―戴冠式―
その日から、国王マクシミリアンは一層改革に力を入れた。
連日の会議で倒れそうになりながらも、彼は言うのだった。
「トトだって、がんばっているんだ」
王妃の死。
その後、すぐに王太子トトは動いた。
母の葬儀の準備を臣下に命じ、そのほとんどを自分が仕切った。
まだ10歳の子供だというのに…。
気丈な王太子殿下だと、周りの者は感嘆に胸を打たれ、その健気さに女官達は涙を隠しきれなかった。
すべてを振り切るようにトトは動いた。
夜眠るときも、一人で灯りを消した。
すべてが、不自然なほどスムーズに進んだ。
王妃の葬儀中でさえ、各国の王族、使者に気を使い、笑顔さえ浮かべて事にあたった。
そんなトトを心配そうに見つめていたのは、継承問題で揺れる隣国バストール国から代表としてやって来たアンジュー公、ただ一人だった。
こうして一月が過ぎた。
何も変わらずに、時は過ぎてゆくはずだった。
国王マクシミリアンは、今日も北側の会議室に向かう。
背後から、臣下が数人、供として従っていた。
「国王陛下?」
急に立ち止まった国王に臣下は背後から声をかけた。
その瞬間。
国王の身体が大きく傾き、地に崩れ落ちた。
「国王陛下!」
「陛下!」
「誰か、誰か!医師を、医師を早く!」
遠くに聞こえる声。遠ざかる足音。
段々と、自らがその場から遠ざかるような感覚。
冷たくなっていく手足・・。
何が起こったのかさえ、理解する間もなく…
静かに止まってゆく鼓動。
トト…ルイ…
マクシミリアンの脳裏から、二人の姿が翳って見えなくなっていく。
その奥で、一人の子供がじっと立ちすくんで、こちらを睨んでいた。
凍るようなアイスブルーの瞳。
今まで、一度も見たことはないはずなのに、はっきりと姿が浮かんでいる。
…ジュール…
これは、罰か…。
「すまない」
マクシミリアンの言葉を聞き取れたものがその場にいたかどうか・・。
すでに冷たくなりかけている国王のまわりでは、人々が忙しなく動き回っていたのだから。
「国王陛下ご逝去でございます」
使いの者が、そう告げた。
トトの足元が崩れてゆく。
そのまま身体は、どこかに落ちてゆくのだ。
それから、しばらく記憶がない。
次に目覚めた時・・
父国王の葬列に参列している自分自身の姿が、はるか上空から見えた。
生気のない顔はまるで、人形のようだ。
もう…しばらく目をつぶっていよう…。
トトの意識は途切れた。
次に目を覚ました時、
足元には、赤い絨毯が見えた。
見上げると、その先には黄金の玉座が。
意識をしているわけでもないのに、足が勝手に先へ、先へと、進んだ。
…戴冠式だ…
頭の中で、ぼんやりと意識が覚醒しつつある。
…そういえば、私が王様になる時には、父上と母上に見ていただく約束をしていた…
まわりに人々の静かな視線を感じる。
厳かな空気。
…飾りをいっぱいつけてね…
…人をたくさん呼んで…
…りっぱな戴冠式をするの…
…その時はね…
いつか言っていた、自らの声が耳に入ってきた。
「…父上と、母上に見ていただくの…」
突然、大ホールに響きわたった悲鳴。
人々の間からセバスチャン・デティオールが飛び出してきた。
「国王陛下!」
「父上!母上!どこにいるの?!」
王座への歩みを止めて、父と母を必死に探すトト。
「どこにいるの?どうしてどこにもいないの?!」
人々の群に飛び込もうとするトトを、セバスチャンは後ろから抱えた。
「どこにいらっしゃるの?父上と母上を返して!!」
「国王陛下、お静まり下さい!」
トトにはセバスチャンの声など聞こえないようだ。
自らを押さえつけようとする腕を振りほどこうと暴れる。
「あわせてよ!父上と母上に会わせてよぉ!!」
眉を顰める臣下達。
驚愕の表情を浮かべる各国からの人々。
泣き叫ぶトトの口を片手で塞いで、セバスチャンはトトの身体を無理やり玉座へと進めた。
「あなたは、この国を治められる国王です。そのような事でどうなさいますか!」
耳元で囁くセバスチャンの顔にも苦渋の色が浮かんでいる。
このような子供に、重過ぎる枷と知りながらも、この子ならきっと耐えてくれるだろうと…。
そう考えて下した決断だったが。
まだ早すぎたのか・・。
「国王になどなりたくない!!」
トトの叫びにホール中がしんとなった。
「黙りなさい!」
トトは目を見開き、背後のセバスチャンを見た。
この温厚そうな男が怒鳴るとは思わなかったのだ。
「あなた以外に誰が国王になれますか」
そう言うと、セバスチャンは嫌がるトトを引きずり、司祭の下で跪かせた。
臣下に身体を押さえつけられる新国王の姿を、司祭は戸惑いの表情で見つめ、王冠を持つ手を止めた。
セバスチャンはその司祭の手から、王冠を奪い、頭を振って抵抗するトトに無理やり被せた。
「いやぁー!!」
泣き叫ぶ新国王を臣下セバスチャンが、抱きかかえたまま・・

戴冠式は終わった。
続く

