最近のトトは不運続きだった。
5年間も!
5年と言えば、相当な年月である。
特にトトにとってこの5年間はいつ果てることもないほど、長い5年であった。
毎年のように「今年がドン底なので、来年は上がるしかないだろう」と自分に言い聞かせるのにも慣れ過ぎて、諦めたいほどである。
トトの最悪な5年間は、実のところ、最高の5年間の後でやってきたのだった。
5年前。
トトのプロジェクトは大成功をおさめた。
あの頃にプロジェクトを仕切っていたメンバーは別の仕事に移り、トトは違うプロジェクトを次々に立ち上げた。
これはイルミーネ国王としてではなく、あくまでメンバーの一人として参加を申し出たもので、それがどうしてなのか、何一つうまくいかなかった。
ようするに、(どのプロジェクトも)何も終わらせられず、完成もせず、消えていったのである。
何も残すこともなく…。
トトの中に残ったものと言えば、「もう何も期待しない」という乾ききった思い一つ。
その間、恋人のジュールと何事もなく、うまくいっていたのは不思議なくらいだった。
別に国の運営がうまくいっていないわけでもなく、外交に問題があるわけでもなく、むしろ外交的には大変発展しており、経済的にも順調だった。
トトのプロジェクトがことごとく失敗した以外は、何の問題もなかったのである。
5年間でつぶれたプロジェクト7回。
8回目のプロジェクトを立てるにあたって、トトは先述したとおり「何も期待しないこと」にした。
・・・・・・・・・

ところで、トトは今、保養地に来ている。
足を温泉につけて、ぼんやりとしているのであった。
「意外と立ち直っている気がする」
と、トト。
「ひとまず体調が落ち着いてよかった」
ジュールは、トトが7回目のプロジェクト停止にあたって、久しぶりに過呼吸を起こしたことを心配していた。身体に症状がでるというのは普通ではなかったから。
「なんか間違っていた気がするんだよ。いろいろと…」
下を向いたまま、トトは話す。
「初めはこの進め方が正しいと思っていたんだ。実際に正しかった。皆で協力しあって前に進んで、豊かになっていくのは楽しかったし、やる気も皆で感じていたし」
夜通し仕事をしても、苦にならないという環境がある。
やればやるほど成功する場合、人は歩みを止められなくなる。
知らないうちに全速力で走っている。
止めたくても止められず、むしろ止めようとは思えず。
止め方を忘れ、歩いていたときのことを忘れ、まわりが見えなくなる。
まわりが見えていないが、楽しくてしょうがないから息をすることも忘れて、走る。
しかし、走っていった先に荒野が広がっていれば朽ち果てるだけなのに、それさえ自覚できずに「まだ走れるし、走ることの楽しさに戻りたい」と思ってしまう。
自分に対しても、まわりに対しても
「私は楽しく走っている」
と言い続ける。
これを中毒と言わずしてなんと言うのだろうか。
渇望の果てにはなにもない。
かつて味わった成功も賞賛もなにもないのに、走ることを目標として、本当の目的を忘れてしまうのだ。
トトはまさしく荒野を抜けて谷底まで走り切ってしまったのだった。
「驚くほど気力のある人間だったらしい」
湯から足を出したトトは言った。
もうその顔に疲労感はない。
「七転び八起きという言葉を知っているけど、本当にそのまま生きた人を私は知らない…」
ジュールが大真面目な顔で話したので、トトは笑った。
ジュールは変わらず大真面目な顔でトトに聞いた。
「8回目で起き上がれるよね?」
「自信はない!」
トトは明言した。
「でも、落ち込む余裕も期待もないから倒れない。大丈夫…」
全然大丈夫そうじゃないが…
ジュールの目には、トトがどこか吹っ切れているようにも見えた。
・・・・・・・
「たまにはこうして休んで…」
夕食が終わった後。二人でぼんやりと外を眺めていた。
ちなみに保養地の夕食は、川魚と山菜を中心としたもの。
トトは大満足で「もう食べられないよぉ」とお腹をおさえて呻いていた。
「本日、お酒の気配がなかった」
ポツリとジュールが言う。
二人で出かけた際に、お酒を飲まない日がくるとは思わなかった…というような口っぷり。
「だって、あんなに量があるとは思わなかったんだよ、昼食で!」
夕食も多かったけど、それ以上に昼食が豪華だった。
(川魚の洗いと焼きと揚げ)
いくらトトが川魚好きだとしても、量が多すぎる。
「お酒、たのまなくてよかったよ」
「こんな日が来るなんて!」
ジュールは天を仰いだ。(ようにトトには見えた)
二人の間は、あいかわらずこんな感じだったが、トトの中で5年前とは何かが変わってしまったのだ。
「思えば、お昼をこんなに食べたのは初めてかもしれないね」
「ちゃんと食事をして、夕食も酒抜きで…」
今までの私は欲張りだったのかな?とトトは首をかしげる。
「全部少しづつ欲しかったんだよね。でも、それってすごく贅沢だったのかも」
「健康的になったとも言えますね」
ジュールが瞳をキョロっとさせる。
「二人にとって、初めての『明日がこわくない旅』!!」
「何言ってんの、ジュージュさん!」
どちらともなく笑いがこぼれる。
二人はやっぱり変わっていないが、どこかちゃんと着地したような感じがしている。
足りなかったのは、こういう穏やかさを受け入れる気持ちだったのかなぁ。
トトは思う。
5年前、プロジェクトは成功した。
もう一度成功させるために5年間を費やした。
その間、自分には幸せなひと時があっただろうか?
何も変わっていないはずなのに…幸せを感じられなかったのはなんで?
・・・・・・
お風呂にも入って布団に横になった時、トトは突然泣き始めた。
一度、涙がこぼれてしまうと止まらなくて、嫌なことばかり思い出してしまう。
いきなり嗚咽を上げ始めたトトにジュールが驚いた様子。
「どうしたの、突然!?」
「本当は嫌なことがいっぱいあっても平気だって、まだ大丈夫だって思い続けてきた。
でも、本当は嫌だった。5年間も目をつむってきた。頭が悪くて受け止めきれなくて…」
頭の回転が速いほうではなく、何事に関しても鈍すぎるのかもしれない。
「嫌なこと受け止めきれなくて、ずっと。今になって思い出す。嫌だ、もう嫌だ!!って」
ジュールは泣き出したトトの頭を撫でた。
「なら、いいことを受け止めるようにしよう。生きているなんて嫌なことの繰り返し。
でも、最後に残るのはいつもいいことなんだからね。
あなたといられて私は幸せなのだから、この幸せが最後まで続くはずだから。
幸せを受け止めないといけないなって、思っている」
「うんうん…」
トトはしばらく泣いていたが、突然すくっと立ち上がり、メモを取り始めた。
「書いておかないと!!」
「あーあ、またそれだ~」
トトは感動した台詞などをいちいち書いておく癖があるのだ。
「なにしているんだか…」
ジュールは、ムードもへったくれもなく涙を拭い鼻をかみながら必死にペンを動かすトトを見ていた。
・・・・・・・・
「何もない状態ではじめてみようと思う」
トトはぽつりと言った。
「これから失敗しても成功しても、私は変わらない。私たちも変わらないから、またよろしくね」
トトはまたジュールのところに戻ってきて、その身体に抱きついた。
「ずっと待ってた」
ジュールの腕の暖かさに、トトはふと少しの寂しさを感じた。
「ごめんね、私は何も変わっていないのに」
「知ってた。だから待ってた」
ジュールの匂いも声も変わらない。
「私たちもまた始めないと」
「期待してていいから」
そんな会話を交わしながら、そっと口づける。
ずっと変わらない優しいキスを…。
END

