そして、練習が始まった。
トトは、あいかわらず死人のような表情で、練習にのぞんでいた。
サングは、すぐにまわりと打ち解けて、誰がどのパートを担当するかを話し合っていた。
イルミーネ側とバストール側の聖歌隊はそれぞれ20名。
二人は、自国の聖歌隊に加わる事となった。
「そっちはどうよ?」
サングは沈んだ表情のトトに聞いた。
「どうも…」
あきらかに、トトはまわりと一線おいているようだった。
皆と歌っていても、どこか浮いている。
まわりもどこか他人行儀でよそよそしい。
本当は気難しい奴じゃないのに。
そう思われがちなんだよな。
それに、今回は特に大嫌いなことを強制的にやらされているとの思いがある。
楽しめと言っても、無理そうだ。
「数分、立ってりゃ終わるさ」
サングは、そう言った。
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一日目の練習の帰り。
トトはサングを待っていた。
サングは大勢に囲まれて、教会から出てきた。
身分の違いなど気にしていないようすで、ふざけあっている。
トトは、そっと目をそらした。
実は、トトは歌が嫌いではなかった。
聞くのも歌うのも。
そっと一人の部屋で歌っている事もあった。
だが、人に聴かせた事はない。
それというのも、昔ひどく音痴な人の歌を聴いて、気分が悪くなってしまったからなのだ。
そばで、人が噂していた。
「音痴な人って自分が音痴だって気がつかないのよね」。
もし、私が音痴だったら、どうしよう…。
あんな事を言われてしまうのかしら。
もし、私が歌う事で他の人たちが気持ち悪くなっていたら…。
そう考えると、まわりと打ち解けるなどという勇気ある行動には出られなかった。
こんな臆病な心は、まわりの人々はもちろん、サングも知らなかった。
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練習は1ヶ月ほど続く。
イルミーネの聖歌隊を指導しているのは、元オペラ歌手をしていた中年の男性だった。
「ほら、もっと声を出して」
「メゾ、ソプラノに流されないように!」
トトはメゾパートにいた。
だが、歌っている雰囲気がない。
口は開けているものの…。
ふと、サングがイルミーネの聖歌隊の方に顔を向けると、トトと数人が指導者に呼ばれているのが見えた。聞こえてくる話の内容からすると、声の小さい人が呼ばれて、声の出し方を教わっているらしい。
トトも口を大きく開けて、声を出していた。
だが、話す時と同じくらいの声しか出てなかった。
「トトちゃま!トトちゃま!」
練習の後、サングが声をかけてきた。
「すんごいな、きみ!ある意味尊敬するよ」
「何が?」
「あそこまで、歌わない事を貫き通すなんて普通じゃなかなかできない」
「…歌ってるよ」
「歌ってないだろ、声が聞こえてこないぞ」
「私は、これ以上声が出ないらしいんだ。さっき、先生が私の喉を見て言っていた」
「へぇ」
「そういえば、サンだって、歌ってないじゃないか。あんなに力説していたわりには」
トトが見る限り、サングは確かに歌っていた。
だが、あくまで小声で。
「だって、めんどくせーよ」
「よく言うよ。あんなに楽しそうにしてるくせに」
「そりゃ、皆といるのは楽しい。でも、強制的に歌わされて注意なんか受けるとイヤになる」
「この空間に楽しさを見出せるだけでも、幸せだと思うよ。私は」
「あいかわらず、根暗思想だな。ところで、当日どうする?自由席が後ろの方にあるだろう。
お互いの合唱が終わったら、聖歌隊の席に戻らないで、二人でそっちに座ろう」
「うん」
今日、はじめてトトが微笑んだ瞬間だった。
続く
