収穫祭当日。
教会は、大勢の人であふれかえっている。
何しろ、両国合同の収穫祭が行われるのは、これがはじめてだ。
二つの国から集まった人々は静かに神官の話を聞いている。
その後は、両国の聖歌隊が聖歌を合唱する。
しかも今回は、幼い国王が参加するという。
合唱が終わると、数人の歌手達が歌を歌う。
最後には、収穫祭に基づいた芝居も演じられる。
この日は、両国にとって今年一番大きいイベントになるだろう。
いよいよ、イルミーネ国の聖歌隊が歌う番が来た。
皆、緊張の面持ちでステージに入場してきた。
観客から見ると、左からソプラノ、メゾソプラノ、アルトの順に起立している。
メゾソプラノのトトは、舞台の中央にいた。
サングも合唱隊の席からそれを見守っていた。
黒髪の小柄な少年を。
やがて、ピアノの伴奏が始まった。
トトは、決めていた。
今日は、ちゃんとできる限りの声を出して歌おう。
音痴だと思われてもかまわない。
皆、声がろくに出ない私に何も言わず、練習に付き合ってくれていた。
最初はたしかに口パクだったけど、3日目くらいから歌うようになっていた。
しばらくして、声の小さい人だけが呼ばれて、指導を受けた。
その時は、正直逃げ出してしまいたいくらいだったけれど。
私だって一生懸命歌っている!そう主張する前に
「声帯が細い、これ以上声を出すと喉を痛める」と言われた。
それで少し気が楽になったけれど、皆みたいに美しい声で歌えたらもっといいのに…と思った。
美しいハーモニーが教会を包み込んだ。
“この場で歌えて幸せだ”とトトは思った。
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歌い終わったトトは、まっすぐに約束の場所には行かなかった。
いきなり自由席に行くのは気まずい。
トイレに行くふりをして、こっそり抜けだそう。
いったん席に着いてから、バストール国の合唱隊がステージに上がる直前に立ち上がった。
「ごめん、前を失礼するよ」
ところが、思ったよりも席が詰まっていて、なかなか端のほうに行けない。
そうこうするうちに、合唱がはじまってしまった。
途端に…
「プッ!」
教会内が笑いに包まれた。
イルミーネの、バストールの、庶民から貴族まで、一斉に吹き出した。
トトも窮屈な中を進みながら、思わず吹いた。
次の瞬間、パッと赤くなり、キョロキョロと気まずそうに周りを見回して、恥ずかしそうにステージから顔をそらす。
-…頼むから、誰も私に声をかけてくれるな-
心の中で強く念じていたにも関わらず、横から声をかけられた。
「ほら、見てください。あなたの親友殿がたった一人で歌っている」
皮肉をこめた冷徹な声には聴き覚えがある。
ジュール・アルキュード。
つい最近、バストール国からイルミーネ国に戻ってきたばかりの実弟だ。
この弟とはいろいろと複雑な事情があって、めったに話さないが、今はそれどころではなかった。
トトはますます真っ赤になって、自由席のほうへ歩いていった。
あのバカ!
サングは歌っていた。
それも、とんでもなく本気で、張り切って歌っていたのだった。
「めんどくせー」じゃないだろう!
-本番に強い男-
そういえば、聞こえはいい。
彼の、度をこした非常によく通る大声は、教会中に響き渡り壁を突き抜けて外まで聞こえていきそうだ。
さっきからサングの歌声しか聞こえない。
他の人も歌っているのだろうに。
合唱…じゃない、まるでソロだ。
問題はそれだけじゃない。
彼がソプラノパートなら、まだどうにかなっていたかもしれない。
特徴ある低い声の彼は、アルトだった。
一人で気持ちよく大声で歌っている彼の声に、そのうち全員が引きずられはじめた。
ソプラノからメゾまで、アルトの音程に変わっていく。
サングが音痴かどうかはわからない。
しかし、アルトしかない合唱というのは音痴にしか聞こえないのだ。
「なんてこった…」
自由席に座っている前の男性が目を丸くしつつ呟いた。
服装からすると、バストールの人らしい。
そりゃ、自国の王様があれじゃ…。
席に腰掛けたトトは思い切り口をヘの字に曲げた。
でも、あれが私の親友なんです!
とは、口が裂けてもこの場では言いたくない。
やがて、不可思議な合唱(?)は終わり、サングの抜群の笑顔が自由席のほうを向いているのが見て取れた。
その笑顔が自分のほうに向けられているとわかると、トトは手で合図した。
-頼む!一度、聖歌隊の席に戻り、こっそりとこちらに来てくれないか!-
だが、その合図をサングは違うように受けとったようだ。
パッと顔を輝かせ、ステージから飛び降りた。
-ちょ、直接来るつもりか!やめろ、やめてくれ!-
この変な人は私の親友…。
事実を突きつけられるようで、トトは必死に手で合図する。
ところが、サングはすぐにはトトの所へは来られなかった。
ステージから飛び降りた彼は、聖歌隊の、おそらくは短期間の間に彼と友達になったと思われる
人間達に囲まれたからだ。
なにやら突かれてサングは、ギャーギャー怒鳴っている。
白い歯をむき出しにして、憤慨しているようだ。
その集団がこちらに向かってくると、話の内容が聞こえてきた。
「耳中おまえの声しかしねぇよ!」
「おまえ、どこまでバカなんだ!」
「オレ、アルトじゃなかったんだぞ~!」
本気で怒っているというよりも、悪友がどつきあっている感じで、彼らは自由席のほうまで来た。
「うるせぇ!オレは一生懸命歌っただろうがっ!」
「う…その声がうるせぇんだよ!」
「んだとー!」
「それより、なんでこんなとこまで来るんだよ!オレらの席あっちだぞ!」
「関係ないだろ!オレがどこ行こうと!」
トトも呆然とその光景を見ている。
そのうちの一人が、トトに気がついた。
「あれ、イルミーネ国王陛下じゃないか」
「ほんとだ!さてはおまえこんなところまで来て、デートか!」
トトは必死に首を振った。
-私は、その人を知らない-
そう言いたげだ。
「いいなぁ、二人きりで仲良く見物かよ。見せ付けてくれるねぇ!」
「おまえらあっち行け!」
「そんな事がよく言えたもんだ、これだけバカやっておいて」
「オレは歌っただろ!あの、あそこに座ってる口パク男は何も言われないで、なぜオレが非難されるんだ!」
しーん…。
サングの悪友らしき人物達は気まずそうにトトを見た。
「おまえ、人を言える立場じゃないだろ~」
控えめにそう言いつつ、彼らは去っていった。
先ほどの笑顔とは、比べ物にならないほどの不機嫌な顔で、サングはトトの隣に腰掛けた。
「んだよ!ちゃんと歌ったのに」
その様子を見て、トトは笑いをもらした…というより笑いが止まらなくなってしまった。
「あは、はは・・ほんとにきみの声しか聞こえなかったよ!私は、この合唱がソロに変更したんじゃないかって思ったくらいだ」
「おまえまでそんな事いうのかよ!」
「ところで、私は口パクじゃないよ。ちゃんと歌っていた」
「嘘つけ!声が聞こえなかったぞ」
「きみのように聞こえればいいってわけじゃないからな」
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「その後、ムキー!!と怒って、自分のした行動のおかしさに笑い出したんだよ。きみは」
「そ、そんな事あったっけなぁ」
とぼけてはいるが、どうやら思い出したらしい。
あらぬ方向を見ながら、カップに口をつけるサングの様子を見て、トトは困ったように微笑んだ。
「ところでね、今飲んでいるカモミールティーは喉に優しいんだよ。
きみも風邪をひいたら飲むといいと思って、用意しておいたんだ。最近流行っているからね」
私にはこんな事くらいしかできないなぁ、とトトは思う。
お土産を持って帰るサングに、トトは言った。
「きみと一緒にいると、とんでもなく珍しい思い出ばかりが増える。本当に…。
だから、こうして会い続けているんだねぇ」
「そりゃこっちも同じだ」
サングは金色の髪をかきあげながら、言った。
「あの時の事を思い出したら、やっぱ、おまえも変だったぜ」
「そうかな?」
「じゃ!」
「また」
二人でいるとおかしな思い出ばかりで・・・・本当に楽しい。
END

