アンナは、傷害罪となった。
彼女は、やはりすべてを自分一人で被った。
これでいいのですか?
これで本当にいいのですか?
全てに対して、彼女はただ「はい」と返事だけをした。
・・・・・
彼女が旅立つその日の朝。
僕は、「待っている」と一言、それだけを彼女に送った。
彼女は、これから冷たい塀の中で1年過ごさなければならない。
身を切るような風が吹く中、王宮への道を歩く。
アンナが声をかけてくれた花屋には、もう違う人がいる。
この街は、彼女を忘れてしまったようだ。
明るい笑顔、我が侭に膨れて見せる様、不機嫌な顔、悲しい顔・・・。
アンナはごく普通の女性だった。
誰もが、望むささやかな幸せだけを望み、誰もがもっている寂しさに振り回されて・・・
誰もが当たり前のように楽しんでいる恋を・・・彼女はそれだけは命がけだった。
何もなかったように、店の前をグレー男爵家の馬車が通り過ぎていく。
その後でアルキュード公の言葉がふと思い出された。
「言うだけのことは言った。だから、もう彼女ががどんな決断をしようとも私は何も言わない。だけど・・私は、もう嫌なのだ。私の母と私を捨てたような男に、誰かが巻き込まれるのが」
そのためだけに、アルキュード公はアンナの元へ行ったのだと知った。
自身の傷を抉りながら、アンナに言葉を投げつけて。
あの時、二人の間に感じた絆は・・・親近感に似ていた。
まるで、アルキュード公の声はアンナを通して、誰かに訴えているようで。
僕たちはなんだろう。
いろんな人たちの心の傷をひらいて・・・。
王宮内には、教会がある。
そこへ入ると、大地母神の像が見下ろしていた。
昔、冤罪を着せられた兄が救われるようにと、何度も同じ像に祈った。
でも、兄は・・・刑務所で殺されてしまった。
あれ以来、神様には願わない。
僕は僕の努力だけで生きていこうと決めたのだ。
でも、僕はわからなくなってしまった。
果たして、人は個人の努力だけで、誰かの人生を変えることができるのだろうか。
この像は穢れを知らぬ少女のようで、暖かい母のようでもある。
「人を愛するだけで、人を幸せにできるのなら、誰も苦しまないのに」
「誰かを好きになっただけで、どうして誰もかもが傷つかなければならない」
「僕がしたことは・・・なんだったんだろう。誰もが望む暖かな関係を望んでいた僕たちは」
”愛とは、形も色もないもの。そこに人は形を削って色を付けていく”
人を好きになるのを素晴らしいものにするのも、醜いものにするのも、人。
「ジュージュ、難しい顔してる・・・」
国王のトトは、ジュールが気難しい顔で紅茶を飲んでいるのを見つけた。
「そんなことはない」
「紅茶がまずいのかと思ったよ」
「これは・・・たいしたことはない。市販のダージリンだから、半分以上まがい物だ」
「そうなの?」
「ダージリンは時期のものじゃないと、100%ではないのです。市販のものは90%以上が違う種類の葉を入れたもので、本当のダージリンはマスカットの香りが強く、もっと色が薄い」
「ほ、ほう!」
紅茶に対する高説を聞いて、トトは何度も頷く。
「私は、ためしに紅茶にマシュマロを入れてみたんだよ。でも、バニラの香りが強くて」
「ココアじゃないんだから」
テヘペロっと舌を出したトトを見て、ジュールは首をかしげた。
「はて、あなたと話していたら重要なことも忘れてしまった」
「普通のことだよ。いいね、日常って」
トトは、うーんと背伸びをしてみせたのだった。
・・・・
「セシリー!」
「え?」
ちょうど、王宮へ向かう道を歩いていたセシリーは、後ろからかけられた声に振り向く。
「レオーネ・・・っ!!なに!」
振り向いた途端、レオーネが突っ込んできて、身体を掻っ攫われた。
「やめっ・・・」
叫ぶ間もなく、轟音があたりに鳴り響く。
「ゴホっ・・なによ?!」
土煙の中で瞳を開けると、何か大きなものが横倒しになっているのが見えた。
「っ・・・!」
足にかぶさるように倒れているレオーネが半身を起こした。
「なに?どうしたの?」
「やっぱり倒れた・・・だからこんなに乗せるなってんだ」
視界が良好になると、セシリーは今まで自分がいた場所が、木材に埋まっているのを見た。
荷馬車が横倒しになっている。
「大体、きみがぼおっと周りを見ないで歩いているのが悪いんだ!周りくらい見ろ!」
「は?」
立ち上がろうとして、レオーネは顔をしかめた。
「まずい・・・」
倒れた際に下になっていた左腕が、ダラリと力なくぶら下がった。
「脱臼?骨折?どっちでも馬鹿じゃない!どうしてこうなったのよ!」
「知るもんか!」
怒鳴るレオーネに肩を貸して、セシリーは立ち上がった。
「病院までは歩ける?いや、歩いてもらわないと困るから」
「歩けるさ。大体、怪我してるのは腰でも足でもない。一人で歩ける!」
「黙りなさい」
「・・・はい」
・・・・・
「どうしたんですか?」
「やっと口調が普段に戻ったな」
王宮の一室にて、片腕を吊ったレオーネとセシリーが、僕を待っていた。
「もう大丈夫なのか?」
「すみませんでした。いろいろと・・・本当に僕は」
「大丈夫ならいいんだ。そうでないと困る」
「余計なことばかり言って皆を傷つけた。これからは、よく考えることにします」
「ふん!皆、おまえに傷つけられるほど脆くなんてないさ」
「・・・その状態でよく言うわね」
胸を張っているレオーネの隣で、イヒヒ・・・とセシリーが可愛らしい顔を歪めて笑ってみせる。
「レオーネ、怪我の具合はどうだい?」
「無理に動かさないほうがいいですよ」
そこへ、国王陛下とアルキュード公が現れた。
あいかわらず、国王陛下はお菓子の入った籠を持っている。
「今、二人でお菓子を食べながら紅茶を飲んでいたんだけど、皆もよかったらどうかな?」
「兄上が、また紅茶にマシュマロを入れたりしないように見張らないと」
大らかにアルキュード公が笑う。
僕には、こんな仲間がいる。
いつか彼らと幸せを分かち合えるように。
アンナにも幸せが訪れるように。
僕は、僕の道を進もう。
愛も恋も、僕自身の心次第なのだから。
ーENDー

