-HIRO~誕生秘話-

イルミーネ国の物語

今、がんばっているきみへ、捧げます


抜けるような青い空の日。

「なんて気持ちのいい日なんだろうね」
バストール国にやってきたトトはうーんと大きく背伸びをした。

トトはこの国の大きな太陽が大好き。
開放的で、力強くて。
この国の国王のようだから。

ところで、その国王は…。
久々に鬱々としていた。
まわりからは明るい性格だと思われているサングだったが、別に明るい人間ではなかった。
むしろ、根暗なのかもしれない。

感情を隠せない性格であるのは、確かなのだが。
いつも人が集まる場所で、彼は笑顔ばかり望まれていた。
そのおかげで、今、鬱々としているのだった。
誰も知らない。
本当は人間に会いたくない時もあるのだって。
紅茶を目の前にしても飲む気も起きない。 布団から出たくもない。
こんな時、放っておいてくれるのは、親友のトトだけだ。

妻のジュリエットには、心配をかけたくない。
それにこんな姿を知られたくなかったし、かならず後で会いたくなると、
サング自身が誰よりもよく知っていた。
今日、トトがイルミーネ国からやってくると知っていても、気持ちは元に戻らなかった。

「寒いせいだ。きっとそうだ」
雪に覆われるほど寒い日はないが、今は冬なので当然、暑くはない。
寒いのは苦手だ。
暖かくなったら、きっと回復するだろう。

「それじゃ、私は帰るね」
トトが部屋に入ってきた。

「ああ、悪い。今度は楽しくやろう」
サングは布団の中から手を出すと、力なく振った。
「じゃ…」
トトも手を上げたが、その横から臣下が走りこんできた。
「国王陛下!大変でございます!」
「なんだ?」
やる気のない声で、サングは答えた。

「例のブラックマンが、また現れました!」
「ああ!あいつか!!」
とたんに、サングはがばっと布団を跳ね上げて起き上がった。
「どうしたんだい?それって誰?ブラックマンって?」
「今、バストール国で活躍している謎のヒーローさ!」
「ヒーロー??」

トトが「ほよっ??」という顔をしている中、サングは、先ほどまでの様子はどこへやら、
「今度は何が起きたんだ?」 と臣下に詰め寄る。

「今度は、宝石泥棒を捕らえたそうです」
「そうか!それで犯人は?」
「それが…」
言いにくそうに、臣下は口ごもった後、 「重症です」 と言った。

「よほど、抵抗されたんだな。そうなんだろ?」
「さ、さぁ…??」
興奮気味のサングとは逆に、臣下はどこか納得がいかない表情だ。

「ヒーローだなんて、私も会ってみたいな!」
突然、明るい声がした。
微妙な空気が”いかなる場合でも”耐えられないトトだった。

サングもそれに答えて、にかっと笑う。
「俺も会ってみたいんだよ!そのヒーローにさ」
”黒づくめのヒーロー”こと”ブラックマン”は、バストール国では話題の人物だ。
犯罪現場に誰よりも早く現れて、事件を解決する。
そして、証拠も残さず去っていく。
誰が”ブラックマン”なのか、誰も知らない。
バストール国民たちは、この謎のヒーローに熱狂した。
犯人にたいして容赦ないところも、人気の秘密だ。
”最強、無敵のヒーロー””最高にクールなヒーロー”として、彼は認知度を高めていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「名前は聞いたことがあります」
イルミーネ国に戻ったトトは、情報通な弟ジュールに”ブラックマン”のことを聞いた。

「…まぁ、どうでもいいことです」
興味がなさそうに、ジュールは新聞を顔の位置まで上げる。
「だって、ヒーローなんだよ!?」
「そんなイカレた男には関わらないほうがいい。そういう連中はナルシストで無謀な愚か者ですよ」
「そんなぁ~」
がっかりするトトを尻目に、ジュールは気になる発言をした。
「それに…個人的にそいつが気に食わない。バストール国のことなどどうでもいいが、我が国にも悪影響が及ばないといいのですが」
「どういうこと?」

「やりかたが、どうもくさい気がして…犯人を縛り上げるに留まらず、口も利けないほど叩きのめす奴です。ヒーロー顔のサディストかもしれない」
大真面目にジュールが言うものだから、トトは「プッ」と笑ってしまった。
「私は…意外と真面目に話しをしているんですよ。あなたがまた変なことに首を突っ込む可能性があるから」
そういうと、ジュールはトトの身体を持ち上げて膝にのせた。
「ともかく、今のバストール国は物騒です。あまり王宮以外には行かないように。いいね」
「はいはい」

・・・・

昨夜、そんな会話がなされたのにも関わらず、トトは次の日、バストール国へ向かった。

今日も晴天だ。
もう少ししたらバストール国の王宮に着くというところで、トトは馬車から降りて街を散策することにした。
果物売りの声、金物売りの声、路上の人々の笑い声などを聞きながら、トトは市場を歩いていく。
すると、裏通りから子供の声が聞こえてきた。
どうやら喧嘩をしているようだ。

「俺はブラックマンだぞ!ぶっ殺してやる!」
「やめてよ!!」
子供が数人で一人を取り囲んでいる。
「おまえ、この前、嘘ついたな!風邪引いて遊べないって」
「だって、あの時はお母さんが忙しくて手伝ってたんだよ!」
「嘘は悪いことなんだ!やっつけてやる!」
たくさんの殴る音。泣き叫ぶ声。

「おい・・もうやめなよ」
トトは遠慮がちに声をかけた。
「大人だ!大人が来たぞ!」
子供たちはわらわらと散っていった。

「大丈夫?」
殴られた子供よりも、そっと手を伸ばすトトのほうが怯えていた。
「君の身に、とても恐ろしいことが起きてしまったようだね!」
思いのほか真剣に口を開くと、逆に子供は冷静になったようで泣き止んだ。

「どうして、あんなに皆ぴりぴりしているの?おかしいよ…」
そう聞くと、子供は目を見開く。
この人は心を読んでいるのだろうか?
「なんで、君を殴るの?ヒーローの名を語って?悪いことはなにもしていないのに…」
言いながら、発作的に涙を流すトト。
子供は唖然としている。

その人の身になって考える…そういう感性がトトは少し強すぎた。
子供は逆にトトを慰める立場に変わっていた。
「皆、ブラックマンが現れてから、悪い人はやっつけるものだって言い始めたんだよ」
「でも、君は悪くないじゃないか。嘘だって、許される程度のものだろう」

「ううん」 と子供は首を振る。
「だって、僕は悪いことをしたんだもの…」
「違う!悪くないよ、悪くない…」
また、トトはおいおいと泣き始めた。
子供は困った様子で、キョロキョロと周りを見回していたが、ふいに姿を消した。
そして、コップに水を入れて戻ってきた時、泣いていた見知らぬ大人はいなくなっていたのであった。


先ほどとは比べ物にならない憤怒の表情で、トトがバストール王宮に現れたのは、それからすぐのことだった。

「国王は、いるか!!」
王宮の入り口で怒号を発したトトは、仁王立ちのまま剣の柄に手をかけた。
まわりは何事かとざわめきたつ。
「お!なんだ、トトじゃないか」
今日のサングは普段どおりだ。
鬱々した状態を脱したらしい。

「許しがたい現状を見たぞ!」
何事かは全然わからないが、怒り狂ったトトほど恐ろしいものはない。
まずは冷静に話を聞こう。
サングは、トトに剣の柄から手を離すように言いふくめて、自分の自室へ誘った。
「で、一体何がどうなったんだ?」
「私はね、言葉にするのもおぞましい現場に居合わせたんだ」

トトに一連の事件の顛末を聞いたサングは 「子供って融通利かないところがあるし、意外と残酷だからな」 と答えたのだが、途中からトトが冷静になったので、話の方向性が変わってきた。

「ねぇ、ヒーローってさ。そういうものだっけ?」
「ん~。俺らが小さいころに憧れていたヒーローって、意外とドジで間抜けな奴が多かった気がする」
とサング。

「それでも、いざという時は強いんだよな。敵を倒すんだけど、妙な暖かさを見せたりして」
「そうそう!それに派手なコスチュームでさ。赤とか青とか」
「負けられない色ってやつなんだぜ、きっと!」
「なんか黒じゃないよね。ううん、黒じゃないよ。ヒーローって、誰にでもなれるけど、誰にでもなれないものだった」
「振りかざすもんじゃないよな正義って」

二人の視線が合う時は、いつも意見が自分の予想以上に合致している時でもある。

「なんか違うんだ。俺の思っているヒーローとは」
「私もそう思うよ。ブラックマンはヒーローかもしれない。でも、私の思うヒーローじゃないんだ」
二人のヒーロー談義はそれからも続いた。
ついには、ヒーローとはいかなるものなのかを考える実技まで始めた。
まわりが止めるまで。

・・・・・・・・・・・・・・

「兄上…」
体中にあざを作ってバストールから帰ってきたトトを、ジュールが呆れたような視線で見つめた。
「そんな顔しないでおくれ」
「こんな顔させないでください」
トトはバストールで暴漢に襲われたのではない。
…バストール王宮から知らせが来たので、ジュールは知っていた。

「これはヒーローの実技なんだよ。私がヒーロー役になったり、敵役になったり…」
「いいかげん、子供っぽい遊びはやめましょう。あんな馬鹿に関わったから、あなたまで…」
シップをトトの身体に張りながら、ジュールはため息をつく。
「うーん、ジュールはどういう人をヒーローだと思う?」
「あなたをこんな馬鹿な真似から守る人です!」
もう何を聞いても無駄なようだ。
トトはジュールとの会話をあきらめて、おとなしく横になることにした。

「バストール国で殺人事件が起きました」
ジュールがまた新聞を読みながら、言った。
「ん?例のヒーローは?来なかったの?」
目をこすりながら、ベッドからトトが顔を出す。
朝からずいぶんと物騒なニュースだ。

「この新聞には何も書いていません。…意外とヒーローが犯人だったりして」
「まさかぁ~それはないんじゃないの?」

ジュールは「さてどうでしょう」と冷ややかに言い、トトは「犯人呼ばわりはよくないよ」と口を尖らせた。
だが…、これは事件の始まりにすぎなかったのだ。
1週間後、またバストール国で殺人事件が起きた。

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「捜査は進んでいないのか?」
サングは臣下に尋ねた。
この1ヶ月、バストール国では殺人事件が多発していた。
しかもどれも捜査が進まないときている。 犯人は煙のように姿を消してしまうのだ。
証拠一つ残さない。 だからといって、国民の間に不安が広がっているかというと、そうでもない。
被害者は皆、更生した元犯罪者だったのだ。
逆に街に平穏が訪れるのではという期待もあり、むしろ熱狂的な声さえあがっていた。
王宮はこうした動きを懸念していたし、サングも困ったものだと頭を悩ませている。
いかなる場合でも殺人は殺人である。
犯人を捕らえなければならない。
しかし、証拠一つないとは…。

そんな時、珍しくイルミーネ王弟ジュールがやってきた。
「物騒な世の中です」
「何のようだ」
無愛想にサングは顔をあげた。
サングとジュールは過去の出来事のせいで険悪な仲だが、実は従兄弟同士でもある。
「バストール国王に一つ提案があって参りました」
「おまえの提案など聞きたくもない。話すんなら、この事件を担当している警察隊長にしやがれ」
「いや、これは直接国王陛下に。犯人の狙いがわかっているのなら、おとり捜査をしたほうがいいかもしれません」

「おとり捜査なら、数日前から始めた。だが、一向に犯人は姿を見せないどころか、我々が忘れるほど前に刑務所を出た奴が被害者になったんだ。まったくこっちの裏をかいているような、なめた真似をしやがる」
「だからこそ、新たな悪人を作り出す必要があるんですよ。まだこちらが把握していない、未知の犯罪者。それこそ、奴の狙いにあっているのではないか?」
「変な考え方だが、やはり変な奴だったら、ありうるかもな」

実に失礼な発言をしながら、サングはうーんと考えている。
「そこで…」 ジュールが口を挟む。
「この国の国王陛下はそういった面倒に首を突っ込まれるのがお好きだとか…。しかし、我がイルミーネ国王陛下をお誘いにならないよう、忠告をしにきたのです」

「え?!」
サングの中では、おとり捜査にはトト参加も計算のうちだったため、ふいを突かれたような顔になった。
「ま・さ・か…兄上をそんな危険な捜査に参加させようと思ってはいませんよね?」
「もちろん、トトだけじゃない。犯罪者の役はオレがやる!トトは、やってきた犯人の後ろからそっと忍び寄って縛り上げる役だ」
「なんて、危険な!」
ジュールはわざらしい悲鳴をあげる。
「いいですか、私の目が黒いうちには兄上に危険な真似はさせません!」
「うーん。でも、そんな役割、あいつにしかできないだろ。あいつは仮にも忍術を習っているし、剣術も強い。オレと肩を並べられるのはあいつしか…」

「ダメです!」

思いがけず強い否定の言葉を食らい、さらには王妃のジュリエットまでがやってきてしまったので、サングは引き下がるより他なかった。
とはいえ…ジュールは、このことがトトの耳に入るのは時間の問題だとわかっていた。
今度は、イルミーネ国で兄を説得しなかればなるまい…。
残念ながらジュールがイルミーネ国に戻ったとき、彼を待っていたのは最悪の知らせだった。

「おや、アルキュード公。国王陛下は公のいない間にバストール国に向かわれましたよ」

しまった!
行き違いになっていたようだ。
今頃、兄はサングに会って、危険な役割を聞かされているだろう。
ジュールは頭が痛くなった。 それを聞かされた兄の表情と返事がわかっていたからだ。
サングにおとり捜査を内容をきいたトトは嬉しそうに、
「もちろんだよ!私は後ろからこそっと縄を持って、そいつを捕らえればいいんだね!」
と言って、頷いていた。
さらに、最悪なことに…
ジュールが再びバストール国の王宮を訪れたとき、すでにこの国の国王と兄は街に下りた後だと聞かされた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「がはははっ!!もっとビシビシいくぞぉ~~!!」
荒縄を振り回し、男たちが引く大きな木製の馬車に乗る男。
「いやっはーーー!この街は征服したも同然よ!」
獣の皮を頭からすっぽりかぶって変装しているのはサングだ。
ぼろきれを纏い、馬車を引いている男たちは、バストール国の名の知れた名家のご子息たちで、自分たちの王様のあまりに奇抜な作戦にとほほ…といった表情である。

偶然、今日という日に王宮に出仕しなければ、こんな目にあわずに済んだのに…。
「そこのおやじ!」
突然現れた奇抜な男の集団に、目をつけられた中年の男はビクリと立ち止まる。
「おまえの持っている馬を寄こしな!」
「ひぃぃぃぃ!!それだけはお許しをっ!!」
「覇王に逆らうかっ貴様!!」
サングは自ら男が引き連れていた馬を取り上げて、手綱を自分の部下に持たせる。
「はははーー!!この世はまさに弱肉強食よ!」
この様子を通りの裏側からこっそり覗いていたトトだが、さっきから笑いがとまらず困っていた。

「これじゃ悪党じゃなくて、世紀末だよ!!」
街は突然現れた謎の悪党たちに、恐怖を抱いているというよりは困惑している様子だ。
この国の言葉が通じない人々には、観光のためのパフォーマンスだと思われたらしく、馬車のまわりに人がわらわらと集まってきていた。
サングはますます高らかに宣言する。
「この国のすべてはオレに平伏すだろう!手始めにこの街からだ!!」
勘違いしている観客からは拍手喝采が巻き起こった。
調子にのって、荒縄を鞭のように振り回しながら、サングは叫んだ。
「さぁ、正義の味方とやら出てきやがれ!このオレを止められるなら、止めてみろ!がっはははははっ!!」

「兄上…」
トトがぎょっとして後ろを振り返ると、そこには冷ややかな色の目をした弟がいる。
「ジュ、ジュージュ!!いつの間にっ!!」
「ふ~。あの馬鹿に何を吹き込まれたか知りませんが、帰りますよ」
「ダメ!ダメだよ!今は、犯罪のおとり捜査中なんだから!」
「あんな派手なおとりに引っかかると思っているんですか?犯人は仮にももう4人も殺している。ふざけている場合じゃない!」

怒られて、トトはしゅんとした。
「もう帰りますよ。あなたもその忍者装束を着替えて…」
その時だった。子供のような甲高い悲鳴が聞こえたのは。
「ジュージュ、私は行くよ!実はサングに命じられた役目はもう一つ…。サンに伝えて!」
「兄上!」

ジュールの呼びかけを振り切って、トトは声の方向へ走った。
おとり捜査の作戦を立てている時のサングの発言を思い出していた。

「トト、きみの役割は誰より早く犯人を見つけ出すことだ。オレは、路上で派手なパフォーマンスをやる。犯人が出てくればよし。しかし、そこに来なければ、がら空きになった街のはずれで動くはずだ。もしそうなった時、いち早く見つけ出して、オレに知らせろ」

やがて、東の方角から狼煙があがった。
悪党の首領をやっていたサングがそれに気づいて、馬車を飛び降りて走っていった。
「いったい、どうしたんだ?」
「急に尿意をもよおしたんじゃないのか?」
観客たちは、予想外の展開に驚くばかり。
馬車をひきずっていた臣下たちは、ほっとため息をついた。

「トト!大丈夫か!」
サングが現場についた時、トトは子供を守るように、黒い鉄製の仮面を被った男の前に立ちふさがっていた。
「サング!こいつ、鎧を仕込んでいる」
「鎧か、やっかいだな!」
全身を覆う黒いマントの一部が破れて、黒い鉄製の鎧がちらりと見えている。

「おまえはブラックマンだな!」
サングの問いに、鎧の男はゆっくりと頷く。
どこか、人間とは思えない動きだ。

「似非ヒーローが!狙いはどいつだ!」
「この子だよ」 トトが言う。

子供は怯えるように、トトにしがみついた。

「は?おまえはこの子の父親かなんかか?!」
「違うよ!僕、露店のお菓子食べたくて…つい。そうしたら、ブラックマンが来て…」
ブラックマンはその発言を聞くと、ズズッと前に動いた。

「ワルイコト…ショウキョスル。セカイノチツジョノタメ…」
「わぁ!なんだこいつ!!」
鎧の奥から機械的な声がもれた。
「ワルイニンゲンヲマッサツ…」

「サン、頼む。私はこの子をっ!!」
トトは子供を連れて後退した。
しかし、ブラックマンの動きは素早かった。
あっという間に、トトの背後に回りこんだ。
「チッ!」
子供に向けて振り下ろされる大きな剣を受け止めたのは、トトの忍者刀だった。
身体を返すことで、攻撃を受け流す。

「おりゃーー!!」
背後からサングがサーベルで襲い掛かる。
だが、ガキン!と音がしてはじき返された。
「こいつ、硬いっ!」
ブラックマンはサングのほうへゆっくりと振り向いた。

「チツジョヲハカイスルモノハ、キサマカ」
「!?」
目を見開いた途端、サングはブラックマンの腕に吹き飛ばされた。
「ぐっ!!」
「サン!」
サングは相当の腕だとトトは身をもって知っていた。
この敵は想定外の強さだ! 転がるサングに手を差し伸べることもできない。

私にはこの子が…。
戸惑うトトにサングは叫んだ。
「手を出すんじゃねぇよ!おまえはその子を守れ!」
「でもっ!!」
「オレがヒーローってものをこいつに教えてやるぜ!」
そう言うなり、サングは飛んだ。
ブラックマンの頭部めがけてサーベルの連打を叩き込む。
「おまえに教えてやる!オレは、子供の頃、侍従長に皿を投げつけた!」
「…」
「市場に出ている露店をひっくり返したこともある!!」
サングの口から出てくる悪事の数々に、トトも頭を抱える。
間違いなく、自分もその近くにいたからだ。

「それなのに、一応大人になった。だから、おまえみたいな完璧な奴は大嫌いなんだよ!」
「サン…意味わかんないよ!」
すかさず、トトが突っ込みを入れた。
「昔おまえみたいな奴がいたら、オレは被害者第一号になってただろうな!でも、黙って殺される謂れはない!」

ブラックマンの剣がサングの肩をかすった。
「サン!」
「おっと!そう簡単に切りつけられちゃたまったもんじゃない」
被っていた獣の皮が取り払われて、下に着ていた服が露になった。
どういうわけか、サングは今日派手な装いをしている。

真っ赤なマントに、青いシャツ。

まるでヒーローのいでたちだ。
「あの人は誰?」
子供がトトに聞いた。
「えっと…そうだね…マントマンだよ。ヒーローの…マントマン!」

まさにとってつけたような名前だったが、子供は納得したようだ。

「マントマン…がんばれ!」
子供の声援に思わずガッツポーズを作ったサングだが、隙をつかれてブラックマンに蹴り飛ばされた。
「トト、おまえのせいだぞ!!変な名前つけやがって!」
「私のせいじゃないよ。マントマン、それがきみの名だ」
むむぅとしながらも、サングは再びサーベルを持って立ち上がる。
「ようく見ておいで、あれがヒーローの姿だよ。ヒーローの条件は無敵でも最強でもない。決して諦めない不屈の精神こそがヒーローの証さ」
トトは子供の肩を抱いた。
怯えていた子の身体に力が入る。
「ちょっと変なこと言うなよ!まるでオレが最強でも無敵でもないみたいじゃないかっ!!」
ブラックマンの攻撃に耐えながら、サングは文句を言う。

ぷっ… 子供の口から笑みがこぼれた。
「サン!守りたいものの笑顔、ヒーローの条件の一つだろ?」
「まったく、きみにはかなわないな!」
その時、サングのサーベルが折れた。
ブラックマンの剣は鎧と同じく恐ろしく固い物質でできているようだ。
「っ!」
「サン!これを使え!」
「だがっ!」
トトは首を振った。 すべてをきみに賭ける。 そう言っているように見える。

サングは受け取った忍者刀を構えた。
「ワルイモノ、ショウキョスル…マッサツスル」
「おまえは、勘違いしてるぜ。ブラックマン」
ガッ!と音がして、サングの忍者刀がブラックマンの剣を破壊した。
トトが先ほど、受け止めた場所が綻びていたのだ。

「ワルイニンゲンハユルサナイ」
ブラックマンの鎧に覆われた腕が伸びて、パンチがサングの顔面に炸裂した。
「マントマン!!」
子供の声に、飛びそうになった意識が引き止められたのをサングは感じた。
「一番大切なヒーローの条件は、強いもんを倒すことじゃねぇ!弱いもんを守ることだ!!

忍者刀を逆手に持って、ブラックマンのわき腹に攻撃を加えた。
ブラックマンはよろめく。
「そこだ!」 トトの声がした。
ブラックマンはバランスを崩したことで、胴体の間に隙間ができた。
「うぉぉぉ!!」 忍者刀をそこに滑らせる。
どぉ!と音がして、ブラックマンが倒れた。
同時に、黒い煙が鎧の口の部分から吐き出された。
「チツジョヲマモルタメ、ワルイヤツヲショウキョ…」

ゴロンとブラックマンの頭が転がった。
「げっ!!」 サングは飛びのいた。
「壊れちゃったぜ、こいつ!」
「…!?」
トトがそばに寄ってくる。
「空洞だ…」
なんと、ブラックマンの鎧の中は空洞であった。
サングとトトは顔を見合わせる。

「これって」
「おばけだったんじゃ…」
ゴクンと生唾を飲み込んだ二人の耳に、聞き慣れた声がした。
「それは、ロボットです」
そこには、バストール国の兵士を引き連れたジュールがいた。
「機械仕掛けの人形にしちゃ、動きが素早かったし、強かったぞ」
「…機械仕掛けの人形というレベルのものでないことは確かです」

「もう、盗みなんかやるんじゃないぞ」
「うん、マントマン。僕、約束するよ。ヒーローに!」

子供を送り届けてた後、
バストール王宮に戻った二人は、ブラックマンについての情報を聞かされた。

「実は、情報収集をしたところ、バストール国の砂漠地帯でおかしな噂が広まっていると突き止めたのです」
ジュールによれば、バストールの国境近くの砂漠地帯であるものが発掘されたのだという。
それは、棺に入った黒い鎧だった。
重要な発掘品だと思った人々は、バストール国の王宮研究所にそれを運ぶ途中で、いつの間にかそれがいなくなっていることに気が付いた。
まさか、自動的に動き出すはずもない。
盗賊に盗まれたに違いない。
こうしたものは、警察に届けても戻ってくる可能性はきわめて低いと知っている人々は、発掘品を諦めた。
それから数日後、ブラックマンの噂が始まるのだ。

「じゃあ、あれはオーパーツだったというのかい!」
オカルティストのトトが興奮気味に叫んだ。
「そうかもしれませんが、仕組みは我々でもわからない。黒い鎧の中には何も残っておらず、言葉が残されていただけなのですから」
「なんて?」
「”女神に捧げる”とだけ」
「??」
「まぁ、あの鎧は不気味なので、重石をつけて海の底深くに沈められました」
「えっ!!聞いてないよ」
残念そうなトト。

「ともかく、似非ヒーローはもう現れないってことだな!」
サングは肩をすくめて見せた。
「あなたには退屈でしょうけれど、もう今回のような真似はやめていただきたい。私の兄をっ!!」
サングにつみかかろうとするジュールを宥めるトト。
「私が悪かったよ。もう危ない真似はしないよ!」
ようやく引っ込んだジュールに、サングは言った。

「いや、退屈はしないぜ。なにしろ、この国にはもう一人ヒーローが生まれたんだからな!」
そこへ、ジュリエット妃が入ってきた。
手には真っ赤なマント。
「あなた、できましたよ!」
「おっ!ありがとう!これでマントマン完成だ!」
サングがマントを広げると、「変」の文字がくっきりと浮かび上がっている。

「”変”」
ジュールが醒めた口調で言った。
だが、サングはニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
「オレを待っている子供たちは、笑顔を求めてるんだよ!」

「子供のことは子供しかわかりませんからね」
イルミーネへの帰りの馬車でジュールはそう呟いた。
「いいなぁ!私もああいうヒーローを求めていたんだよ!私も何か役を与えられるかなぁ?」

「…」

冷ややかな視線を感じて、トトはしゅんと下を向いた。
「じょ、冗談だよ」
「もう危険な真似はよしてくださいよ」
そういうとジュールは、トトの身体を抱いた。
「あなたときたら、すぐに人を心配させるのだから」
「ごめん。でも…」
「じっとしていられなかったのでしょう。わかってますよ。でも、私の気持ちもわかってね」

「うんうん」
トトは、自分を危険から遠ざけようとしている隠れたヒーローの額にキスをした。

END

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