答えであったが、医者としては当然の発言だったのだろう。

「それよりも、異国のお茶に興味の範囲を移したほうがいいかもしれませんよ。あなたはお茶を入れるのが上手いのだし」

トトにとってお茶をうまく入れることがお洒落の極みだと知っていての答えだとしたら、ちょっと卑怯な気もするけれど…。

トトはにっこり笑って
「では、今度オレンジフレーバーティーに挑戦してみるね!」

と言ったのだった。

赤い鼻をこっそりと隠しながら…。

END

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