-傷 6-

イルミーネ国の物語

アンナは、傷害罪となった。
彼女は、やはりすべてを自分一人で被った。

これでいいのですか?
これで本当にいいのですか?

全てに対して、彼女はただ「はい」と返事だけをした。

・・・・・

彼女が旅立つその日の朝。
僕は、「待っている」と一言、それだけを彼女に送った。

彼女は、これから冷たい塀の中で1年過ごさなければならない。

身を切るような風が吹く中、王宮への道を歩く。
アンナが声をかけてくれた花屋には、もう違う人がいる。
この街は、彼女を忘れてしまったようだ。
明るい笑顔、我が侭に膨れて見せる様、不機嫌な顔、悲しい顔・・・。
アンナはごく普通の女性だった。
誰もが、望むささやかな幸せだけを望み、誰もがもっている寂しさに振り回されて・・・
誰もが当たり前のように楽しんでいる恋を・・・彼女はそれだけは命がけだった。

何もなかったように、店の前をグレー男爵家の馬車が通り過ぎていく。

その後でアルキュード公の言葉がふと思い出された。

「言うだけのことは言った。だから、もう彼女ががどんな決断をしようとも私は何も言わない。だけど・・私は、もう嫌なのだ。私の母と私を捨てたような男に、誰かが巻き込まれるのが」

そのためだけに、アルキュード公はアンナの元へ行ったのだと知った。
自身の傷を抉りながら、アンナに言葉を投げつけて。
あの時、二人の間に感じた絆は・・・親近感に似ていた。
まるで、アルキュード公の声はアンナを通して、誰かに訴えているようで。

僕たちはなんだろう。
いろんな人たちの心の傷をひらいて・・・。

王宮内には、教会がある。
そこへ入ると、大地母神の像が見下ろしていた。

昔、冤罪を着せられた兄が救われるようにと、何度も同じ像に祈った。
でも、兄は・・・刑務所で殺されてしまった。
あれ以来、神様には願わない。
僕は僕の努力だけで生きていこうと決めたのだ。
でも、僕はわからなくなってしまった。

果たして、人は個人の努力だけで、誰かの人生を変えることができるのだろうか。

この像は穢れを知らぬ少女のようで、暖かい母のようでもある。

「人を愛するだけで、人を幸せにできるのなら、誰も苦しまないのに」
「誰かを好きになっただけで、どうして誰もかもが傷つかなければならない」
「僕がしたことは・・・なんだったんだろう。誰もが望む暖かな関係を望んでいた僕たちは」

”愛とは、形も色もないもの。そこに人は形を削って色を付けていく”

人を好きになるのを素晴らしいものにするのも、醜いものにするのも、人。


「ジュージュ、難しい顔してる・・・」

国王のトトは、ジュールが気難しい顔で紅茶を飲んでいるのを見つけた。

「そんなことはない」
「紅茶がまずいのかと思ったよ」
「これは・・・たいしたことはない。市販のダージリンだから、半分以上まがい物だ」
「そうなの?」
「ダージリンは時期のものじゃないと、100%ではないのです。市販のものは90%以上が違う種類の葉を入れたもので、本当のダージリンはマスカットの香りが強く、もっと色が薄い」
「ほ、ほう!」

紅茶に対する高説を聞いて、トトは何度も頷く。

「私は、ためしに紅茶にマシュマロを入れてみたんだよ。でも、バニラの香りが強くて」
「ココアじゃないんだから」

テヘペロっと舌を出したトトを見て、ジュールは首をかしげた。

「はて、あなたと話していたら重要なことも忘れてしまった」
「普通のことだよ。いいね、日常って」

トトは、うーんと背伸びをしてみせたのだった。

・・・・

「セシリー!」
「え?」

ちょうど、王宮へ向かう道を歩いていたセシリーは、後ろからかけられた声に振り向く。

「レオーネ・・・っ!!なに!」

振り向いた途端、レオーネが突っ込んできて、身体を掻っ攫われた。

「やめっ・・・」

叫ぶ間もなく、轟音があたりに鳴り響く。

「ゴホっ・・なによ?!」

土煙の中で瞳を開けると、何か大きなものが横倒しになっているのが見えた。

「っ・・・!」

足にかぶさるように倒れているレオーネが半身を起こした。

「なに?どうしたの?」
「やっぱり倒れた・・・だからこんなに乗せるなってんだ」

視界が良好になると、セシリーは今まで自分がいた場所が、木材に埋まっているのを見た。
荷馬車が横倒しになっている。

「大体、きみがぼおっと周りを見ないで歩いているのが悪いんだ!周りくらい見ろ!」
「は?」

立ち上がろうとして、レオーネは顔をしかめた。

「まずい・・・」

倒れた際に下になっていた左腕が、ダラリと力なくぶら下がった。

「脱臼?骨折?どっちでも馬鹿じゃない!どうしてこうなったのよ!」
「知るもんか!」

怒鳴るレオーネに肩を貸して、セシリーは立ち上がった。

「病院までは歩ける?いや、歩いてもらわないと困るから」
「歩けるさ。大体、怪我してるのは腰でも足でもない。一人で歩ける!」
「黙りなさい」
「・・・はい」

・・・・・

「どうしたんですか?」
「やっと口調が普段に戻ったな」

王宮の一室にて、片腕を吊ったレオーネとセシリーが、僕を待っていた。

「もう大丈夫なのか?」
「すみませんでした。いろいろと・・・本当に僕は」
「大丈夫ならいいんだ。そうでないと困る」

「余計なことばかり言って皆を傷つけた。これからは、よく考えることにします」
「ふん!皆、おまえに傷つけられるほど脆くなんてないさ」
「・・・その状態でよく言うわね」

胸を張っているレオーネの隣で、イヒヒ・・・とセシリーが可愛らしい顔を歪めて笑ってみせる。

「レオーネ、怪我の具合はどうだい?」
「無理に動かさないほうがいいですよ」

そこへ、国王陛下とアルキュード公が現れた。
あいかわらず、国王陛下はお菓子の入った籠を持っている。

「今、二人でお菓子を食べながら紅茶を飲んでいたんだけど、皆もよかったらどうかな?」
「兄上が、また紅茶にマシュマロを入れたりしないように見張らないと」

大らかにアルキュード公が笑う。

僕には、こんな仲間がいる。

いつか彼らと幸せを分かち合えるように。
アンナにも幸せが訪れるように。

僕は、僕の道を進もう。
愛も恋も、僕自身の心次第なのだから。

ーENDー

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